第32話 小さな歪み
そして、少しの間二人が散歩を続けていると。
「それにしても、月日が流れるのは早いですね」
一輝は唐突にそんなことを呟いた。すると、
「ふふ、どうしたのですか一輝くん、突然そんなお年寄りみたいなことを言って」
綾香はそんな風に話しかけてきた。なので、
「いえ、今日、綾香さんは僕たちが付き合ってもう一ヶ月が経ったという話をしていましたが、僕としては綾香さんと付き合い始めてまだ数日しか経っていないような感覚なので、それが少し不思議だなとふとそう思ったんです」
一輝はそんな風に自分の素直な気持ちを口にした。すると、
「その気持ちは私も分かるような気がします、でも、それは仕方がないのかもしれません、毎晩電話でお話をしているとはいえ、学校での関りはありませんし、こうしてデートをするのも、まだ片手で数える程度ですから」
綾香はそう言った。なので、
「それもそうですね、ただ、それでも綾香さんとのデートは僕にとっては特別で掛け替えのないモノですよ」
一輝がそう言うと。
「それは私も同じです、上手くいかないでカッコ悪い姿を見せてしまう日もありますが、それでも一輝くんとのデートはいつも楽しいですよ」
綾香は笑顔でそう言った。そして、その言葉を聞いた一輝は、
「ありがとうございます、綾香さん、ただ、僕は一つだけ、綾香さんに謝らないといけないことがあります」
綾香に向けてそう言った。すると、
「謝らないといけないことですか? 一体なんですか?」
綾香は散歩を続けながら、一輝にそう質問をしてきた。なので、
「僕が謝らないといけないこと、それは綾香さんに言われた課題を未だにクリアできていないことです」
一輝は綾香の隣を歩きながらそう言った。すると、
「それはもしかして、私が一輝くんの告白をOKした理由を一輝くんが見つけ出すというものですか?」
綾香は一輝に向かってそう言った。なので、
「ええ、そうです、僕としてはなるべく早くその答えを探し出して、綾香さんに報告したいとそう思っていたのですが、付き合ってもう一ヶ月も経つのにも関わらず、まだその答えを見つけ出せていません、それが綾香さんに申し訳ないのです」
一輝は綾香に向けてそう言った。すると、
「確かに、未だにその答えが出て来ていないのは、私としては少しだけ不満ではありますが、でも大丈夫です、少し失礼かもしれませんが一輝くんはとても鈍い人なので、そう簡単には気付かないだろうとも思っているので、私は気長に一輝くんが答えに辿り着いてくれるのを待っていますよ、だから一輝くんもそんなに焦らなくても大丈夫です」
綾香はそう言って一輝を励ました。すると、
「ありがとうございます、綾香さん、そう言われると少しだけ気分が楽になりました」
一輝はそう言った。すると、
「いえ、気にしないで下さい。ただ、私から一つだけ一輝くんと付き合ってからずっと聞きたかったことがあるのですが、今その質問をしても大丈夫ですか?」
綾香は一輝にそんなことを聞いてきたので。
「ええ、勿論いいですよ、なんですか?」
一輝はそう答えた。すると、
「えっと、それなら質問なのですが、一輝くんはどうして私に告白をしてくれたのですか?」
「……え?」
その質問を聞いて、一輝は思わずそう言った。しかし、そんな一輝の反応には気付かず綾香は言葉を続けた。
「ずっと気になっていたのです、去年はクラスこそ同じでしたが、それ以外だと学校では全く接点のなかった私に一輝くんはどうして告白してくれたのかなって? だからどうして一輝くんが私に告白しようと思ったのか、その理由を知りたいですし私のどんなところを好きになったのかも、できれば教えて欲しいです」
綾香はそんなことを聞いて来た。しかし、
「えっと、それは……」
それでも一輝は、綾香のその問いかけに答えることが出来なかった。何故なら、一輝が綾香に告白した理由は罰ゲームで綾香に告白しろと颯太に言われたのが理由であり。
当時の一輝は綾香のことを滅茶苦茶可愛いなと思ってはいたのだが、綾香と付き合うまでは、彼女は自分とは縁がない高嶺の花だと思っていたので、彼女のここが好きだという大きな理由は特になく、玉砕覚悟で告白をしたからだった。
しかし、そのことを正直に答えるとそれは間違いなく彼女を傷つける結果になるということは、鈍感な一輝でもさすがに分かったので、正直な一輝は適当な理由を言うことも、かといって本当のことを言う訳にもいかず、一輝はその場で一瞬固まってしまっていた。
そして、ほんの数秒間、一輝がそんな風に言い淀んでいると。
「……あっ」
そんな一輝の様子を見て綾香はなにか感じ取ったのか。
「えっと、その、すみません一輝くん、こんなことをいきなり言われても困りますよね、今の言葉は忘れて下さい!!」
綾香は慌てた様子で綾香はそう言った。なので、
「あっ、いえ、こちらこそ、直ぐに答えられなくてすみません」
そんな綾香の反応を見て、一輝も申し訳なさそうにそう言った。その後も二人はコタロウを連れたまま、散歩を続けていたのだが、
「「……」」
先程の綾香の質問に一輝が答えられなかった結果、二人の間には微妙な空気が流れてしまい、そのまま二人は黙ったままコタロウを連れて彼女の家まで散歩を続けた。
そして、散歩を終えて、二人と一匹が綾香の家に戻って来ると。
「一輝くん、今日はコタロウの散歩に付き合ってくれてありがとうございました」
綾香はそんな風に一輝にお礼を言った。なので、
「いえ、気にしないで下さい、僕としても綾香さんと一緒に過ごせてよかったです」
一輝はそう言った。すると、
「それで一輝くん、この後はどうしますか? またアニメの続きを見ますか?」
綾香は一輝に対してそんなことを聞いてきた。しかし、
「いえ、日も沈んで来たので僕はそろそろ家に帰ろうと思います。それに綾香さんも今は両親がいないのでしたら、そろそろ夕食の用意を始めないといけないのではないですか?」
一輝はそう言って綾香の提案を断った。すると、
「……そうですね、今日の夜ご飯はカレーを作る予定なのでそろそろ準備を始めたいと私は思っていました」
綾香はそう言った。なので、
「カレーですか、いいですね、僕もカレーは好きですよ」
一輝はそう言った。すると、
「そうですか、それなら一輝くん」
綾香はそう言ったので。
「なんですか?」
一輝はそう言った。すると、綾香はなにかを言おうと、口を開きかけたのだが。
「……いえ、なんでもありません。それでは一輝くん、今日はわざわざ家に来てくれてありがとうございました、今日は楽しかったですよ」
綾香はその言葉を飲み込んで、一輝に向かってそう言って別れの挨拶を切り出した。なので、
「いえ、こちらこそ、綾香さんの家に誘ってもらえてよかったです。またこんな風に綾香さんと一緒に過ごしたいです……それでは綾香さん、さようなら」
一輝が綾香にそう言うと。
「……ええ、さようなら、一輝くん」
綾香もそう言って、一輝は彼女の家を後にした。
ただ、一輝は綾香とのデートを終えた後だと、多少失敗したなと思った日でも、一輝はかなりの満足感を持って帰路へ付いていたのだが。
「……」
今日の一輝は胸の中にもやもやとした、なんともいえない感情が残っていたのだった。
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