第8話 『死体同盟』再び
【7月29日 午後1時32分】
「ダメね、やっぱり繋がらない」
エミから
「……考えたくないけど、樫添さんに何かあった可能性は高いわね」
「『スタジオ
「劣勢も何も、エミを守り切れば私の勝ち。そしてエミはまだ私の前にいる。全然劣勢じゃないでしょ?」
「……ふふ、流石はルリだ」
エミは笑っているけど、私は自分の発言に含まれる冷たさや異常さに気づいていた。
私は今、『エミを危険に晒すくらいなら樫添さんを見捨てる』と言ったも同然だ。樫添さんの身に危険が迫っていると知った上で、エミを守るために助けに行かないという選択肢を選んだんだ。仮に樫添さんを助けられるのが私だけだったとしても、彼女を見捨てる選択を取ったのだ。
それが冷酷な選択であることはわかっている。エミは私の選択を『エミの支配者であり続ける強固な意志』として好意的に受け取っているけど、他の人から見れば人でなしとしか映らないだろう。
それで構わない。エミの願いを潰した時から、とっくに私は人でなしだ。
「ただ、樫添さんが向こうに攫われたのだとしたら、私たちもここに留まってるのはまずいかもね」
唐沢にあと何人仲間がいるのかは知らないけど、楢崎がS市立大学に来ていた以上、樫添さんを攫ったのは他の仲間だろう。少なくとも唐沢と楢崎の他にあと二人は敵がいると考えた方がいい。
一方でこちらは私一人。エミを守りながら戦うなら確かに不利だ。
考えろ、考えろ。エミを確実に守り切り、なおかつ唐沢たちを叩き潰す方法を。現実的に考えれば戦力が私一人という状況から変えなければならない。それを解決する方法は……
『どうしてもあなたに、自分を導いていただきたかったのです』
一人だけ当てがある。樫添さん以外でエミの身を託せる人間に。アイツのことを完全には信用できないけど、少なくともエミが危険に晒されるのを良しとしない人間なのは確かだ。
『死体同盟』の代表、
【7月29日 午後2時22分】
「まさかまたここに来るとはね……」
「それに関しては私も同感だよ、ルリが彼らを頼るとは意外だった」
「一応言っておくけど、曇天さんを唆して自分を殺させようとか思ってないわよね?」
「思っていたとしても、君はその対策を講じているのだろう?」
エミの言葉を受け流して改めて目の前の建物を見る。
『死体同盟』のアジトである
既に曇天さんに話は通してある。インターホンを押すと、すぐに返事が来た。
『お待ちしておりました。どうぞお入りください』
門を開けて館の玄関の前までくると、扉が開いて中から曇天さんが出迎えてくれた。
「お久しぶりです、
「ああ。君は見たところ……苦労しているようだね」
「これはお恥ずかしいところをお見せしました。兄の介護で少し疲れているのかもしれません」
エミの指摘通り、曇天さんの顔色はあからさまに悪く、両目にも少し黒い陰のようなものが浮かんでいた。服装も初めて会った時のようなスーツ姿ではなく、動きやすそうな半袖シャツとチノパン姿で、灰色の髪は後ろで纏められている。
私たちとの戦いの後、
「ご用件はお聞きしています。柏様をお守りできるのであれば、喜んでお引き受けしましょう」
「その前に、館の中を確認させてもらうわ。さっきも電話で言ったけど、アンタを完全に信用したわけじゃないからね」
「どうぞ。中にいるのは槌屋さんだけですよ」
エミの手を引いて館の中に入る。大広間に置いてあるソファーには槌屋さんが座っていた。
「あら、いらっしゃい柏さん。今日は珍しく元気なさそうね」
「私とて気分の浮き沈みはあるのだよ。君の方は以前より活力があるように見えるが」
「曇天さんの苦労に比べたら、私の障害なんてそんなに重くないって思っただけよ。『死体同盟』としての仲間として、あの人のことは支えたいし」
そう語る槌屋さんの姿は、確かに以前より活力を感じる。曇天さんが晴天と共に生きると決めたことが、彼女にも影響を与えているのかもしれない。
「それで、柏さんをここに匿ってほしいんだよね?」
「……お願いします」
「あなたから頭を下げられるなんて、なんか不思議な感じね。まあいいわ、『死体同盟』のリーダーは曇天さんだし、あの人が決めたことなら従うよ」
「決まりだね。ルリ、私はここに残って君が
エミは薄笑いを浮かべて悠然とソファーに座るが、私にはひとつ気になることがあった。
「楢崎のこと、気になる?」
さっきの会話で、エミは自分が
私はエミの支配者だ。彼女以外を切り捨てることをなんとも思わない人でなしだ。だからこそ……
ただ一人、エミだけは何も悩むことなく幸せに生きてほしいと思っている。
「……お願いだ、ルリ」
私の意図を察したのか、エミは苦しそうに呟いた。
「楢崎くんに、新たな『絶望』を与えてやってくれ」
支配される者から、支配する者への要求。エミからすればそれは自分の主義に反しているのかもしれない。
だけどそれでいい。その言葉さえあれば……
「わかった」
私は迷いなく、アイツら全員を叩き潰せる。
「じゃあ、行ってくる……」
決意を胸に玄関の扉を開けようとした時、館内にチャイムが響き渡った。
『失礼します。サークル『死体同盟』というのはこちらでしょうか?』
インターホンのモニターに映っていたのは、どこかで見たような顔の中年男性だった。彫りの深い顔をしているのに、どこか自信がなく不安げな表情だ。
「すみません黛さん、お客様が来られたようです。お通ししても大丈夫ですか?」
「……ええ、いいわ。エミは奥の部屋に行ってて」
よく考えたら『死体同盟』としての活動はまだ続いているのだから、新たにその門を叩く人間がいてもおかしくはないか。
「どうぞ、門は開けましたのでお入りください」
曇天さんの案内で、中年男性は館の中に入ってくる。直接見ると、やはりどこかで見たような顔の気がする。
「おや? あなたは……もしかして
そう言った後で、曇天さんは咳ばらいをして頭を下げた。
「失礼いたしました。詮索するようなことを言ってしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。これでも昔はそれなりに名が通っていましたからね……」
そうだ、この人のことは昼間のニュースで見たんだ。
白樺隆。十年前くらいまでは毎日のようにテレビに出演して、世間での知名度も高かった俳優。ニュースでは芸能界を引退するって言ってたけど、なんでここに?
「それで、今日お伺いしたのはこちらの活動に興味があって……」
その時。
「……え?」
白樺さんの視線がある一点で止まった。その先にいたのは、エミだ。
「キヨ、ミ?」
「おや。君は私に興味があるのかね? ならば名乗っておこうか」
エミは白樺さんに対して、いつもの口調で自己紹介を始めた。
「私の名前は
まずい、エミがいつもの調子に戻ってきている。とりあえず引っ込んでてもらおう。
そう思ってエミの手を掴んだ瞬間だった。
「……なんで、なんでお前が、そんな話し方をするんだ? なんで
「どうなさいましたか? こちらの方はお客様でして……」
「その口調で喋るな……その話し方で俺に語り掛けるな……!」
「し、白樺さん?」
「その目で俺を見るな、
憤怒の顔で叫んだ白樺がこちらに向かってきた瞬間、私の思考は非常事態モードに切り替わった。
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