第3話 悪魔で天使な時乃さん
箱に乗り、空へと射出されてから数分後。
俺は城の屋上、尖塔同士を繋ぐ回廊のような場所へ無事降り立つことが出来ており、そしてふくれ面のまま目を潤ませている時乃から、ひたすら殴られ続けていた。
……まあ、それは別に大して痛くはなかったのだが。
「……っ、はぁーっ、はぁーっ」
悲鳴を上げた恥ずかしさから慣れないパンチを繰り出し続け、時乃は既に息が上がっている。そんな様を眺めながら、すこしやり過ぎたか……などと考え、俺は思わず頬を掻いていた。
「悪かったって言ってるじゃないか。それより、そろそろ案内してくれよ。見えてる宝箱、全部回収していくんだろ?」
その問いに時乃は一つ大きく息をつくと、呼吸を整えながら答えた。
「……。……言っとくけど、回廊の四方にある宝箱のうち、一つはトラップだから。今じゃ絶対勝てない敵がうじゃうじゃ湧いてくるからね」
そんな肝の冷える話をされ、思わず時乃の顔を二度見する。すると時乃はそれに真っ向から視線を返して来た。……どうやら意地の悪い嘘などではないらしい。
「……で、それはどれなんだ?」
「……」
しかしそう問いかけた瞬間、ぷいとそっぽを向く時乃。
……なるほど、そういう仕返しってことか。
「そんなの、俺が開けたら間違いなくゲームオーバーだろ。そんなくだらない意地悪で、俺が命を落としたとしてもいいのか?」
と、そんな説得を試みるのだが、時乃はどこ吹く風。
……いや、マジで言ってるのか。まだ雑魚敵ですら一匹も倒したことがないっていうのに、ハズレを引いたら助言もなしに地獄のような戦闘が始まるっていうのか。正直、肝が冷えるどころの騒ぎじゃない。
安易に時乃を怒らせてしまったことを後悔しつつ、俺は相当覚悟をしながら、ひとまず視線の先にあった東の宝箱の方へ近づいていく。
いや、近づいていこうとした。
「……あっ」
小さな声。思わず振り返ると、時乃はなおも顔は背けたまま、目線だけチラリとこちらに向けていた。……もしや。
俺はもう一度、そろりと東の宝箱に近づいてみる。
「………………」
今度は時乃から何も声が漏れ出てくることはなかったが、顔は背けたままなのに、その目線だけは明らかに俺の一挙手一投足に釘付け状態だった。そしてしまいには顔をしかめ、小さく、本当に小さくだが、ふるふると首を横に振り始めてしまう。
……その微妙に優しさが隠し切れていない様に、俺は思わず笑いを堪えられなくなってしまった。
「……ぷっ、はははっ、いやいやいや、そんな中途半端に反応しないで、アドバイスするなら素直にしてくれればいいのにさあ」
「いや、だって……もー‼ どうしていきなりハズレに向かっていくの……⁉」
流石に笑ってしまっては、塩対応も何もない。時乃は困り眉を浮かべながら俺に近づいてくる。
「はいはいハズレハズレ! ……だから絶対に開けないでね、そこ。さっきも言ったけど、わたしがマリクをプレイしていたとしても、間違ってそこ開けたりしたら、秒でリセットするから。勝てっこないし」
「……そ、そんなになのか?」
思わずギョッとしながら尋ねると、時乃はふくれ顔のまま続けた。
「そんなになの! 一応、理由はあるんだけど……まあどうせ後で分かるから。だからとりあえず、他の宝箱を回収してきてよ」
そうして時乃は、他の宝箱の回収を指示してきたのだった。
+++
「30万ギールド、波浪の弓、それに……斬新の太刀? 残心じゃなくて……?」
宝箱の中身を回収し終えた後。
特に目を引く、反りがついてあちこちギザギザな、いかにも取り回しづらそうな刀剣を品定めしていると、時乃が後ろから手元を覗いてくる。
「斬新な見た目してるからじゃない? あ、ちなみにここに来た最大の目的が、その刀の回収だからね」
「……え、そうなのか?」
肩先からぴょいと覗かせた横顔に思わずそう聞き返すと、時乃はこくりと頷きつつ、手元にあるものを詳しく解説してくれた。
「それ、実質このゲーム内で一番強い剣なんだよ。そもそも刀全般に言える事なんだけど、後半でしか手に入らない割りに攻撃力が低いから、本来は不遇武器なの。ただとあるバグ技が使えるから、タイムアタック的にはものすごく重要な武器でね。そのバグ技、攻撃にも移動にも使える超万能なものだから、それ一つあれば他とか必要ないってわけ」
「ふーん。つまり俺は今、ある意味最終武器を手に入れたって事なのか」
「そーゆーこと」
そんな解説を聞き、改めてその刀を眺めると、確かに強そうに見えてくる……気もする。
「なるほど、そこまでの物だったのか。……あんなダイナミックなバグ技を使ってまで背伸びさせたのは、そういう事だったんだな」
「やっと分かってくれた? あ、ちなみに幼馴染は弓しか使えないから、その弓は貰ってくね」
と、そう言いながら、時乃は弓柄の部分が波打っていてこれまた持ちにくそうなその弓を拾っていくと、試運転とばかりに弦をバインバインと鳴らしながら続けた。
「んじゃ、ここでやることも全部やったし、そろそろ寄り道は終わりにして、ストーリーを進めていこっか」
「……やっとか。このまま寄り道だけで何十時間もプレイさせるのかと思ってたぞ」
時乃はそんな受け答えに軽く笑った後、ふと斜め上を向き、そして。
「それじゃ、まずは地上に戻らないといけないから……ええと、あそこの先から飛び降りてくれる?」
――極めてさらりと、とんでもないことを言い出した。
「…………え?」
思わず顔を凍らせつつ、回廊の外へとチラリ顔を覗かせるが、もちろんすぐ下に階層があるわけでも、クッションやトランポリンがあるわけでもなく、ひたすら下の方に地面と堀が見えるばかりだった。
……それはそうだろう、今俺たちは城壁の上に立っているのだから。堀の水深がどれほどかは分からないが、そもそも身が竦むほどの高さから落ちれば、いずれにしろ即死には違いない。
「いや待て待て待て。普通に死ぬだろ?」
声を震わせながら、恐る恐る時乃へと振り返る。というのも、こんな指示を出してくる理由に、一つ心当たりがあったからである。
……いや、さっきの仕返しにしては、流石に冗談の度を超してやしないだろうか。
「え? いや別にライフ一つ減るだけで、死にはしな……あー、うん、そうだね。死んじゃうね。だからほら、さっさと飛び降りてくれない?」
だが時乃はにべもなく、そう言い放ってくる。……いや、急ににこやかな笑みを浮かべ始めた。無茶苦茶怖い。
「いや、冗談だろ? 第一、向こうに扉があるじゃないか」
「アレは開かないよ。試してきたら?」
「……嘘だろ?」
そんな心からの言葉を漏らしつつ、俺は恐らくは下へと続く階段があるであろう扉に足早に近寄った。……だが、押そうが蹴ろうが扉はびくともしない。
「その扉が現時点で開いたり通れたりするなら、そもそもSfCっていう大技なんて使わなくても、城の内部から来れるじゃない。終盤にならないと開かないし、今無理矢理壁抜けとかで通ろうとすると、次元の狭間にハマって進行不能になったりするから、それで仕方無く空を飛んできたんだよ?」
「……マジかよ」
それだけ絞り出すことしか出来ない俺に対し、時乃はなおも容赦なく続けてゆく。
「さっき空飛ぶって言った時、そんなに抵抗しなかったんだから、別に高所恐怖症とかじゃないんでしょ? ほら、ここに来ちゃった以上、飛び降りないと下には帰れないんだからさ。さっさと飛び降りてよ」
そうして、仕舞いにはぐいぐい背中を押してくる有様。
「う、うわ、ちょ、やめ……うわああああああーっ⁉⁉⁉」
すがすがしい青空に、今度は俺の恐怖に引きつった叫び声が、ゆっくりゆっくりとこだましてゆくのだった――。
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