~4お兄様の薬、どうやら無事に届けてたらしいわ~

 家族団らん中に入ってきた旦那様。グレイは人当たりが良さそうな笑みを浮かべて、アリゼの両親とお兄様が座っている方を向き深々と頭を下げる。


「お久しぶりでございます。ロンド公爵様、ロンド公爵夫人様、メイスン侯爵様」

「畏まった挨拶はよい。久しぶりに娘に会えたのだ。家族として過ごしたい。分かっているだろうが、娘を泣かせるような真似はしてくれるな」

「はい。ロンド公爵様」


 おぉ。どうやらグレイはお父様が出資者という事もあり、強く出られないようだ。かなり上下関係がはっきりしている事が伺える。しかもちょっとお父様が強気みたいだし、もしかして何かやらかしたかな? それだと余計に楽しいんだけど。

 だがここでグレイ退場は面白くないので、ここはグレイに参加してもらおう。


「お父様、グランゼル侯爵にも座っていただいたらどうかしら?」


 この場で一番の権力者のお父様に、あえてグレイをグランゼル侯爵と呼びつつ、席に着く許可を出してあげたらどうかと聞いてみる。これでグレイとちょっと距離感あるのを印象付けられるし、グレイが名前呼びをしなかったアリゼにどう出るのか楽しみも出来た。内心笑いつつ、ちょっとしおらしくしておく。

 まぁグレイはアリゼを知らなかったから簡単に騙せたが、目の前にいるのは家族だ。昔のお転婆アリゼを知っているのだから、可憐な公爵令嬢としては騙せないだろう。


「いや、やはり今日は席を外せ、グランゼル」

「え、お父様。……でも」

「構わん。そうだろう?」


 お父様の言葉にグレイは一礼し、かしこまりました、と告げた。


「どうぞ不自由な点がありましたら、お近くの執事やメイドへお申し付けくださいませ。本日はお三方のお部屋の準備もしておりますので、よろしければお嬢様とごゆるりと過ごしていただければ」

「うむ。そうだな。一泊世話になる」

「かしこまりました。では、もし私に用が出来ましたら、いつでもお呼びくださいませ」


 グレイは再び一礼して部屋を出た。対応が執事のようであり、且つ、何かしらの雰囲気を感じとったのかアリゼを名前呼びせず、お嬢様と呼んだ。やはり一筋縄ではいかない相手のようで、やりがいがあって楽しそうだ。

 ちょっと油断したら鼻歌でも歌ってしまいそうになる中、ドン、とアリゼとお父様方が座るソファの間にある机に大きい荷物を置いたのは、沈黙を保っていたお兄様だった。


「アリゼ、取り合えず目覚めて嬉しいと言いたい。そして早速だが、お前、記憶、あるよな?」


 おぉ、お兄様はアリゼにちょっと怒っている? と思いつつ、新たな波乱になりそうでちょっとワクワクする。

 お兄様はさっき置いた荷物を解くと、出てきたのはアリゼの大切でたまらない調合道具と薬たちであった。諦めていた宝物たちに、思いが止められずアリゼは叫んでしまった。


「きゃー、お兄様! 素敵、素敵すぎるわ!」


 どうせ家族には正体は知られているので、もう気にせず調合道具たちの無事を一個一個確かめる。うん、フラスコもビーカーも薬草も薬も当時のままだわ。何だったらほこりをかぶっていたり、ヒビ割れしたり、諸々覚悟していたし、何だったらもう手に取ることも出来ないかとも思っていたが、最高である。これで薬も作れるので、さらにグレイとの遊びの幅が広がるというものだ。

 しかし、はて、お兄様は何故にこれらをここに持ってきたのか。アリゼはふと手を止めて考える。正直、アリゼが調合好きだったから、昔の道具を持ってきてあげたよ的な展開はない。お兄様の性格上絶対と言える。

 お兄様の方をチラっと見ると、目が座っていた。


「分かるよな? お前を喜ばせるために持ってきていない」

「まぁ……はい」

「そりゃあ、お前があの事故の時目覚めなかった時は心配した。こんなのでも妹だからな。だが、忘れてないよな? 俺にぶっかけてくれた薬」

「あ、お兄様にかかったんだ」

「どのみち俺に飲ませる気だったんだろうが」

「さっすがお兄様ね」

「薬の効用は覚えてるか?」


 この兄の反応からするに、どうやらあの薬は思った以上の成果出したようだ。だがアリゼは基本的に薬を調合する際は、経口摂取を前提に調合している。それを被ったという事は、皮膚などから接触してどこまで期待していた効果が表れたのか。もはや違う反応が出たのか。内容によっては今後の調合にも役に立つので、細かく聞き取ろう。

 まぁ怒られる事はもう覚悟。アリゼはそれよりも薬によってどうなったかが気になるので、薬の効用を細かく話すことにした。相手の手の内を知りたい時は、まず自分の手の内を見せなければ。


「もちろん! お兄様は婚約者が決まっていましたし、ならば学園生活楽しんでいただこうと、そこから先は尻に敷かれる人生を歩むのですから、可愛い妹心で作ったもの。もちろん体調に害を与えるものなどは一切混入しておりません」

「で?」

「まぁ、簡潔に言えば惚れさせ薬です。お兄様から相手に迫ったら、婚約者の方に不貞とみなされ婚約破棄されても、こっちが悪いでしょ。だから、お兄様に近づく者を惚れさせる薬を作ったの! 相手からお兄様にきたら、そりゃあ不貞じゃないでしょ?」

「っふ。お蔭で今も大変なんだよ。ちなみにそれは人間用で作ったんだな?」

「ええ、もちろん。ってことは、相手は人間じゃないモノに好かれるようになったの? これは新しいわ! しかも私が眠って五年も効果が持続するなんて、これもあり得ないわ。でもあり得ないんじゃない。目の前に生き証人がいる。まだまだ開発しがいがあるわ!」


 アリゼは頭の中でお兄様にプレゼントした薬の調合の内容を思い浮かべつつ、どれがこういう効能を引き起こしたのか。はたまた化学反応の末の反応なのか。もう一度同じ内容で作ってみて、同じ結果が得られるのか等色々考える。


「終わってないぞ! アリゼ」


 お兄様の言葉にはっとする。そうだ、兄は現在進行形で薬の効果が持続している。つまりはその様子を見ることが出来る。もう笑いが止まらない。


「そうね! そうだわ! で、どんなモノに好かれているの?」

「楽しそうだな……お前は」

「他人の不幸は蜜の味よ! さ、どうせ治療薬を作ってほしいから、これらをここに持ってきたんなら、さっさと吐きなさい」

「事の元凶はお前だけどな!」

「それとこれとは別よ」


 お兄様は少し天を仰いで、ため息をつく。失礼しちゃうわ。

 でも好奇心が圧倒的に勝る。場合によっては飲ませるよりかける方が簡単だ。折角、グレイと言う最低で最高な旦那様という遊びものがあるんだから、遊びの幅を広げたいに決まっている。

 お兄様はアリゼの方を向くと意を決したように言った。


「鳥だよ」

「鳥? それって空を飛ぶ鳥?」

「それ以外に何があるってんだよ」

「また、意外なところきたわ。犬とか猫とか哺乳類かと思っていたら、まさかの鳥類。で、どんな感じなの?」

「見てみたほうが早いだろ」


 お兄様はソファから立ち上がり、アリゼも同じく立ち上がる。


「父上、母上、ちょっと散歩行ってきますよ」

「そうねぇ。アリゼは元気そうだけど、まだ五年のブランクあるから、見せたら帰ってきなさいな」

「了解しました」

「はーい」


 お母様の言葉に返事して、お兄様と共に外へ出る。

 外は青い空白い雲、晴天、その言葉がとても似あう程、晴れ渡っていた。


「なにが、」


 アリゼは言葉を紡ごうとした時、鳥が一羽、いや、二羽、いやさらに迫りくる鳥の集団を目にした。それらはお兄様目掛けてやってきたかと思えば、お兄様に攻撃はせず、こう、お兄様を守るように空では円陣を組むように、地上でも円陣を組むように、お兄様の回りを包囲した。

 鳥アレルギーだったら発狂というか、もうこの世にいないだろうな、と思う。心の底からお兄様が鳥アレルギーではなくて良かったと思いつつ、かなり興味深い現象に違いはなかった。

 薬とは飲んでから体内に取り込まれるまでがピークで、そこから排出されていくので、本来は時が経つとともに効果は消えていく。なのに今もこの効果。


「お兄様、これはマシになった方ですか?」

「当時から変わらん」

「誰か他人を傷つけるようなことは?」

「ない」

「お兄様自身も?」

「ない。本当に俺を取り囲んで、守るようにしてるだけなんだよ。だから邪険にはらえないしな。室内には入ってこないんだよ。本当に外にいる時だけだ。馬車とかに乗れば追ってもこない」

「ふむふむ。一応治療薬は作ってみます。だけど、始めは対処療法にしかならないと思うので、是非、研究……違う、治療に協力してくださいね?」

「聞こえてるんだよ、研究。ま、こいつらも悪気はないし、なんだったらお前の被害鳥たちだからな」

「ふふふー、楽しいことがいっぱいやってくるわ!」


 目覚めて二日。本当に楽しくなってきました。調合道具も揃ったし、お兄様の薬を改良したら、絶対楽しめると思うの。ね、旦那様。楽しみにしていてくださいね。

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