第18話 魔王様と旦那様2
「うっ……」
頭がガンガンと痛んで視界がかすむ。
これは強制的に空間転移を使われた時に起きる副作用だと分かる。
通常、空間移動は視線の範囲に移動ができる。
ゲートとは空間転移の事だが、空間移動とは異なり、一度自分が行った事のある場所にしか行けない。
行った事のない同伴者がいる場合、ゲートという亜空間の入り口を作って同行すれば問題は起きない。
ゲートを作らず飛ばせば副作用が起きる。
視界がはっきりしてきた頃、ここが見た事のない異質な場所であり、現在自分が守られているという現実を知った。
「急げ!!」
「宰相様を上の段へ!!」
初めてみる巨大な一つ目の魔物が、その体躯に似合う大きなこん棒の様な物を振りかざす。
魔物に向かい合う者、
誰もが必死に、
自分達も強制空間転移され辛いだろうに。
小さな悲鳴があがるが、それよりも、と残った兵士達が順次上の段に移動する。
さらに上の段に行きたいが、腕力だけで登れる高さではない。
「…宰相様は俺が背負う。万が一落ちた時は紐を外すから、宰相様だけ受け止めてくれ」
先ほど上に引き上げてくれた護衛兵士が静かに言う。
「…まってください」
護衛兵士達が
「…宰相様……」
「御無事で…」
全員が
「…みなさん、手を」
その瞬間、目的地である上段に移動した。
「あ、ああ!!」
移動と同時に激痛と吐血する。
その時初めて、自分も負傷している事に気が付いた。
「国王陛下!!ゴルデン魔王軍がジグロードから撤退したそうです!!」
伝令兵が駆け込んでくる。
「魔王様は何と!?」
「それが…緊急事態の為撤退としか……」
「緊急事態…わかった。撤退した事を他国にも知らせて。高橋君との連絡はまだできないの?」
「高橋様だけでなく、他の国から出した斥候との連絡も付かないそうです…。魔王軍に知らせますか?」
「………いや、今は知らせないで。
ゴルデン魔王軍は、アスタロトに止められてすぐ、魔国に移動した。
今は魔王ルクセルの安全が第一と誰もが思ったからだ。
魔国に戻ると同時に、前魔王である竜王を探す為に伝令兵をたくさん送り出した。
国内にいればきっと安全ではあるが、やはり何があるか分からない。
自分達の力の足りなさを痛感しつつ、魔族達はルクセルを唯一守れるであろう竜王を呼ぶしかないと判断したのだ。
「……
寝室で横になっているはずのルクセルが会議室に現れる。
「………
アスタロトはルクセルから視線を外し、目を閉じて告げる。
「ジグロードの2段構えの罠よ…。1段目のシグニール国民を殺して魔界の門を開け、その亡骸をアンデッド化させて他国へと侵攻し、殺戮を
行わせる。それに気づかれて浄化されたら、魔界の門の近くに強制空間転移が発動するようになっているの。多分そこ。魔界の門は魔障が強くて通信手段もないの」
「……アスタロトはそこに行った事があるのか?」
「…!!ルーちゃん!!」
「………いや、良い。私はあの場所へ行った事があったはずだ」
「駄目よ!!今は行った事があろうがなかろうが、あんな魔障の濃い場所に行くべきじゃないわ!!」
「
ルクセルは片腕にはめてあった腕輪を外す。
魔王が代々、王冠の様に受け継いできた“魔王の証”
「私が戻らなかったら…黒狼族の者よ。そなたに魔王の座を譲る」
「魔王様!!俺はまだあんたに勝っていない!!」
「マキアの次に強く、まだ強くなれる。私の次はお前がふさわしい。足りぬところは一族で助け合ってこの国を守ってくれ」
「まっ!!」
待ってと言おうとしたのか、魔王様と言おうとしたのか。黒狼族の青年が声をかける前に、ルクセルは姿を消した。
どのぐらい時間が経過したのだろう。
ほんの数分の事かもしれない。
なるべく上の方に行けば魔物からの攻撃はないと信じていた。
魔物は見つけた玩具を執拗に追いかけまわしてきた。
飛び上がって、届くか、届かないか、飛び上がるたびに大地が揺れ、今いる場所が崩れるのでは、と冷や汗が出る。
護衛兵士達は魔物の手が届かない一番奥に
そこからどこかに移動できる道はない。
周辺を見渡しても、今自分たちがいる塔のような高台がぽつんぽつんとあるだけで、魔物達が歩いている地面は霧に覆われて見えない。
水晶での連絡は使えない。ここに着いてすぐ襲ってきた魔物に喰われた護衛兵士と一緒に消えてしまった。
さらに先ほど魔力を使ったが、頭に激痛が走り吐血をするほどだった。
かろうじて指先の感覚が残っている程度で、あれ以降声を出す事もできない。
他の護衛兵士達も体力が奪われている感覚があった。
「宰相様、ここに居ても皆死ぬだけの様です。仲間に魔法が使える者もいましたが、ここでは魔法がほとんど使えない、魔障が濃すぎると言っていました……異変に気が付き、誰かがここに助けに来るのを待つために、自分は少しでも時間稼ぎをしたいと思います」
そう言って、まだ一番体力が残って良そうな護衛兵士が、魔物が飛び上がってきた瞬間を狙い、その目に剣を突き立てて、魔物と共に消え、魔物が倒れたであろう大きな振動がした。
仲間は今消えていった護衛兵士をただ見送る事しかできなかった。
魔界の門に行ったのはいつの頃だろうか。父親が一緒で、何か大切な説明を受けていた気がする。
確かに魔障は濃い。
それでも普段のルクセルなら問題はなかった。
気配を探すが、やはり魔障の強さが邪魔をする。
何より空を飛び続けていただけで、疲労感が襲う。
近くの高い塔のような場所に降り、魔石いくつか取り出した。
魔物と護衛兵士が消えてしばらくした頃、ずしん、ずしん、とゆっくりとした地響きが近づいてくる。
護衛兵士達は隠せるようにマントを
やがて近付いてきた魔物は
先ほどの魔物よりも大きく、最上段にいる人間を見下ろすほどの背丈を持っていた。
魔物は、足元に同じ魔物が倒れているのに気が付いた。
だがこの魔物は仲間意識などがないらしい。
邪魔だと言わんばかりに蹴飛ばした。
そして再度、剣を構える護衛兵士達を見下ろす。
護衛兵士たちは恐慌状態になっていた。
震えながらも剣を持ち続ける者。
剣を持ったまま放心している者
剣を落とし、座り込んでいる者
誰もがもう駄目だと悟る。
中には限界に達して笑っているものまでいる。
座り込んでいる者に、魔物は手を伸ばした。
震えていた護衛兵士が、雄叫びを上げながらその手に飛び乗り、そのまま目を目指して駆ける。
そして、片方の手で払いのけられ、遥か下方へと落下していった。
すぐそばで自分を守るために護衛兵士達が次々と殺されて行くのが分かりながら、動くことができない。
一人、また一人と殺されていく中、自分も死を覚悟した。
(すみません、ルクセル……もうあなたの元に戻ることはできません)
パーンッ!!
魔石がはじけ飛ぶ。
見つけた!!!
再び魔石を取り出し、意識を集中させる。
着いたと同時に再び魔石がはじけ飛んだ。
背後の魔物の気配に振り向きざまに剣を投げつける。
一つしかない眼球を貫通し、剣が刺さって魔物は倒れた。
「
(……ルク…セル?…………ついに幻覚が…それでも会えた………)
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