第7話 最高セレブな姫君との縁談を持ち込まれて

さて、この山里の姫君の現在の保護者にあたる尼君の素性を説明しておかねばなりません。この尼君は、先々代の三条帝の御治世に中将命婦と呼ばれていた人で、容貌も才能もたしなみも際立って優れていた女房だったため、当時は数多(あまた)の公達の恋心をときめかせたものですが、それら殿方を出し抜いてこの命婦を妻にしたのが、二条あたりに住んでいた左衛門督という殿上人で、このお二人から山里の姫の母君が生まれたのでした。

それからまもなく左衛門督は亡くなられてしまいましたが、一人娘(山里の姫の母)はたいそう美しく成長し、この娘に按察使大納言卿がお通いになったのです。そしてこの二人から、山里の姫が生まれましたが、お気の毒なことに母君は姫がわずか五歳の時に病気で亡くなられてしまいました。

亡くなった娘の菩提を弔うために、山里の姫の祖母君は尼となり、この鄙びた寺で朝に夕にお勤めをしているのでした。

そうした経歴から、尼君はあらゆる知識に趣味に明るく、上品で奥床しい人柄で琴の上手、特に筝の琴にかけては内裏で並ぶ者のない名手と謳われ、孫娘である山里の姫君にも、勤行の合い間などに琴を教えたりしていたので、今では姫君も素晴らしい弾き手となっていました。

その尼君の看護にあたっている宰相の君は、尼君の姉の娘なのですが、母が亡くなった後は尼君を母の形見と思い、親しいつきあいをしてきましたので、強い信頼関係で結ばれあっています。

姫君の父親である按察使大納言卿も、ここ山里に来るたびに、美しく育っている我が娘の将来をどうしようか、と案じているのですが、問題の北の方が、

「私とあの子は何の関係もありませんからね。関係のない娘など世話したくないですし、今後の話を聞く必要もないでしょう?」

と突っぱねていて、大納言はどうしようもありません。我が娘を自分の屋敷に迎えることもできず、山里の姫君は祖母のもとに預けられたままになっているのでした。

この按察使大納言には山里の姫の亡くなった母君の他に、妻だった方もおり、その亡くなった妻との間にも男の子が二人います。

一方、北の方との間にも一人娘がおり、大納言はこの娘を帝の女御にさせるべく、それはそれは大切にお妃教育しているのでした。



さて、東雲の宮の父院は、我が息子が洛外まで出向いて行くのをたいそう心配し、

「遠方までのお忍び歩きをなんとかやめさせられないものか」

と悩んでいました。

もっと身分の高くて美しい姫君を見つけて縁談に持ち込めば、危ない夜道をはるばる訪ねて行こうなど思わなくなるかもしれない、そう考えた父院は、さっそく理想的な縁組をあれこれ選び始めました。親とは勝手なものですね。我が子が厭世感にとらわれているときは、

「誰でもいい、はした女でも田舎女でもいい、息子に生きる希望を与えてやって欲しい」

と願っていたのに、いざ自分たちの目の届かないところに愛息子が行きだすと、

「あそこは遠すぎる、こんな身分はふさわしくない」

と急に干渉し始めるのです。

東雲の宮への降るような縁談の中から、父院のお目がねに叶ったのは今関白の娘です。今の関白というのは先々代の三条帝の弟君で、東雲の宮の父院とも血縁深く、身分的には何の問題もありません。関白には二人の姫君がいますが、姉君は今上の女御になっていて、弘徽殿女御として時めいています。

関白は、妹君である二の姫の方は東宮に差し上げるつもりでしたが、姉妹ともども内裏へ参らせるのはあまりにも強引だと非難されるのでは、と思いとどまられて、二の姫の身のふり方を考えあぐねていたのです。入内を考えていた二の姫にふさわしい背の君は、これはもう冷泉院(東雲の宮の父院)ご自慢の息子しかいないだろうと、かねてより院に縁談を申し込んでいたのですが、ここにきて父院はようやくこの縁談を進める気になったのでした。

「適齢期の公達を好き勝手にさせていたから、身分の低い女人に引っかかってしまうのだ。いかにまばゆいほどの美しい相手であろうが並みの身分では話にならぬ。関白の姫こそ我が息子の理想の相手であろう」

と考え、息子を呼びつけては縁談を勧めようとしますが、かんじんの東雲の宮といえば、父君の話をよけいなお説教と言わんばかりに、あからさまに憂鬱な顔をして聞き入れようとしません。母君である大宮も、

「私たちもあと何年生きられるか…あなたの将来の為にも、これほど強くて確かな後見人はいませんよ。少しくらい不満でもお引き受けなさい。年頃の公達がいつまでもふらふら浮ついた気分でいるから、そんな並みの身分の人に気をとられてしまうのですよ。あなたを見ていて、どれだけ私たちがはらはらしていることか。早く私たちを安心させてちょうだい」

と涙を浮かべて説得します。

親二人がかりの説得に根負けした東雲の宮は、とうとう関白の姫君との縁談を了承してしまいました。


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