女子高生に大人気のカフェの通称王子様系イケメン店員の正体がどこにでもいるただの陰キャ男子高校生の俺だってバレたら生きていけない〜あまり目立ちたくないので美少女はお断りさせていただきます〜

あすとりあ

プロローグ

「いらっしゃいませ、お姫様方。今日は如何いたしますか?」


 **


「あー、今日も客が多くて疲れたぁ」

「ふふっ。柊真しゅうまくん、今日もお疲れ様。はい、コーヒーどうぞ」

「どうもありがとうございます、すずさん」


 疲れてちょうど喉が渇いていたので、俺はコーヒーを受け取るとそのまま一気に飲み干した。鈴さんはその様子をジト目で見ながら言った。


「柊真くーん?私の淹れたコーヒーが味わって飲めないって言うのかな?」

「いやいや、そんなことないです!めちゃくちゃ美味しいです!もう一杯飲みたいくらいですっ!」

「そう、なら今度はゆっくり味わって飲むのよ?」

「は、ハイ……」


 俺の名前は存瀬柊真あるせしゅうま、この春から高校二年生になる。放課後になると基本的に毎日この店、喫茶「ラニ」でアルバイトをしているのだが、この仕事がなかなか大変だ。


 実はこの店、「都内の人気店ベスト100」というSNSの企画で一位を獲得し、今や若者、特に女子高生に大人気のカフェなのだ。その理由は、ある店員の存在にある。


 ネットに書いてある情報によると、その店員の名前は「アルマ」。お客様のことをお姫様と呼び、接客は常に高貴な言葉を選ぶ。また巷では「王子様系イケメン店員」などと呼ばれているらしい。


「……らしい。……って、全部俺のことなんですけどね!」

「ちょっと、どうしたの?急にそんな大きな声出して」

「いや、お姫様呼びはリクエストされたからしただけだし、普通に丁寧な言葉遣いを心がけてるだけで、『高貴』とかどう考えても誇張だし、イケメンとか適当なこと書いてやがるから……」


 ネット記事にあることないこと書かれて喚く俺を、鈴さんは冷ややかな目で見てくる。そんなに無様だったのか、俺。


「あることしか書いてないと思うのだけど」


 あ……そんな風に見えてたんですね、鈴さん。あーメンタルやばい、死のうかな。


「……褒めてるつもりなのに、なんで落ち込んでるのかなぁ。まあでも、この店が続けられるのはアルマくんのおかげだし、私は感謝してるよ」

「それならよかったです。でも労働時間外でアルマくんって呼ぶのやめてください」


 元々この店は祖父が経営していた定食屋だったのだが、祖父が亡くなってからは祖母が喫茶店として店を引き継ぎ、また祖母の体の調子が悪くなり、経営が立ち行かなくなるのは目に見えていたために店を閉じる予定だった。


 そんな時、この店によく訪れていた近辺の経済学部に通う大学二年生の王生鈴いくるみすずさんが、喫茶「ラニ」の経営助手に名乗りを挙げた。高校生の頃、受験に行き詰まっていた時に俺の祖母によく悩みを聞いてもらって、大変お世話になったと聞かせてもらったことがある。


 しかし、経営者がいても労働者がいないのではそもそも店を開くことはできない。そこで真っ先に呼び出されたのは孫である俺だった。


 そもそも俺はコミュ障と言うほどではないが人付き合いは下手だし、陰キャだし接客なんて無理だと当時の俺は言ったのだ。しかし、「髪を整えて名前も喋り方も変えれば誰もアンタだって気づかないよ」と祖母に半ば強引に接客として立たされることになった。こうなりゃヤケだと、自分を奮起して「アルマ」の仮面を被って接客をすることにした。


 そんな日々が半年続いたある日、たまたま店に訪れたとある人気JKインフルエンサーが「超イケメンな店員いた!しかも王子様系は女子の憧れっしょ!」というツイートをしたことがキッカケで瞬く間にバズり、以来店は一躍話題の人気店となり、経営は安泰となったわけだ。


 ちなみにめちゃくちゃ忙しくなってしまったので、新たにアルバイトを二人募集したのだが、その紹介はまた別の機会にさせてもらう。


「それじゃばあさんの迎えが来る頃だから、片付けましょうか」

「そうね。あ、そういえば、例の件だけどいい場所が見つかったの。多分転校はしないといけないだろうけど、このお店からはそんなに遠くないし、そのー、私の家も近くだから……」

「本当ですか?それは良かったです!」


 後半はだんだん声が小さくなってきて何言ってるか聞き取れなかったけど。


「それに幸恵ゆきえさんもここならいいだろうって」


 幸恵ゆきえとは俺の祖母のことだが、あのばあさんから許しを貰えるとは。やはり、おそらく俺よりも気に入られてるであろう鈴さんに協力を取り付けることができたのは英断だったな。


「柊真、帰るよ!鈴ちゃんもお疲れ様でした」


 店の前に着いた祖母が、元気な声で店の外から声をかけてきた。


「それじゃ、お疲れ様でした」

「お疲れ様!」


 俺は鈴さんに挨拶すると、戸締まりを鈴さんに任せて店を出た。




 祖母の運転する車の後部座席に座り、俺は気分良く眠りについた。なぜならもうすぐあの居心地の悪い家とはおさらばだから。一年間、休日以外ほとんど毎日頑張って働いた甲斐があった、そう思いながら。


 しかし、この時の俺は、俺の平穏な陰キャライフが崩れかけていることに気づいていなかった。



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