第二十九話 それぞれの強さとボクの得意なこと——『キーリカ』への旅路Ⅱ——



「うっへぇ?!」

「ノッテ?!」



 そこそこの衝撃を脇腹に受けて、思わず地面へもんどり打つ様に倒れる。

 い、痛いんだけど。



「いたたた……なんだよ、もう!」

「大丈夫?……この子は……」

「……女の子?」

「た……たすけて、ください……」



 ボクの脇腹を襲った犯人の正体は、朱色の髪を持つ小さな女の子だった。何をするんだと問いたい所だったけど、彼女の様子を見るとそれは出来なかった。

 彼女は息も絶え絶えに、全身傷だらけの姿をボクらに晒し、怯えていたからだ。

 何があったのか、その事に思考を巡らす前に、恐らく彼女を傷つけたであろう存在が、林の中から飛び出す様に現れた。



「狼?……こいつらが、この子を?」

「いやっ、こないで……!」

「待ってルナディア、コイツら……胸の所が『蒼い』。……『魔物』だ」



 ボクらの前に姿を現したのは白い体毛に覆われ、その胸元だけを蒼く染めた特徴を持つ、狼の魔物だった。そいつらが今ボクらの目の前で身を低くして、警戒心を露わに唸り声をあげている。

 恐らく狙いはこの女の子なんだろう。まだ幼く見える彼女がどうしてこんな奴らに追われる羽目になったのかは、この女の子に聞いてみないとわからない。けどそんな余裕はなさそうだ。



「……ルナディアはその子を。ボクの後ろにいて」

「ノッテ、私も」

「とりあえずその子を治してあげて欲しい。この程度、ボクにはわけないさ」



 相手は四頭。ルナディアに言って見せたのは強がりなんかじゃない。たかが山犬が大きくなった魔物程度が、吸血種に敵うはずはない。今それを証明してやろう。

 ルナディアと女の子を背中で庇う様に少しだけ距離を取って、獣どもの前に立ちはだかる。狼というのは動物の中でも優れた頭脳を持ち合わせているらしいけど、ボクとの戦力差が判らずに唸り声を上げる姿を見ていると、やはり此奴らは狼ではなく本当は犬かなんかの魔物なんじゃないかと思える。



「来なよ」



 伝えるつもりもないボクの開戦布告に反応して獣どもが一斉に襲いかかってきた。……流石に四頭同時はちょっと吃驚する。

 冷静に見やると一頭だけ突出してる奴がいた。こいつが狙い目だ。



「まずは……オマエからだぁ!」



 飛びかかってきたそいつの前足を掴んで、振り回す様にして隣の奴にぶつけてやる。投げた獣も、投げつけられた獣も姿勢を崩して転がっていって、運が良いことに直接ぶつけられなかった奴もまとめて吹き飛んだ。

 しかし残りの一頭、こいつだけは一つ拍子を外してボクへと向かってきていた。もしかしたら、仲間をけしかけて様子を見る様な事をする、四頭の内の頭にあたる獣なのかもしれない。

 仲間が吹き飛んだ後に掻い潜る様にして、ボクへと牙を剥けて襲いかかってきた。

 目の前に、牙を大きく広げた獣が迫る。

 けど、やはりこの程度か、少しだけ魔力を取り込んで、行使するのは得手とする風魔術。



「おそい、んだよぉっ!」



 迫る牙、その奥の赤い口腔に向かって、手加減なしで風の塊を打ち込んでやった。

 あの夜とは違う、加減のない風の礫は弓矢の様な速度で獣を撃ち抜き、向こうにその血をぶち撒けさせた。

 これで恐らく、頭に格付けされる獣が打倒できた。尋常な獣なら撤退することもあり得るだろうが……やはりというべきか、体勢を立て直した残りの獣どもは、未だ抗戦の意思を示した様にボクへと向けて唸り声をあげている。

 意思を交わす事ができる存在であれば、ここで手打ちも叶ったかもしれないけど、もう命を奪う事でしか決着はつけられそうにない。



「……しょうがないか」



 再び獣は地を駆け、ボクへと迫ろうする。その一瞬に合わせてボクも地を蹴り跳ねて、奴らが飛びかかる直前にその眼前に肉薄する。

 一頭は単純な腕力を思い切り振りかぶり、拳を叩きつけて頭を潰した。

 すぐ隣の一頭は喉元を握り、潰して放り投げてやった。

 もう一頭は……ボクへ向かってきていない、しまった!



「ルナディア! そっちに!」

「いいわ、任せて」



 残りの一頭はボクではなくルナディアと女の子の方へと向かっていた。目の前で三頭が惨殺されたんだ、獣としての本能が勝ったんだろう。

 ルナディアに声をかけた後ボクもすぐに後を追う。全力で地を蹴りはしたものの、流石にあの獣の方が距離は近いから、こうなっては彼女が頼りだ。

 こういうとルナディアに怒られるかもしれないけど、ボクは彼女をこと戦闘面において護られるだけのか弱い乙女とは思っていない。どこの世界に最強の吸血種とその妹を素手であしらえる御令嬢がいるって言うんだ。

 そんなルナディアはボクの事を見守ってくれていたみたいで、声かけに応じて体勢を悠々と整えると、自身に迫る獣の首元、その体毛をぎゅっと握って。



「ここかしら、よいしょっ!」



 と言って、やっぱり投げてしまった。

 ボクやお姉ちゃんの時と違うのは、投げられた獣は地面へ転ばされるのではなく、空に向かって高く、それはもう高く放り投げられた。獣の姿が空の青に混じる様に小さくなっていって。



「あ……やば、やり過ぎたかも」



 さっきボクが飛んだ時くらいの高さまで届くんじゃないかという程飛んだ魔物は、ゆっくりと重力に引かれて落ちてきた。

 そんな高さから墜落した時、ボクの様に飛べないものがどうなるのかは言うまでもない。



「あー、これは……うっ」



 草むらの向こうに落ちた後、そこから肉が地面に叩きつけられる大きな音と魔物の断末魔が瞬間的に聞こえてきて、すぐに当たりは静かになった。まあ、こうなるよね……。

 最後の一頭がやられた今、脅威が存在しない事を確認して、ルナディアと女の子へ歩み寄る。



「ごめん、一頭逸らしちゃって」

「群れを相手取ってくれたんだから上出来よ。ありがと、ノッテ」

「その子は大丈夫?傷は……治ってるみたいだね、流石」



 傷付けられていた女の子はルナディアの治癒によってどこの傷も塞がり、様子は問題なさそうだ。けれど女の子はボクとルナディアを見て呆然とするばかりで、言葉の一つも発さない。

 武器の一つも持たないボクらが、彼女を傷付けたであろう魔物を退治してのけたんだ、こういう反応にもなるか。



「えぇと……キミ、大丈夫かい?」

「あ、あぅ……」



 どうしよう、怖がらせてしまったかな。ボクらが怖い存在ではないよという事を伝えてあげる必要があるのかもしれない。

 とくれば、ここはボクの《幻影想起》の出番かな。適当に魔力領域を展開して、三人を対象に含める。今日は……あの時と同じ、花を使おうかな。



「ふむぅ……ルナディアちょっとその子を見ててもらって良い?」

「何を……なるほどね、わかったわ。ね、貴女、あの子を見てて?」

「え……」



 踊る様にルナディアと女の子から距離を空けると、ボクの足元を辿る様に色とりどりの花が咲く。女の子がそれに驚いて目を見開いたのを確認すると、ボクはゆっくりと軽いお辞儀をひとつ。すると、ボクの足元から広がる様に、小さな花畑広がった。



「わぁ……!」

「綺麗でしょう? あの子はああいうのが得意なのよ」

「すごいっ! 手品なの?」



 ようやく女の子が言葉らしい言葉を口にしてくれた。手品じゃなくて幻だよ、なんて無粋なことは言わずに次の幻を発現しよう。

 ボクがすっと右手を空へ掲げると、小さな鳥がやってきて手のひらの上に乗ってくる。手のひらをボクの顔に寄せると小鳥は小さく、ちゅん、と鳴いてお辞儀してくれた。



「鳥さん! 可愛い!」

「気に入ってくれたかな、ボクはノッテ! そしてそっちの綺麗な人が」



 すっと小鳥を乗せた手のひらをルナディアの方へ向けると、小鳥はボクの手を離れて彼女へと飛んで行く。

 小鳥がルナディアの周りをくるくると飛んで回ると、彼女の足元にまた大輪の花を咲かせた。そしてルナディアの肩に止まると……おい、彼女に頬擦りするなよ。そこまでは想像してないぞ。

 ルナディアは小鳥を優しく撫でた後、そのまま女の子に微笑みかけた。



「私の名前はルナ。ちょっと怖がらせちゃったかしら?」

「あ、えと、大丈夫! さっきはありがとう!」

「貴女が無事でなによりよ、お名前を聞いてもいい? かわいいお嬢さん」



 ルナディアから女の子へ手を差し出すと、小鳥はまた女の子の周りへ色とりどりの花を咲かせてから肩へとまり、小さくお辞儀した。そうそう、それでいいんだよ。



「可愛い小鳥さん! あ、えへへ、あたしはラメラ!」

「素敵なお名前ね、教えてくれてありがとう」

「よろしくね、ラメラ! もう痛いところとかないかな。ルナは治癒が使えるから、なんでも治してくれるよ!」

「ううん、大丈夫! そうなん、だよね……ルナおねえちゃんは、魔法が、使えるんだね……」



 ボクの創った幻を見て綻ばせていたラメラの表情が、ルナディアが《生命魔法》を使えると言う話になり、急に陰ってしまった。

 彼女の傷を治してみせたのはルナディアの魔法だというのに、どうしてそんな表情になってしまうのか。訝しんでいると、ラメラは何か思い詰めた表情でボクらへと向きなおり、言葉を告げた。



「あのね、ルナお姉ちゃん、ノッテちゃん……お父さんを、助けて……」




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る