~2先手必勝! 旦那様を黙らせます~
ずっと眠っていた妻の目覚めを、仕事を終えてから見舞いに来る夫。
アリゼはどう楽しもうかと色々頭を巡らせつつ、取り合えず公爵令嬢の皮を被りつつ、ひ弱なフリをして相手の出方を見ることにした。
「初めまして……アリゼと申します。まだ、目覚めたばかりで、状況が把握しきれておらず、申し訳ございませんわ」
「五年も眠られていて、急に夫がいると言われ、生家でもない場所で目覚められたのです。混乱して当然ですよ」
「あぁ……だからですのね。私は嫌われているのかしら?」
チラっと目線を変色した銀のスプーンとスープが置いてある机に移す。
さぁ、これを見てどう言う、旦那様!
アリゼは顔がニヤつかないよう儚げな表情を必死に作りながら、旦那様ことグレイの表情と出方が気になって仕方がなかった。
「申し訳ございません。事態を把握する為、厨房の者に確認をとります。目覚められてこのような状況だと怯えられて当然です。事態を収拾致しましたら報告に上がりますので、それまで全て銀の食器を徹底させます」
アリゼの作った儚げな表情は怯えた表情に旦那様には映ったらしく、手を勝手に握りしめられてそう言われる。
正直勝手にレディの手に触れるなや、と薙ぎ払いたかったが、必死に我慢する。そして上目遣いで旦那様を見る。
「お願い致します」
「もちろんですよ。夫婦なのですから。アリゼ様はまだ起きられたばかりなので、これからゆっくりとお互いの事を知っていきましょう」
旦那様の面の皮は厚いこと判明。妾がいる事も知ってますよー、と笑って言いたいが、楽しみの時間はまだまだ続かせなければ! ここでそんな事を言えば、多分、この旦那様は妾をどこかに隠すなり何なりするだろう。やはりここは、旦那様にコイツ騙せそう、と思わせないと楽しくない。
アリゼは会心の笑みを浮かべる。
「目覚めたばかりですが、こんな素敵な旦那様がいて嬉しいですわ」
これは嘘偽りない本心の為、アリゼはもう楽しくて仕方がない。
旦那様……もう心の中ではグレイでいっか、は手を放して、ちょっと照れくさそうに笑うので、面の皮の厚さもあり、演技力も高い。これは事情知らない令嬢は、グレイの顔面偏差値も加わり、あっという間に落ちるだろう。リンファ曰く妾は一人らしいが、一夜の火遊びくらい結構してそうである。
後で絶対調べようと思いつつ、笑みは崩さない。
「恥ずかしいですね。ですが、アリゼ様に嫌われなくてよかった」
「アリゼ、で構いませんわ、旦那様」
「ではアリゼもグレイとお呼びください」
「はい、グレイ」
もうペテン師確定でーす、とアリゼは心の中で叫んだ。この余裕綽々な笑顔と演技を崩す日が、楽しみで仕方がない。これは舞台は最高に用意周到に準備せねばと、もう別の意味で会心の笑みが勝手に浮かぶ。
あまぁい雰囲気を作り出し終えたグレイは、まるでアリゼの為と言った風に切り出す。
「いきなり色々あり疲れたでしょう。今日はゆっくりお休み、アリゼ」
またも勝手に頬にキスを落とし、リンファにアリゼをよろしくと言葉をかけて部屋を出た。
グレイが部屋を出たのを確認したアリゼとリンファは、二人揃ってうわぁ……と声が出た。
「何ですか、アレ! アリゼ様に無礼ばかり」
「気持ち悪かったわ。あまったるい雰囲気作るの上手すぎる。絶対遊んでるわ」
「任せてください。調査して化けの皮剥いでやります!」
すっかりリンファは使える子になっている。昔は超が付くほど怒られていたのに、味方に付くとこんなに頼もしいとは。
「あ、そう言えば妾はどこにいるの?」
「離れがあり、そちらに。そしてアリゼ様がいるのに、絶対にそこに向かったんですわ、あのクソ野郎」
「どうどう。落ち着いて。ね、敵情視察したいんだけど」
「そうですね、いけます。このランファにお任せください」
ランファは一度アリゼの部屋を出ると、ティーセットを大きめのワゴンで運んできた。
「道中には他のメイドや警備兵もいる為、途中までは窮屈だと思いますが、こちらに隠れてください」
おぉ。密偵っぽくなってきて、ワゴンは中が空洞になっていて、蓋など見えないようクロスをかけて、ティーセットを乗せている徹底ぶりだ。
ランファはティーセットを机の上に置き、代わりにあの毒入りスープを上に置いて外に出るそうだ。その時、アリゼはワゴンの中。帰りはティーセットの回収を理由にするそうで、疑われないよう出入りの理由付けもバッチリ。聞かれたら答えられる。
「よし、じゃあランファお願いね」
ワゴンに躊躇なく入ったアリゼは上から蓋をされ、ごとごとと揺れる狭い中で、三角座りで隠れながら移動。もうこれだけで楽しい。行く先はもっと楽しい。窮屈でちょっと揺れが気持ち悪いのは我慢だ。
揺れる揺れる中、あるところでピタっと止まる。着いたか? と思ったが、話し声が聞こえ始めた。
「アンタも大変だな。正妻さん、起きたんだろ?」
「えぇ。嬉しくはありますが、確かに大変です」
「いきなり毒とはなぁ。処理だろ。気をつけてな」
「ありがとうございます」
馴れ馴れしい話し方だが内容的に警備兵かな、と思いつつ、じっとしている。
するとワゴンはまた動き出し、次は止まると、上の蓋が開いた。一気に飛び出たい気分だが、今は敵情視察が目的なので、ソロっと出る。着いた先は倉庫のようだった。
「お疲れ様です、お嬢様。ここから先は足ですが、最悪見つかった場合を考慮しまして、こちらを着用ください」
リンファが出してきたのはメイド服。確かに今、アリゼはネグリジェを着ていて、この格好で見つかったら、顔を知らなくても、正妻ってバレるか、痴女扱いだ。有難くメイド服に着替えて、ネグリジェは移動してきたワゴンの中に隠して、蓋を閉めてクロスをかける。
もうリンファ様と崇めたい気分だが、さぁ行きますよ、とリンファは止まる気配ない。本当、昔、調薬しては怒られ、隠しに森の中に出かけては怒られていたのが嘘のようだ。
まだおぼつかない足取りではあるが、本当に五年も寝てたのかと思う程には足は動いてくれ、リンファ先導のもと庭に出て、四つん這いで草陰に隠れながら、目的地の妾がいる離れを目指す。
「あそこです」
リンファが小声でそう言ったので、四つん這いだった為、地面の石に気を付けながら進んでいた顔を上げて、真正面を見た。本当に離れ、と言った風で、花に囲まれて、優雅にティータイムでもしたい気分にさせる、小さいながらも外から見る離れは綺麗であった。
「んー、いい場所ね」
「あそこはお嬢様の為に、とお嬢様の父君である公爵様が整えられたのです」
「お父様が! 怒ってばかりの……」
「お嬢様が怒らせてたんですけどね」
小声でボソボソ言っていると、誰かいるのか、と離れの窓が開き、瞬間、アリゼとリンファは口を閉じて、草陰から動かなかった。
「どぉしたのぉ」
ちょっと作っているな、と言った風の間延びした女性の声に、アリゼのテンションは上がる。多分、今は顔を出せないが、本日の目当ての妾で間違いなさそうだ。
「いや、気のせいだったようだ。風が気持ちいいよ、カナリア」
「そぉねぇ。でもぉ、私に早くかまってほしいわぁ。起きたんでしょお?」
「ああ、あのお嬢さんね。起きたけど、問題なさそうだったよ」
そのお嬢さんここにいますよー、とまた叫びたい欲がアリゼの中に芽生えるが、自分で。我慢、我慢、と言い聞かせる。そしてグレイは、アリゼをコントロールしやすそうなチョロいお嬢さん、と思ってくれたらしい。大収穫だ。絶対に覆してやるよ、とまたアリゼの闘志に火が灯る。
「なら私はここにいれるのぉ?」
「もちろん。あんなお嬢さん、名目上だけでも嫌気がさすよ。でもまだ公爵家の力が必要だし、向こうの怒りを買う訳にはいかない。不自由な思いをさせて、ごめんな」
「アナタがいてくれるなら、何もいらないわ」
「愛してるよ、カナリア」
「私もよ、グレイ」
はい、浮気確定現場押さえました! 今まではランファから聞いただけだったが、これからはアリゼも確認済事項になる。
どうやってこの二人を追い詰めていこうかとアリゼは頭の中を巡らせる。どうせならどん底に落としたい。その為には一時的にでも高く上ってもらわないと、落としがいがない。
「忙しくなるわよ、ランファ」
「はい」
小声で結束を固くし、アリゼとランファはこそこそと部屋に同じルートを引き返すように戻っていった。
ね、旦那様。よくもあんなお嬢さん、と言ってくれたわね。見てなさいよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます