第17話 地雷


 【7月29日 午後6時20分】


 既に辺りは暗くなり始めていたからか、『死体同盟』のアジトである洋館も庭園灯がついていた。


まゆずみさん!」


 門の前に立っていた夕飛ユウヒさんは私たちの姿を見て駆け寄ってくる。私と樫添かしぞえさんの顔を見た後、朝飛アサヒさんの身体を触りながら息を吐く。


「朝飛……無事だったのね……」

「大丈夫だよお姉ちゃん。心配かけてごめんね」

「いいの。それにアンタがいなきゃ樫添さんが危なかったんでしょ? でもあんまり無茶しないでよ」

「うん、わかった」


 夕飛さんに優しく声をかける朝飛さんを見て、改めて悟った。


 もうこの人は、自分の中にある『夜』と折り合いをつけて生きていられているんだと。


 ……もしかしたら私が目指しているのは夕飛さんと朝飛さんみたいな関係なのかもしれない。自分の中に決して許されない願いがあるのはエミも同じ。その願いを抱えたままでも生きていけるように支える。それが私の望みなのかもしれない。


 たとえエミが、もう戻らなくなったとしても。


「とりあえず事情を説明するわ。曇天どんてんくんが門の番号も変えたからもう勝手に侵入はできないはずだから中に入って……あれ、かしわさんは?」

「私たちの方も中に入って説明します」



 【7月29日 午後6時31分】


 洋館の大広間に通された後、まずはエミに何があったのかを夕飛さんたちに説明した。


「……話を聞いた限りじゃ、いつもの柏さんじゃなくなったということしかわからないわね」

「私たちも正直、何が起こったのか全く分からない状態です。ただ、こうなる直前にエミは過去の記憶を思い出そうとしてて、その記憶に出てきていたのが……」

楢崎ならさき久蕗絵くろえさん、ってことね」


 夕飛さんがその名前を呟きながら、向かいに座っている男、白樺しらかばたかしに顔を向けた。


「さてと、今度は私が説明する番ね。黛さんとの通話が終わった後、私が曇天くんたちの様子を確認しにここに来た時にはもう『スタジオ唐沢からさわ』の人たちはいなかったわ」

沢渡さわたりさんと木之内きのうちと名乗った男性は白樺様を連れて出て行ったのですが……つい先ほど白樺様だけがこちらに戻ってこられたのです」

「……」


 なんで白樺がここに戻ってきたのかはわからないけど、こっちからしたら好都合だ。コイツと唐沢との関係や、エミと楢崎の関係、その他もろもろを洗いざらい吐いてもらおう。

 そのつもりで口を開こうとしたけど、先に夕飛さんが白樺に声をかけていた。


「初めまして、白樺隆さん。私はなつめ夕飛ユウヒと申します。『死体同盟』の一員で、この子たちとの関係はまあ……息子が世話になってたってところかしら」


 『この人の息子に初対面で殺されそうになったんですよ』とは流石に言わない。


「それでですね。あなたのお子さん、どうやらウチの妹とも知り合いのようでしてね。つい先ほど、妹がクロエさんとそのお仲間に襲われかけたそうなんですよ」

「……」

「まあ、妹もいい歳ですからね。自分の身は自分で守れって言いたいところなんですけども。この子は私に残された最後の家族でしてね、やっぱり私からしたら可愛いんですよ。ですから……」


 夕飛さんは白樺に顔を寄せる。


「あなたが自分の娘の手綱もしっかり握れない理由を、ぜひとも聞かせていただきたいですねえ」


 ……どうやら今回の件は、夕飛さんの地雷も踏んでいるようだ。


「まどろこっしい聞き方をしなくてもいい。俺と唐沢、それにクロエと恵美えみの関係を聞きたいんだろ?」

「ええ、聞かせていただけると助かります」

「だったら全部話してやる。俺としても、クロエを唐沢から解放したいからな」


 白樺は諦めたようにため息を吐いた後、胸ポケットから煙草を取り出して火を点けた。


「唐沢はもともと役者をやっていてな、同じ事務所の後輩だったんだ」

「ならアンタは家族ぐるみで唐沢と親交があったってわけ?」

「いいや、俺は唐沢が大嫌いだったよ。才能もないクセに役者としてのプロ意識だけは無駄にあって、事あるごとに俺に口出ししてくるアイツが心底目障りだった。それにアイツの目当ては俺じゃなくて妹の清美きよみだったからな。別にアイツも俺のことは好きじゃなかっただろうさ」

「清美って……エミのお母さん?」

「そうだ。唐沢は清美に惚れてたんだよ」

「は?」

「別に俺も清美がどうなろうが知ったこっちゃなかったし、三流役者と付き合うのもお似合いだと思ってたよ。だが……クロエがまだ2歳くらいの頃にアイツらは別れて、代わりに清美が交際を始めたのは……20歳以上も年上の男、かしわ恵介けいすけだった」


 柏恵介という名前に夕飛さんが反応した。


「ちょっと待って、その人って警察の幹部だった人ですよね?」

「そうだ。柏恵介はあの当時の時点でG県警察本部で警備部長を務めていたエリートで、清美はしけた会社の単なる社員だった。普通に考えりゃ釣り合うわけもないし、そもそも接点がなさすぎる。なのにどうして結婚までこぎつけたのかわかるか?」


 単なる会社員だった清美さんと、警察幹部だった柏恵介。確かに普通に考えれば出会うきっかけすらないし、話が合うとも思えない。

 その二人を、誰かが仲介でもしない限り。


「もう20年以上も前のことだ。俺が柏恵介や斧寺おのでら霧人きりひとと出会うきっかけになった、あの仕事を引き受けたのは……」

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