契約三昧 後半 その四

 一九一九年七月 帝居地下 神殿区画





 衝撃法を併用し跳躍練習台トランポリンの要領でカッ飛ぶ橋姫。

 目標は瑠璃家宮 像。

 剛身法で肩部を硬質化させ、一撃の下に砕く積もりなのである。


 一方の瑠璃家宮 陣営は虚を突かれた。

 あまりの噴進力に〈ダゴン益男〉の跳躍も届かない。


ハイドラ頼子〉が前に出て自慢の甲殻腕で防御するも、速度と質量の乗った猛進に身体ごとが弾かれる。

 多野が最後の防波堤として障壁バリアを展開するも粉微塵にされた。


 噴進機ロケットはそのまま瑠璃家宮 像に到達してしまうと思われたが……


「ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」


 突如水平方向に吹っ飛ぶ橋姫。

異魚〉が指向性攻撃音波で橋姫の側面を突いたのである。


 窮地を脱した瑠璃家宮 陣営は報復行動を開始。

 墜落した橋姫に、獰猛どうもうな鮫と狡猾こうかつな海星が襲い掛かる。


 この状況を黙って観ていられる気狐ではない。

 身の危険をかえりみず橋姫の救助に向かった。


「ああくそっ!

 後先考えず突っ込みやがって!」


 風天・自在法で大気を纏い、水中で息が続くよう準備する気狐。


 一方の橋姫は、剛身法を使っている事があだとなり追い詰められていた。

 それと云うのも、剛身法は体内に鉱物を生成して硬化させる秘術。

 そう、生成した鉱物分の重量が体重に加算されてしまうのだ。


 そのため身を守れてはいるものの、如何いかんせん水中では機動力が発揮できない。

 このまま霊力切れになれば、なぶり殺されるのは目に見えている。


「てめえらあああああああぁぁーーーーーーーーーーーーっ!」


 怒りに我を忘れそうになる気狐。

 彼が回顧かいこするのは、師である中将の言葉。


⦅『若さゆえ直ぐ激昂げきこうするのはお前の悪い癖だ。

 怒りに身を任せれば、勝てる闘いも勝てなくなるぞ。

 くれぐれも冷静さを失わないよう鍛錬を積むがいい。

 さすれば術の精度も上がり、お前の技も美しく完成するだろう……』

 確か師匠はそう言ってたっけ……。

 完成させんのは無理そうだけど、橋姫を助ける為にはやるしかねえか……⦆


 覚悟を決めた気狐は蝉丸に後を託す。


『蝉丸。

 オレ今からアレやるんで、あと頼むわ。

 何としてでも橋姫を連れて帰れよ。

 それから師匠に言っといてくれ。

 出来の悪い弟子でごめんな、って。

 じゃあな蝉丸。

 お前の出世をあの世から応援してるぜ……』


 気狐が死ぬ気だと知り、取り止めるよう懇願する蝉丸。


『早まってはいけません!

 その技は未完成の筈。

 下手をすれば犬死にですよ!

 僕が何とか脱出方法を探しますから。

 気狐、お願いですからそれまで待って……』


 三鈷槍を元の三鈷杵に戻し、腰の留め具ホルダーに収めた気狐。

 蝉丸の忠告を無視して三密加持に入った。


 内縛し、右手の親指を立てる形の密印ムドラーは聖観音印。

『――オン・アロリキャ・ソワカ――』と真言マントラを唱え、聖観音・連壁法を成立させる。


वाバー……」


 既に展開している風天・自在法で水面と自身とを繋ぐ隧道トンネルを開通させた気狐は、水中を遊泳し乍ら三密加持を続けた。


 両掌を広げて伏せ、両親指の側面を付けて並べる。

 両親指は僅かに曲げ、中指、薬指、小指は緩やかに曲げた。

 人差し指は第二関節から深く曲げ、先端同士を付けるは日天印にってんいん


『――ナウマク・サンマンダ・ボダナン・アニチャヤ・ソワカ――』と真言マントラを唱え、日天にってん焦光法しょうこうほうを成立させる。


अःアク……」


 金剛薩埵の種子字を唱えた気狐が三鈷杵を構えると、再度三鈷剣が生成された。


 但し今回の三鈷剣は無色透明で綺麗に透き通っており、外光を溜め込んでは、屈折くっせつ、反射、分散させている。

 剣の内部からは七色の輝きが溢れ、神話や御伽噺おとぎばなしに登場する魔法の剣と言われても納得の出来ばえだ。


 魔法の三鈷剣が震え始める。


 三鈷剣の振動を察知し、警戒の念をあらわにする蔵主と〈ダゴン益男〉。

 何故ならば、その振動が天芭 史郎が使用した秘術と同種のものだったからである。


 日天・焦光法は、電磁波を照射して対象を加熱する秘術だ。

 外吮山での闘いの際、焦光法で水を加熱された瑠璃家宮 陣営は大打撃をこうむる。

 それが目前で展開されているのだ。

 警戒しない訳にはいかない。


 蔵主は橋姫をいたぶっていた手を止め、気狐の精査スキャンに入る。


⦅うぅ~ん……。

 ここに満ちている邪念水を沸騰させようとしているのでしょうかぁ?

 でも水量は膨大ですからねぇ。

 流石にあの天芭 史郎でも無理でしょう。

 じゃあいったい何の為にぃ……ん?

 邪念水ぃ、じゃなく剣が熱くなってますねぇ。

 何の為にそんな事をぉ?⦆


 狙いを見抜けない蔵主を余所に、気狐は三鈷剣周囲の空間に細工を施す。

 剣周囲の空気から、酸素、二酸化炭素、窒素ちっそその他を締め出しアルゴンだけにしたのだ。


 アルゴンは反応性の低い不活性瓦斯ガスで、製鋼や溶接などに用いられる。

 電球や蛍光灯に封入されているのもアルゴンだ。


 気狐はこのアルゴンで三鈷剣の刀身を包み、焦光法で加熱しているのである。

 何故そのような事をするのか。

 それは刀身の材質に理由がある。


 刀身の材質は金剛石ダイヤモンド

 それも今まで使用して来た多結晶金剛石ダイヤモンドではなく、単結晶金剛石ダイヤモンドと呼ばれる物なのである。


 元より金剛石ダイヤモンドは割れ易く、当然剣などの武器には適していない。

 その金剛石ダイヤモンドの欠点を打ち消したのが多結晶金剛石ダイヤモンドであった筈。


 そう、気狐はいま生成している三鈷剣を一般的な刀剣として利用したいのではない。

 単結晶金剛石ダイヤモンドのある特性を利用した武器を錬成れんせいしているのだ。


 高まる振動と熱に比例し、魔法の三鈷剣は更に輝きを増す。

 それは外光によってだけでなく、焦光法による放電で周囲のアルゴンも発光し始めたからだ。


 アルゴンは通常無色だが、高圧電場下に置かれると紫色に発光する。

 しかし、三鈷剣周囲の発光色は青紫色。


 その意味を理解した蝉丸は、気狐を必死に説得する。


『気狐⁈

 霊力が残っていないから寿命を削っていますね!

 そんな状態でアレを使ったら、たとえ命が助かったとしても術者としては再起不能になるかも知れませんよ!』


『……かも知れねえな。

 くぜ……〘日天・焦光法・封熱活ふうねつかつ〙!』


 覚悟を決めた気狐は、三鈷剣を振りかざし蔵主へと突進する。

 風天・自在法を駆使し後方へ空気を噴出する事で、強引に水中での推力を得ていた。


 気狐の接近に気付いた〈ダゴン益男〉が立ちはだかる。

ダゴン益男〉は水刃ハイドロブレードを展開し、周囲の水分を鰓で取り込んだ。

 水刃ハイドロブレードは、刃を構成する組織の微細なから超高圧で水を噴き出し斬れ味を増す。


ダゴン益男〉が気狐を包んでいる空気球へと突っ込んだ。

 水刃ハイドロブレードから噴出する水により、空気球内に虹が架かる。


 虹光こうこうと蛍光。


 斬り結ぶ。


 水刃ハイドロブレードが水中に没した。


 擦れ違った〈ダゴン益男〉の居る背後は振り返らず、橋姫を目指し駆け抜ける気狐。

 橋姫は水中で活動する力を失い、もはや気息奄々きそくえんえんてい


 身体の自由が利かなくなった橋姫を右肩に担ぎ、左掌の裂け目をグパァ……と捲った蔵主。

 出現した掌棘を橋姫の臀部でんぶにカプリと噛み付かせ、モミモミと揉みしだき挑発する。


 そして言葉の意味が解るよう、精神感応テレパシーを使って気狐を煽った。


『こんなにプリプリしたオケツわたくしも欲しいですぅ。

 それにぃ、おけつの方もとってもみずみずしくて美味しいですよぉ。

 若いって素晴らしいですねぇ♪』


「オレの怒りは……爆発寸前!」


 気狐は、姦悪なる異形をその剣で焼き尽くさんと飛び出した――。





※演出の都合上デーヴァナーガリー文字を使用していますが、縦組み表示では正確な象形が表示できません。

 正確な象形を確認したい方は、横組み表示にてご確認ください。


 対象のデーヴァナーガリー文字は〔वाバー〕・〔अःアク〕です。



 契約三昧 後半 その四 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る