DDD本部襲撃事件Ⅱ
「本部に侵入!? え、何それ聞いてない。ニュースになってたか?」
「うんん、なってないよ。流石に表沙汰に出来ないからね。情報規制されてるよ」
そりゃそうだ。DDDの本部って言ったら、厳重なセキュリティでネズミ一匹侵入できない鉄壁の要塞。
最新鋭の監視システムに現役の局員が常駐して出入口を固めている。
関係者以外絶対に入ることが出来ない。
俺でもDDD本部のシステムにはハッキング出来ない。
それほどまでに強固なセキュリティには訳がある。
DDD本部にはこれまで取引のあった異世界の情報などが集まっているアーカイブがある。
下手に外部の侵入者を許してしまったらそれらの機密情報が漏れてしまう。
そうなると、DDDの信用は地に落ちてしまうだろう。
「じゃあ、クロエさんが怪我したのって、その侵入者に出くわしたってことなのか?」
「うん。でも、すぐに気を失っちゃって犯人の顔を見ていないの」
「え、ってことはまだ犯人は捕まってないってこと?」
「DDDの局員が必死になって捜査しているみたいだけど、まだみたいね。ただ、犯人がどこの所属かは見当がついているみたい」
「所属ってことは個人ではなく組織的な犯行ってことか?」
「ええ。その組織の名はヴェスパー。過激派宗教団体の一つよ」
「ヴェスパー……それって伝説の真祖、ヴィーナス・ヴァレットを唯一神とした宗教団体、であってるか?」
クロエさんはコクリと頷いた。
ヴィーナス・ヴァレットとはセントラルに三人しか存在しない真祖の一人だった。
彼女は百年ほど前に忽然と姿を消した。死亡説も上がってきており、今や伝説の存在となっている。
「ねぇねぇ、しんそって何?」
こいつマジか?
俺の裾をちょんちょんと引っ張って紫苑はそう聞いてきた。
「お前、仮にもDDD局員だろ。なんで真祖を知らないんだ」
「え、嘘。それって一般常識なの?」
「一般常識かと聞かれたら違うと思うが、DDD局員なら知ってて当然だ」
と言うか、こいつは先週の事件を知っていたはずだよな。それなのに何故知らない。いや、知らなかったとしても普通なら調べるだろ。
「……ん?」
紫苑はきょとんした顔で首を傾げている。
今さらか。こいつのこういうところは。
「真祖ってのは吸血鬼の親玉みたいなやつだ」
多くは吸血鬼に血を吸われ眷属となることで、吸血鬼へと変容する。
真祖とは他の吸血鬼から吸血されて吸血鬼化した者ではない、吸血鬼としての始祖だ。
彼らがどうやって生まれたのか、それはまだ解明されていないが、遺伝子改造によって不死の力を得た人間ではないかという説が有力だ。
「へぇ~」
紫苑に事細かに説明しても理解できないであろうから、ざっくりと一言で教えたが、どうやら本人はそれで納得したみたいだ。
「にしても、よくヴェスパーだって分かったな。何か証拠でもあったのか?」
「それなら、紫苑ちゃん」
「ほいほい」
クロエさんに名前を呼ばれた紫苑は空中でなにやら手を動かし、最後に左手を俺の方へとスライドさせた。
すると、俺の視界に1枚の画像が送られて来た。
「これは……」
そこには首筋に噛み跡のようなものをつけている男性が倒れた状態で映っていた。
そして、その男性の右手付近の床には血文字で「♀」と書かれていた。
「ダイイングメッセージか?」
「そうよ。そこに映っている彼は侵入者の手によって殺害されていた。けど、死に際にそのメッセージを残していたの」
「でも、これだけじゃ、ヴェスパーってことにはならないんじゃないか?」
ヴェスパーとは日本語訳で宵の明星と言う意味がある。
そして、「♀」とは惑星記号で金星を指す。
確かに繋がってはいるが、「♀」だけじゃ犯人が女性だって可能性もある。
ヴェスパーだとするには少々根拠が薄い気がする。
「血文字だけじゃなくて、彼の腕時計にも注目してみて」
「腕時計?」
もう一度写真を確認する。
倒れている男性の右腕には確かにアナログ型の腕時計が巻かれていた。
その腕時計は壊れているのか、午後6時で止まっていた。
「侵入者が現れたのは午後10時過ぎ。なのに、時計はその4時間も前で止まっていた。だから、DDDはこれを被害者が意図的に巻き戻したのではないかと考えたの」
午後6時、つまり宵。
「金星の惑星記号と宵の時間でヴェスパーか……」
「DDDはそう推理したみたいね」
「…………」
この推理には少し引っ掛かるところがある。
いやでも、俺の考えすぎか?
DDDがそう判断したとするなら、わざわざ俺が口出すことでもないか。
このことに関しては一旦忘れることにした。
「んで、そのヴェスパーはヴィーナス・ヴァレットがいないってのに、今さら何をしようと言うんだ?」
「目的は分からないけど、DDD本部にあるアーカイブに用があったのは確かだと思うよ」
そう言いながら、クロエさんは自分の左手を見る。
なるほど。指紋か。
恐らく、侵入者がクロエさんの左手を切断したのはアーカイブの閲覧権限を得る為。
「それなら、閲覧記録が残っているはずだ。そこから奴らの目的が分かるんじゃないのか?」
「それなんだけど、かく乱の為か閲覧情報に統一性がなかったの。だから、彼らの目的は何一つ分からなかった」
「分からなかった? 過去形ってことは、今は分かっているのか?」
「閲覧履歴の中にエルフヘイムに関するものがあったわ。もちろん、昨日、アンリエッタ王女がセントラルにやって来るって言う情報もそこに含まれてたの」
「つまり、昨日の事件にヴェスパーが関与している可能性があると?」
「まだ分からないわ。紫苑ちゃんが捕まえた誘拐犯たちは未だに口を割らないから、確証に至ってないみたい」
確証に至っていないとは言ってもほぼまず間違いないとDDDも判断しているはずだ。
昨日の事件はその日にアンリエッタ来ると知っていたやつら動きじゃなかった。
アウローラ周辺の無人倉庫や工場などを調べていた時、この一週間、奴らが頻繁に出入りしているのは確認している。
あたかもそこが奴らのたまり場だと言わんばかりに。
けれど、そのどれもが偽装工作だった。
つまり、奴らは昨日より以前から準備をしていたことから、事前にアンリエッタが来日することを知っていたことになる。
となれば、必然的にDDD本部に侵入したのがヴェスパーである可能性が高い……いや、まだそうは言いきれないのか。
昨日の事件に関与していた連中はまだ誰一人として、ヴェスパーであるとは言っていない。
別組織の可能性も大いにある。
こういう時は目的や動機を考えればもっと核心に近づけるんだが……って、なんで俺がこんなこと考えなきゃいけないんだ?
これってDDDの仕事であって俺のすることではない。
なんか流れで思考してしまっていた。
「それにしても、紫苑ちゃんはまた大手柄だったわね。流石だわ」
「いや~それほどでも~……あるけどね!」
クロエさんに褒められ紫苑は調子に乗っていた。
「でもでも、クロエさんに昨日、王女様が来ること教えてもらってなかったらあの場にいなかったから、クロエさんのおかげでもあるよ」
ん? 今こいつなんて言った? クロエさんに教えてもらった? だと。
おいおいおいおいおいおい、じゃあ、昨日あんな人ごみの中に行く羽目になったのも、事件に関わっちまったのも全部この人のせいじゃん!
この人が余計なこと言わなきゃ、昨日は平穏に過ごせてたじゃん。
マジかよ。許せねぇなぁ!
見た目人間だけど、実は悪魔族だなんてことないよな。
ホントもうマジであり得ねぇ。この人とはもう一生関わらんとこ。
「あ、そうだ。昨日活躍した紫苑ちゃんにご褒美。そこの引き出し開けてみて」
クロエさんはそう言って、窓際にあるテレビが置いてある台の下を指差す。
「ここ?」
紫苑はクロエさんに言われたとおりに引き出しを開ける。
「これ? 2つあるけどどっち?」
紫苑が引き出しの中から取り出したのは長方形の封筒が2つ。
「左の方よ。開けてみて」
「チケット……?」
封筒に入っていたのは1枚の紙っぺら。
俺の位置からじゃそれが何なのか見えない。
「それは箱根温泉の旅行券よ。期限が今週末なんだけど、私は見ての通りいけないから、紫苑ちゃんに上げるわ」
「え! ホント! ありがとう!」
紫苑は旅行券を握りしめて飛び跳ねる。
何それズルい。紫苑ばっかずりぃじゃん。なんで俺の分ないの? 昨日俺も頑張ったんだけど? ねぇねぇ! なんで? ないの? おかしくない? 俺だって温泉行てぇよ。
あぁ~あ、やっぱこの人悪魔じゃん。
紫苑ばっか贔屓しやがってよぉ。やってらんねぇよなぁ!
「ちなみにそれペアチケットだから、伊織君も一緒に行って来たら?」
「ありがとうございます、クロエ様。一生あなたについていきます」
やっぱクロエさんなんだよなぁ。マジ天使。いや、女神かもしれん。
この人のこと悪魔だとかいうやつの神経が知れねぇな。
もしそんなこと言うやつがいたらぶん殴ってやる。
--------------------------------------------------------------------------
クロエさんから旅行券を貰った後、俺たちは彼女にお礼を言って病室を後にした。
「さ、用件も終わったことだし、旅行の準備でもするか」
箱根温泉か。旅行なんて初めて行くな。何持ってけばいいんだろう。
取り合えず、ウノは持っていこう。ウノさえあれば旅行の準備は終わったも当然だろう。
あれ? でもウチにウノなんてあったっけ? まぁ、帰りにでも買って帰ればいいか。
「何言っているの? まだ私の用事は終わってないよ?」
「は? お前こそ何言ってんだよ。クロエさんに会うのが今日の用事じゃないのかよ」
「違うよ? 約束の時間まで時間があったから、丁度いいしクロエさんに伊織を会わせようと思っただけだよ」
「えぇ~じゃあホントの用件はなんだよ」
「それは着けばわかるよ」
紫苑は説明してくれず、またもタクシーに乗って移動することになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます