第96話 父親からの問いかけ

 そして、そんな会話を終えると。


「それじゃあ、真面目な話はこれくらいにして、今度は二人のなり染めを聞かせてもらいましょうか? 貴方も興味があるでしょう?」


 綾香の母親はそんな事を言うと。


「……ああ、そうだな」


 綾香の母親の隣に座っている彼女の父親も短くそう返事をした。すると、


「それじゃあ、最初は二人がどんな感じで仲良くなって、どんな風に告白をしたのか教えてくれないかしら?」


 綾香の母親はそんなことを言ったので。


「えっ、そんな恋バナみたいなをするのですか?」


 一輝が少し驚いてそう質問をすると。


「ええ、そうよ、女は何時までもこういう話が好きなのよ、綾香ちゃんも私の気持ちは分かるでしょう?」


 綾香の母親は自分の娘に向けてそう質問をすると。


「そうですね、幾つまで興味があるのかは、私もお母さんくらいの年齢になってみないと分かりませんが、女の子が恋バナが好きだということは私も理解できるので、そうなのかもしれません」


 綾香はそう言った。すると、


「ええ、そうですよ、それじゃあまず初めに二人のなり染めから聞かせてくれないから?」


 綾香の母親はそう言ったのだが。


「えっと、それは……」


 そう言って、一輝は隣に座っている綾香の顔を観た。


 何故なら、二人のなり染めは綾香が自分の正体を隠していて、一輝が最近まで綾香の正体には気付けなかったという、何ともいえないモノだったからだ。すると、


「一輝くん、私に任せて下さい」


 そんな一輝の思いに気が付いた綾香はそう呟くと、自分の母親の方に振り向いた。そして、


「私たちが仲良くなったキッカケは、私が本屋で困っていた時、一輝くんに助けて貰った事です」


 綾香はそう言って、二人が仲良くなった理由をややこしい部分は誤魔化して話し始めた。


 ただ、よく考えたら一輝は自分の両親にも同じような事を聞かれていたなと、そんな事を思い出しながら、親子二人の会話を聞いていた。


 その後に関しては、女の子は恋バナが好きだと言っていた通り、綾香が自分たちが仲良くなっていく過程を、自分の母親に向けて楽しそうに話していて。


 綾香の母親も色々な疑問を娘にぶつけていて。


 一輝と綾香の父親はというと、時々相槌を打ちつつも、二人の勢いには付いて行けず、殆ど聞き専に回っていた。


 そして、それから数十分間、女性二人の恋バナは止まることなく続いていた。そして……






「ふふ、ありがとう、綾香ちゃん、色々と甘酸っぱい話が聞けたから、私も遠い昔の青春時代を思い出せて良かったわ」


 綾香の母親は満足そうな表情を浮かべてそう言ったので。


「いえ、私も一輝くんとの思い出を振り返れて満足しました」


 綾香も笑顔を浮かべてそう言った。すると、


「そうみたいね、それに綾香ちゃんは本当に嬉しそうに佐藤くんとの思い出を語っていたし、これで貴方も二人が本当に仲の良い恋人同士だという事が分かったのではないかしら?」


 綾香の母親は自分の隣に座っている、自分の旦那に向けてそう質問をした。すると、


「……ああ、そうだな」


 綾香の父親は一応納得したのか、そう呟いたので。


「そう、それなら私たちとの話はこれくらいで良いかしら? 残りの時間は若い二人でゆっくり過ごしたいでしょうし」


 綾香の母親がそんな事を言ったので。


「そうですね、それでは一輝くん、後の時間は私と二人でゆっくりとした休日を過ごしませんか?」


 綾香がそんな事を言ったので。


「ええ、僕もそうさせて貰えると嬉しいです」


 一輝はそう言って、綾香と一緒にソファーから立ち上がろうとすると。


「……佐藤くん、ちょっと待ってくれ」


 今まで殆ど会話に入って来なかった綾香の父親が、急に一輝に向けて話しかけて来たので。


「えっ、あっ、はい、何でしょうか?」


 少し驚きつつも、一輝がそう返事をしてソファーに座り直すと。


「最後に一つだけ、君に聞いておきたいことがあるのだけど良いかい?」


 綾香の父親は今までとは違い、少しだけ真面目そうな口調でそう質問をして来たので。


「……ええ、何ですか?」


 一輝も少しだけ表情を引き締めて、そう質問を返すと。


「何、そんなに難しい質問ではないよ、でも、綾香の父親としてどうしても聞いておきたいことだ」


 そう言うと、彼は一呼吸置いてから。


「佐藤くん、君は綾香のどんな所を好きになって、娘と付き合おうと思ったのかな?」


 一輝にそんな質問を投げかけて来た。しかし、


「えっ、好きになった所ですか?」


 そんな事を聞かれるとは思ってもいなかった一輝は少し驚いてそう聞き返すと。


「ああ、そうだ、こんな事を言うと親馬鹿だと思われるかもしれないが、綾香は顔も性格も良いし、勉強も運動も出来て料理も上手い、私たちの自慢の娘だ」


 そこまで言うと、綾香の父親は一呼吸置いてから。


「そして、そんな娘が色んな男からモテるというのは容易に想像が付くし、その内彼氏くらい出来るだろうと、私もそう思っていたのだが、だからこそ、君が娘のどんな所を好きになって、娘の彼氏になったのかを私は知っておきたんだ。君が娘の事を大切にしてくれる男なら何の問題も無いのだが、娘に悪い虫が付く事は、私は絶対に避けたいからな」


 綾香の父親はそんなことを言った。すると、


「お父さん、一輝くんは悪い虫では無いですよ!!」


 その言葉を聞いた綾香は、少し怒った様な表情を浮かべてそう言ったのだが。


「いえ、大丈夫ですよ、綾香さん、それにお父さんが綾香さんの事を思って俺を疑うのも無理が無いと思います、なので、お父さん」


 一輝がそう言うと。


「私は君のお父さんではないが、何だ?」


 綾香の父親はそう言ったので。


「今から僕が綾香さんのどんな所を好きになったのかをお話します」


 そう言うと、一輝は一呼吸置いて。


「僕が綾香さんの好きな所、それは幾つもありますが、綾香さんの事が本当に好きになった理由、それは綾香さんの優しい性格を知ったからです」


 一輝がそう答えると。


「優しい性格」


 綾香の父親はそう言ったので。


「ええ、そうです、かなり失礼な事を言いますが、僕は最初、綾香さんのことを可愛いとか美人とか、そんな表面的な所しか観ていませんでした。でも、綾香さんとずっと一緒に過ごしている内に分かったんです、綾香さんは本当に心の優しい人なんだなって」


 一輝がそう答えると。


「そう、因みに佐藤くんは、綾香ちゃんのどんな所を見て優しい子だと思ったの?」


 綾香の母親がそんな質問をして来たので。


「そうですね、色々ありますが、例え僕がデートでミスをしても、綾香さんは笑って許してくれますし、僕の情けない姿を観ても、今は駄目でもその内成長して出来るようになってくれたら良いと、そう言ってくれたんです、だから僕は、そんな優しい綾香さんの事が大好きですし、今の僕は頼りない男ですが、少しずつでも成長して、何時かは綾香さんを支えられるような立派な男になりたいと、そう思っているんです!!」


 綾香の両親二人の目を見て、一輝はそう強く言ったのだが、その後、一輝は少し声を小さくして。


「えっと、これが僕の綾香さんの一番好きな所です……すみません、後半は殆ど自分語りみたいになってしまいました。ただ、こんな理由だと大事な娘さんは任せられませんか?」


 一輝が少しだけ自信のない口調で、綾香の父親に対してそう質問をした。すると、


「いや、大丈夫だ、思ったよりちゃんとした理由だったし、娘が君を選んだ理由も今の答えで何となく分かった気がするよ。だから、今度は遠慮せず、私たちが家に居る時にも遊びに来るといい……私は君なら歓迎するよ」


 綾香の父親は一輝の答えに一応満足したのか、そう言ったので。


「そうですか、それなら良かったです、ありがとうございます、お父さん!!」


 一輝が嬉しそうな声でそう言うと。


「お父さんと言うのは止めてくれ、私は君の父親になったつもりはないからな」


 綾香の父親はそう言ったのだが。


「あら、別にいいじゃない、二人の仲の良さを見ると、本当にそうなる可能性も低くはなさそうだし、今の内に慣れておいた方が良いかもしれないわよ」


 綾香の母親がそんなことを言ったので。


「止めてくれ、さすがに俺はまだそんな先のことは考えたくはないし、それにもしそんな未来が訪れるのだとしたら、私は今以上に君のことを厳しく観るつもりだからな、その時は十分に覚悟して来るようにな!!」


 最後は語気を強くして、綾香の父親はサングラス越しに一輝の目を見て力強くそう言ったので。


「……ええ、勿論です」


 それを観て、少し怯みつつも一輝はしっかりとそう答えた。すると、


「それじゃあ一輝くん、お話も終わったので今度こそ、私の部屋に行きましょう?」


 綾香は再び一輝に向けてそう言ったので。


「ええ、分かりました……えっと、それでは僕はもう少しだけ、綾香さんの部屋でゆっくり過ごさせてもらいますね」


 一輝は綾香の両親に向けて遠慮がちにそう言うと。


「ええ、今日はゆっくりしていってね、あっ、もし良かったら今日は佐藤くんの晩御飯も私が作ってあげましょうか?」


 綾香の母親は笑顔を浮かべてそんな提案をして来たが。


「あっ、いえ、さすがにそれは申し訳ないので大丈夫です、ただ、もし今度そんな機会があれば、その時はお願いします、綾香さんの料理はとても美味しいので、綾香さんのお母さんの料理もきっと美味しいと思うので、その時を楽しみにしています……えっと、それでは失礼しました」


 一輝はそう言って頭を下げると、綾香と一緒にリビングを後にした。

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