閑話 セトとイシスとシスコンお兄様 前編

「さぁ、着いたよ」

「………ここがエレシュキガルのおうち」

「やっぱりデカいな………」


 罰を受けるため、エレシュキガルの兄シン・レイルロードに誘拐されたセトとイシス。突然のことに2人は呆然としたまま、気が付けば立派な屋敷へと到着していた。


 ファーリーアスターが魔王軍に制圧するまで、城で過ごしていたセトとイシス。自国がなくなった後も様々な場所へ訪れたが、それでも、2人は王城とは異なる荘厳な屋敷と庭の姿に絶句していた。


「いらっしゃいませ、セト様、イシス様」


 さらに使用人全員に出迎えられ、2人は思わず圧倒される。こんな大勢に頭を下げられたのはいつ以来だろうか。


「にぃ……これ、どういうこと?」

「俺にも分からない………」


 シンの話では罰を与えるために連れてこられた。しかし、今の状態からはそんな雰囲気がない。2人は温かい出迎えに頭をフリーズさせていた。


 そのままシンに案内された部屋は応接間。白い壁紙の金の装飾が入っており、気品あふれる一室だった。


 2人はソファに座らされ、対面するようにシンも向かいのソファに席につく。


「突然ではあるけど、ちょっと聞いておきたいことがあるんだ」

「なんですか?」

「2人とも学園には行きたいかい?」

「「えっ?」」


 本当に突然の話。なぜ今学園の話が出てくるのだろう。思わずセトとイシスは困惑の声を漏らしていた。


「おや、行きたくなかったかい? エレシュキガルからは2人とも学園に行きたがってるって聞いていたんだが………」

「いや、突然の話で………」


 本来は罰を受けなければならない、償いをしなければならないと思っていた。しかし、シンが提示してきた内容は? まさかの学園登校?


 イシスもセトも嬉しさよりも混乱の方が強い。むしろこの状況で冷静でいられる人間はそうそういないだろう。


 呆然とする2人に、笑みを漏らすシン。彼は保護者のように温かい笑顔だった。


「準備があるから早く聞いておいた方がいいかなと思ったけど、まぁ、学園のことは後でもいいか。寮部屋は抑えてあるしね………じゃあ、本題に入ろうか――――」


 微笑みから一転――――カッと睨むシン。丸メガネの奥にあった深紫の瞳は刃のごとく鋭く、煮えたぎるような怒りが見えた。


 今までと違うシンに、2人はゴクリと唾を飲む。息をすることですら苦しかった。

 すると、シンは腰にしまっていたレイピアを取り出し、剣先を2人に向けた。


「君たちに警告する。次、エレシュキガルに傷つけたら、絶対に許さない。君たちが死のうと地獄の果てまで追い詰める、永遠の苦しみを与える」

「「………」」


 何も言えなかった。シンは2人に言葉を発することを許していなかった。ただの警告ではない、次すれば命はないという勧告だった。


 慈悲深いエレシュキガルとは違い、シンは誰よりも人間らしい。同時に、彼がシスコンであることを、イシスとセトはその時確信した。


「君たちが王族なのは知っているが、そんなことは関係ない。どんな者であれ、俺の妹を痛みつけるのであれば、殺すことだって厭わない」


 シンがはぁと息を吐くのにも、ビクッと肩を震わせていた。そんな2人に気づいたシンは、アハハと笑みを漏らし、出していたレイピアを静かにしまった。


「俺ってエレシュキガルのことになると、どうも歯止めが効かないみたいでね。ごめんね」


 飴と鞭を与えてくるシン。ほぼやっていることはDV彼氏。一層イシスたちの恐怖が膨らんでいった。

 しかし、それでもイシスは気になっていたことを口にした。


「ねぇ、シン、あの時イーたちを連れていったのって………」

「うん、君たちをエレシュキガルから離したかったからだよ」


 満面の笑みで答えるシン。不気味なほど完璧な笑顔の彼に、イシスの背筋が思わず冷えた。


「わ、わかった。二度とあんなことはしな、い………」

「俺も全力でエレシュキガルを守ると誓うよ………」


 はなよりセトとイシスは、エレシュキガルに助けられたあの日から彼女を傷つける気など毛頭なかった。何かあれば、助ける気でいた。


 だが、シンはそのことを知らない。溺愛する妹を誘拐した者を警戒するのは最もである。それを分かっていた2人は、慎重に言葉を選び、頭を下げた。


「本当は誰か……エレシュキガルを犠牲にするようなことはしたくなかった……殺すようなことはしたくなかったんだ。1人の命で何万人もの命が生き返るならと思って、くらんだんだ。申し訳ない。悪かった………」

「大切な人を永遠に奪おうとして………ごめんなさい、シン……」


 魔王軍からの攻撃があったあの日から、大切な家族を奪われる悲しさは誰よりも知っている。すでに2人は大切な人を失っていた。


「謝罪をありがとう。反省してくれているようでよかったよ。さぁ、顔を上げてくれるかい………じゃあ、君たちの罰を発表するね」


 どんな罰なのだろう。痛いものだろうか、羞恥を与えられるものなのだろうか、ありとあらゆる罰が2人の頭に浮ぶ。


 すると、シンは立ち上がり、仰々しく両手を広げて、高らかに発表した。


「君たちの罰は講義を受けてもらうこと! 今日から2人にはエレシュキガルに関する特別講義を受けてもらうよ!」

「「えっ?」」

「もちろん、俺が講師だ! みっちりとエレシュキガルの誕生から今日までのことを教えてあげるよ! ちなみに、今日のエレシュキガルの朝食はミートスパゲッティだ!」

「「………」」


 一体彼はどこまでエレシュキガルのことを見ているのだろう、まさか監視をつけているのではないだろうかと、セトとイシスの脳裏に別の不安がよぎる。


「じゃあ、これが君たちの講義資料ね」

「は?」


 その不安を遮るように、ドンっとイシスとセトの前の机に置かれたのは、辞書以上に分厚い本。ほぼ百科事典だった。


「シン………これ、何?」

「講義資料だよ。君たちがこれから受けてもらう俺の特別授業の」

「『我が女神エレシュキガルの秘話』………って、これ私生活曝露本じゃないか?」

「エレシュキガル、かわいそ………」


 あまりにも行き過ぎたシスコン具合に、一層イシスとセトは顔を青くさせ、シンを変質者を見るようなジト目を向ける。

 しかし、当の本人は気にも留めず、これから始める講義について上機嫌に説明し始めた。


「そうだね、今日は4時間して、明日から6時間の講義を1週間受けてもらう予定だよ」

「………」

「短くした方だから、内容も簡単になってしまってね。詳しく話せそうにないんだ、ごめんね」

「………短くした方で」

「………6時間講義」


 今すぐ逃げ出したかった。走り出したかった。だが、シンの笑顔が部屋の脱出は不可能と語っている。「逃げてもどこまででも追いかけ、エレシュキガルの講義を受けてもらう」と今にも言い出しそうな笑顔の圧があった。


「ねぇ、シン」

「なんだい、イシス?」

「イーたちに拒否権は……ない?」

「もちろん、ないね~。これは必須だから」


 顔を真っ青にするイシスたち。1人のことを話すのに、1週間6時間みっちり講義などあまりにもイカれている。別にエレシュキガルを嫌っているわけではないが、罰にしても狂っていた。


 使用人たちに助けを求め、視線を送るも、彼らは諦めなさいと言わんばかりに横に首を振る。 絶望が確定した。


「じゃあ、さっそく1ページ目から! 母上から、妹が誕生すると言われ、お腹を触らせてもらったんだけど、触れた瞬間ぽこって動いてきてさ、その時の記録が………」


 シンはエレシュキガルの誕生よりも前のことから、ウキウキルンルンで話し始める。使用人たちは何度も聞いている話なのか、耳栓をし始めていた。


 2人は溜息をつきながら、指定されたページを開いていく。どのページにも過密に文字があった。所々でエレシュキガルの写真集も入っている。それはもうエレシュキガルの同人誌だった。


「にぃ………イー、逃げたい………」

「無理だ。諦めろ………」


 そうして、鬼畜の講義を受けることになったイシスとセトは、二度とシンを怒らせるようなこと(エレシュキガルに危害を及ぼすようなこと)を絶対にしないと、強く誓ったのだった。




 ――――――


 イシス&セト&シン兄様の閑話、ちょっと長くなりそうなので2話に分けます! 

 よろしくお願いいたします!

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