第20話 魔王様と旦那様4

まずは魔王を封じて眠らせ、自国に帰ったらじっくり時間をかけて魔術を施し、奇跡の涙を搾り取る。

高橋はこのまま放置していれば死ぬだろう。

それにさえ気づかせなければ良いのだ。

幻覚は効かないと言ったが、本人に直接刻む魔術なら効果はでるだろう。


「……ルクセル…………ゆびわ…を…」

しゃべってはいけない!そう言いたかったが余裕がなかった。

言われた指輪に触れてみる。


パッ


ルクセルを包むようにバリアのようなものが張られた。

あらたをみると、同じようなバリアを張ってあった。


二人の結婚指輪に込めておいた、発動式の自衛手段。

今まで発動させる余裕がなく、高橋もやっと今発動できたばかりだ。


落ち着いたルクセルがあらたに振り返る。

バリアは二人を一緒に包んだ。

「結婚指輪にこんなものが仕込まれているとは気が付かなかった…」

(最近付与したんですが、ちゃんと話をきいていませんでしたね?)

「そ、そうなのか?いつだった??」

(シグニールに行く前ですよ)

「ん~~~あ、あの時か!」

そういえば、書類を書いている時手を貸せと言われ、出した時に魔術を使っていたが、あの時は書類を完成させる方に意識がいってて気が付かなかった。



そんな二人だけの世界を見下ろして、大公アルロートは侮辱された憤慨で青筋を立てていた。

「そんなバリア…人間の魔術式か!」

解析して打ち破らないと攻撃も術をかけることもできない。

一見簡単なロジックに見えて、幾重にも奥深くに隠されている部分もある。

少し時間はかかるが、これしき…。



大公アルロートは集中して解析し始めていた。



そんな自分を一瞬で叩きつける者が接近していたのに気が付かないぐらい。


「ぐふっ!!」

背からの強打と、地面までの高さ分のダメージ。

一気に意識が遠のく。

そのままうっすらとしか目に見えない鎖が全身を縛る。

口にはご丁寧に封印の布まで巻かれた。



「アルロートぉ。お前うちの娘に手を出したな」

静かに、しかし地に響くような声。


かって魔国でも恐れられ、魔竜王として名をはせた大男がそこにいた。

強大な魔力を感知する事ができなかった。アルロートは死を覚悟した。


しかし竜王は大公アルロートを無視し、娘の所に向かう。


「ルーちゃん!無事!?」

「母上!…父上も!………私は無事です」

二人を見て安心したのか、無事と言ってそのまま泣き出してしまった。


「ち、ちちうえぇ、あらたを、あらたを助けて下さい!!」

「おう。その為に来たんだ…を、これすげぇな。バリア外せるか?」

「……バリアの外し方?」

ルクセルはあらたをみる。

(もう一度指輪に触れて下さい)

ふれると、フッとバリアが消えた。

「ほぉ、やっぱりあらたが作ったのかこれ」

「すごいわね。うちの人が手を出せない物作っちゃうなんて」

母はルクセルを抱きしめた。

「うん、疲労はあるけど大丈夫そうね」

よくがんばったわね。そう言いながらルクセルの頭を撫でる。


あらたは…」


「うん、こりゃ死ぬな」


「ち、父上!?」


「人間の体でこの怪我に、さらに魔障が濃いこの場所だ。既に体の中に蓄積されてて、奇跡の涙をのませても完治不能だ」


「いやだ!!」

「嫌ったって、所詮人間だ。どのみちお前より早く死ぬ生き物だ」


「あなた!ルーちゃんにそんなダメージ与えないで!」



「で、だ。このまま死ぬのと、魔人になるのとどっちが良い?あらた


突然、竜王はあらたに2択を与えた。


「魔人ってのは、人間が魔族化することだが、俺の血を使うからせいぜい普通の人間より頑丈になって、魔族の様に長生きというか、ある程度魔力が高ければ死ぬ事も無ければ老いる事もない………お前たち人間には辛い選択肢になる」


人間は老いるから今を生きる。死ぬから色々な物を大切にできる。

竜王はじっとあらたの返事を待った。


(私は生きたいです。例え人でなくなっても、ルクセルと共に生きられるのなら構いません)

あらた…」

ルクセルがあらたの手を取った。


「よし、じゃさっさとおっぱじめるから元気になってくれ。娘を頼むな」

竜王はその手をぐっと握った。拳の隙間からわずかに血が流れ落ち、あらたの口に入れた。

そして手をあらたの心臓の上に置く。

何やら小声で、早口で呪文を唱えながら、あらたの全身にも赤い文字で呪文が浮かび上がる。

それらがすぅ、っとあらたの体に吸い込まれると、今度は薄い膜の様な液体があらたを包み込み、あらたは眠るように目を閉じた。


あらた…」

不安げにあらたの顔を見る。

「大丈夫だ。城に戻るぞ」

竜王はもう片方の手でゲートを作り、ルクセルと妻を行かせた。


「おっと、忘れていくところだったぜ」

大公アルロートを引き寄せ、あらたと共に自分もゲートに入った。





あらたが目を覚ましたのは、それから丸1日後だった。



目覚めると、見覚えのある天井が見える。

横を向くと妻、ルクセルが椅子に座ったままベットに頭を載せて眠っていた。


そっと、その金の髪に触れる。

「ん……」

ルクセルが寝ぼけた顔で頭をあげた。

「すいません、起こしてしまいましたね」

「……あらた…………」

名前を呼んだあと、目がにじんでいく。


涙をあふれさせながら、ルクセルは新に抱きついた。

ふぐっ、うぐっ…

新は身を起こし、ルクセルを抱きかかえた。

「……やっと、あなた達を抱きしめれた」

新の目からも涙があふれている。

二人は抱き合いながら、あの恐怖を洗い流すかのように泣き続けた。




そうして落ち着いた頃

「体は大丈夫ですか?」

「うん。あらたは?」

「今のところ、何か変わった感じはありません」

目が覚めたばかりだが、自分の魔力が高まっているぐらいで他に何か変化があるのか分からない。

「角とか生えている感じも…ないですね」

「うん、言われないと魔人だと分からないぐらい、今までと同じに見える。ただ、かなり魔力が高くなっているから、魔法を使う時は注意せねばならんらしい」


「そういえばジグロードの魔族はどうなったんですか?」

「父上が持って行ったからわからんが、多分ジグロード諸共滅ぼしてくる可能性が高い。父上ならやるだろう」


「…そうですか。では、このまま少し勝手にお休みさせて貰って、宰相を辞めてきます」

「辞めるのか!?」

「ええ、まぁ人間ではなくなったのですし、こちらでやれそうな仕事を探すべきでしょう」

「職なら王配というのに当てはまるが…」

「そうですね。産休がしっかり取れる用にしたいですし、家はこちらで買いなおしできますかね」

「この城で過ごす事になるから買う必要はないぞ」


「ではデンエンの辺境に家を買って、時々そこに行くのはどうでしょう?生まれてくる子は私が人間の時の子なのでハーフになります。人間の世界と魔族の世界、どちらも知って欲しいですし」

そう言われて、ルクセルはまだ出てもいないお腹を触った。


「うん、良いなそれ」

「お腹にいる事が感じ取れるのですか?」

「うん。私とは違う魔力の波長だからな。あらたもこの子の鼓動は聞こえると思うぞ」


そう言われて、ルクセルのお腹に耳を当てる。

「……かなり早い鼓動が聞こえます」

「子供の鼓動は早いそうだ」

「ここに私達の子が…」

耳を当てたまま、またルクセルを抱きしめた。

「ルクセル。今後何があろうとあなたとこの子、私自身を守ります。私の妻になってくれてありがとう。愛しています」


死にかけた時、ちゃんと声に出して伝えたかったことを言う。

あらた…私もだ。夫があらたで良かった。あらたの子供を授かって嬉しい。ありがとう。愛している」

二人はまた抱きしめ合った。

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