第26話 金髪、死す(タイトル詐欺)


 《ほう、どんな羽虫が来たかと思えば。こんなにすぐに帰還してくるとは……いやはや、長年魔王を拘束し続けていた封印といっても、たいしたことはなかったの。いや、むしろ魔王が軟弱だっただけに過ぎない……ということか?》


 ――城に続く跳ね橋の中央にて、漆黒の馬に跨がり、ひげを撫でつつ俺たちを見下ろすラスボス、魔帝。

 当然俺は臨戦態勢と取るべく刀の柄に手を掛ける。が、時乃は何故かそれを手で制してきた。


「……どういうことだ?」

「ここじゃまだ戦わないんだよ。単なるイベントだから、まーゆっくり見てって」

「……いや、既にお茶の間気分じゃねーか。ラスボスを前にしてるってのに……」


 そんな呆れた声を上げる一方、そのイベントとやらは勝手に進んでゆく。


 《……お父様!! 少しでも良心が残っているのなら、今すぐこんなことはやめて下さい!!》

 《良心……? 良心があればこそ、こうして大地を荒らす下等生物を根絶やしにすべく動いているのではないか》

 《……くっ、やはり完全に、闇のオーブに……》


 歯がみする姫。すると魔帝は、そんな姫を目で射貫く。


 《ふん、まあいい。……それほど死にたいというのなら、まずは耳障りな我が娘から葬り去ってくれよう!》

 《……っ、姫様……‼》


 そうして魔帝は馬をいななかせると、一目散に姫へと突進してきた。

 宰相が思わず叫ぶ中、魔帝はすらりと魔剣を抜き去り、そして……。


 ――ガィィィン!!

 

 《……え……?》


 そんな疑問を上げながら尻餅をつく姫。

 ……そう、姫が馬にひかれるその寸前で、横にいた金髪が姫を突き飛ばし、身代わりとなってかばったのである。

 突進に加え魔剣の剣閃も浴び、金髪は跳ね飛ばされ、跳ね橋を転がってゆく。

 が、次の瞬間。

  

 《邪魔が入ったか。……む? この波動はもしや……⁉》

 《……くっ、はぁ、はぁ……なるほど、やはりこのオーブには、恐れを成すという事だね……!》


 金髪はよろよろと立ち上がると、腹部を鎧越しに押さえながら、どこからか光輝くオーブを取り出した。急に取り乱す魔帝。

 

 《……やめろ! そのオーブを掲げるなあっ‼‼》


 そして纏う黒いオーラや鎧などがじわじわ溶け出してゆく中、魔帝は苦しみながらもなんとか闇のオーブが付けられた杖を振りかざす。するとその杖の先から放たれた電撃が、光のオーブを直撃。


 《ああっ、光のオーブが……‼》 

 《くっ……こんな胸くそ悪い代物で、手痛い被害を受けるとは……》


 電撃を受けオーブが砕け散ってゆく最中、魔帝は苦々しく唸った後、それでもバッと腕を広げた。


 《だが、お前達の頼みの綱は砕け散った! それでもなお刃向かおうと言うのであれば、この城の最深部まで上り詰めてくると良い! それまでにこの傷を癒やし、万全の状態でお前達を迎え撃ってくれようぞ!》


 そうしてマントを翻しつつ、電撃を姫へ何度か放った後、踵を返していく魔帝。強制イベントであるが故、強制的に移動させられ、刀で姫をかばわされる俺。

 ……なるほど、これは弱った魔帝に不意打ちさせないための演出なのだろう。全ての攻撃をいなしたときにはもう、魔帝の姿は消えてしまっていた。


「……これでイベントは終わりか?」

「いや、まだもうちょっとあるよ。ほら」


 時乃が促した先には、消沈したたずむ姫がいた。


 《……すみません、勇者様。我々が責任を持って運ぶと言っておきながら、結局こうしてオーブを割られてしまう事態となり……》


 姫はそうして深々と頭を垂れる。


「いや、ホントそうだよな。ていうかお姫様さえいなかったら、追撃出来てもいたし……」


 そうぼやきながら辺りを見渡せば、砕けた欠片が合計8つ、あちこちに散らばっている様子が見て取れた。

 

「……欠片、ぴったり8等分だな……」

 

 ふとそんなことを呟くと、時乃は思った以上にそんな独り言へ反応してきた。

 

「お、良いところに気がついたね。そう、8つに割れたの。8つに」

「……まさか、バッヂとかか?」

「うん、さすがだね陸也、その通り。欠片の側に寄って、バッヂを掲げてみて?」

 

 促されたとおり、俺は欠片に近寄り、懐からバッヂを一つ取り出してみる。

 ――すると、手の中のバッヂが宙に浮かぶと同時に、俺の懐から他の7つのバッヂが次々に飛び出してゆく。そして同時に砕けた欠片もまた、それに呼応するようにふわりふわりと浮かび始めた。

 

 《あっ、バッヂが……! 勇気の、希望の、未来の……祈りのバッヂまで……! まさか8つのバッヂが、このオーブを元の姿に戻そうとしているのでしょうか……⁉》


「……確かバッヂは、一種類しか持っていなかったはずなんだが……」

 

 神秘的なシーンなのにも関わらず、俺は反射的にそんなことをツッコんでしまう。時乃はそれにクスリと笑い、応じてきた。

 

「ま、バッヂのIDを一つずつ管理しなかったのが悪いよね。個数だけでフラグ管理しちゃあ、こうなるよ」

「……いや、そっちはそっちで自分を正当化するなって。無の取得を意図的に使ってるんだからさ……」

「仰るとおりで」

 

 そうしてテヘッと舌を出す時乃に、冷めた目線を送っておく。

 と、その間にも前方ではどんどんとイベントが進んでおり、今は8つの欠片がすうっと元のオーブの形へと収まるところだった。そうした後、オーブは吸い寄せられるかのように俺の手元までやってくる。

 するとそこへ、姫が弱々しくも声を掛けてきた。


 《しかし、オーブが元通りになったとはいえ……やはり我々は足手まといだということがよく分かりました。ですので、心苦しくはあるのですが、あとのことは、おまかせ、しま……》


 姫はそうして最後まで言い終わらないうちに、がくりと膝を突き倒れ込んでしまう。

 

 《姫! ……いえ、大丈夫です。元々の負傷に加え、闇のオーラを浴びて気を失われてしまっただけのようです》

 

 慌ててそれに駆け寄った宰相が、姫の様子を伺いながらそう告げる。すると金髪が体を引きずりながら俺の元へ近寄って来た。

 

 《……姫のことは、このままこの僕に任せておけ。君はさっさとそのオーブの力を使って、魔帝を駆逐してくるといいさ》

 

「……いや、だったら最初から野営地で渡しといてくれよ……」

 

 思わずそんな嘆きを漏らす。それに時乃は何度か頷き、同意してきてくれた。

  

「大丈夫。このゲームプレイした人、みーんなそう思っただろうからさ。みーんな金髪殴りたいだろうし、ね」

「……まあそりゃそうだろうなあ。それでいて、主人公差し置いてあんな美味しいところは持っていくし……」


 そうぼやくと、時乃はふと首をかしげる。


「……美味しいところ?」

「美味しいシチュだろ? ま、女子には分からないとは思うが、ああいうやつって、男なら人生で一度ぐらいはやっておきたいもんだしさ……」


 と、そこまで口にしたところで。

 ――ふと頭の中で、何かがちらりとよぎった気がしていた。


「……陸也? どうしたの……?」

「へ? ああいや、その……今みたいな事、実はどこかで経験したことがあるような気がしたんだよ。……あれ?」


 抱いた違和感をそうやって口にした途端、何故かその光景が……いや、記憶そのものが脳裏により鮮明に浮かんでくる気がした。


「いや……ちょ、ちょっと待ってくれ。俺、下校中に女子を助けようとしたことがあったんだよ……確かそれが、そう、C組の三枝で……」


 そこまで語ってからようやく……俺は目の前にいる人物が、驚きのあまり固まっている事に気づく。


 

「――なあ。俺、時乃をどっかで助けたこと、なかったか……?」

 

 

 ――自らの口に手を当てながら、そう口にした、その瞬間だった。

 俺の頭の中に突如、とある記憶がフラッシュバックしてきたのは――




 

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