第18話 幻影体の主

 

 ――それからどう魔王と戦っていたのかは、正直全く覚えてはいない。

 ただ感覚としては、ずくんずくんと痛みを訴えてくる下腹部を目一杯かばいながら、これまで以上に隙を見せてくる魔王を、時乃の指示で機械的に殴っていたような気はする。

 そしてそんな前後不覚の状態で戦っていた俺が、はっきりと自分の意識を保てだしたのは。時乃がふと肩に手を置きながら、ゆっくり微笑んでくれた、その瞬間からだった。

 

「お疲れ様。ひとまずこれで、魔王戦はおしまいだよ」

 

 その言葉にふと時乃の視線を辿ると、そこでは床に転がっている魔王の手足が、ゆっくりと霧になって溶けていく様が見て取れた。

 

「……あ、ああ。……いつの間に終わってたんだな?」

「……。……それだけ無心にならないと戦えなかった、ってことだよね。……傷の具合はどう?」

 

 心配そうにそう声を掛けてくる時乃に対し、俺は近場の壁にもたれかかりつつ、脇腹に目を落とす。ゲーム上の仕様なのか、もう傷は完全に塞がっており、見た目からは全く問題がないように見えていた。

 が、それでもじくじくとした痛みだけは、まだ相当根深く残ってはいて。

 

「大丈夫なわけあるかっての。今も全然痛みの波が引かないし……正直、よりも痛かったぞ。過去一だ、過去一」

 

 そうして荒く息を繰り返しながら、ずるりと背を滑らせ、尻餅をつこうとした、のだが。

 

「……あ、あのね、陸也。まだこの後に、ちょっとだけイベントがあってさ。だからまだ気は抜かない方が……」

 

 と、時乃がそう言い終わらないうちに、突如どこかで聞いたことのある声が響き渡った。

 

 《――フハハハハ、ご苦労ご苦労。これでようやく、魔王と共に封印されていた魔剣が、ときが来たようじゃな》

 

 そう言いつつゲートから現れたのは、序盤で冒険者に向けて演説をしていた国王だった。そのまさかの展開に思わず目を見開いていると、おもむろに国王は手に持っていた黒い珠のついた杖をこちらに向けてくる。

 ――パキュゥン!

 

「……あっ、陸也っ……‼」

 

 時乃のそんな叫び声を聞きながら、俺は再度宙を飛んでいた。杖から発せられたバリア的な何かに、体ごとその場から押し出されてしまったのである。

 そうして床にたたきつけられた俺は、勢い余って床をごろごろと転がり、別の壁へと激突。

 もちろん、そんなことをされれば傷にも障る。俺は苦悶の表情を浮かべ、うめくことしか出来なかった。


「……陸也‼‼‼」

 

 《ふむ、これが魔剣イビルグラインか。……結構結構。わざわざ幻影体を作り出し、手間暇かけてこの状況を作り出した、その価値ぐらいはありそうじゃな》

 

 国王はそうして俺たちを遠ざけた後、持ち主が消え去り寂しく転がっている魔剣へと歩みを進めていく。そうしてそれを手に取ると、ブンブンと軽く振り回し、こんどはぐにゃりとその刀身を手のように変えた。

 その後国王は、立派な白ひげを撫でながらご満悦といった表情を見せる。 

 

 《しかし、誰が魔王を仕留めても構わなかったとはいえ……それを成し遂げたのは、やはりお主か。良かろう、褒美として我が娘をくれてやろうではないか》


 国王はそこで一拍溜めた後、ゲスな笑みを浮かべながらこちらを見下ろしてきた。

 

 《――魔王の身代わりとして、ここでアルティメットブレイドと共に永遠に封印され続ける……そんな運命から逃れる事が出来るのならな!》

 

 そうして悪役らしい高笑いの後、国王は魔剣と共にゲートへと消えていってしまった。すると数秒後、そのゲートはきゅぅんと狭まっていってしまう。

 

 ……な……なんじゃそりゃぁ……⁉

 

 ついには痛みに堪えきれず、意識が途切れてゆく最中。俺は心の中でそう叫んでいたのだった――。

 

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