第79話 道化師
今日はちょっと過激です。ご注意ください~(`・ω・´)
――――――
「アハハァッ、体が思い通りに動かないだろ?」
伯爵もどきのいう通り、動けない。彼が馬乗りになっていたところで普段の私なら吹き飛ばせるが、それもできない。おまけに声もまともに出ない。
「君たちの食べ物に少し魔法をかけていたんだ。セトたちが料理はしていたけど、材料は私が全部用意していたんだ。簡単にかけれたよ」
「なっ」
「ああ、でも効力は少し弱かったみたいだねぇ…………まさか君があそこで姫と一緒に飛び降りるなんて思わなかったよ」
もどきの瞳孔は赤と黒の丸が交互に描かれている奇妙なもの。魔族のようだった。
恐らく彼は伯爵になりすましている。だが、誰であるか不明。でも、彼意外と離してくれそうだから、聞き出せるのなら情報を集めよう。話しているうちに隙ができるかもしれないし。
「そういえば、セトにもこんな風に襲われかけていたね」
「見ていたのですか…………」
「ああ、ずっと見ていたとも。だって、君はあのクソシュレインのお気に入りだよ? いじらないわけがないじゃん」
「私を知っているんですか………」
「うん。だって君、向こうでも有名人だよ? 知らないわけないじゃん」
「…………あなたの名前は?」
「俺の名前? 俺はクラウンだよ」
「!」
………………やっぱり魔王軍幹部だったのね。
クラウン――――彼はシュレインに並ぶ魔王軍幹部の1人だ。積極的に前線に出るタイプではないのか、戦地ではあまり姿を見かけなかった。
しかし、話は聞いている。どちらかというと影として動くという。人間になりすまして、魔王軍幹部になったのも騙しに騙し成り上がったとか。
なりすましを得意としていることが分かった今、裏で動く理由には頷ける。
「そんなに驚かなくても、俺たちだってエレシュキガルには興味があるよ? シュレイン以外のやつが君を狙わないと思った?」
「………………」
「俺はシュレインみたいに即座に単純に人を殺すタイプじゃないんだ。じっくりと味わって殺したい」
刹那、ギラリと赤い瞳が光る。クラウンはじゅるりと舌で唇を舐めた。
「君を食べて、王子様を絶望のどん底に落として、シュレインに屈辱を味わしてやる。我ながらいい計画だね」
「どこが…………」
どこがいい計画なのよ。最悪でしかない。
でも、ここで彼の言う通りにはさせない。
てか、なんでシュレインに…………。
「ああ、助けなんて期待しない方がいいよ」
「………………」
「じゃ、指舐めて」
クラウンは無理やり私の口に指を突っ込んでくる。彼は頬を染めて、気持ちが悪い笑みを浮かべている。興奮しているようだった。
こんなことしたくない、嫌だっ――――。
「っ!」
「くっ! お前ッ!」
だが、私は彼の命令通りになどはせず、思いっきり噛んだ。激痛が走り、奇声を上げるクラウンはさっと手を引っ込める。見ると、口に入れた指からぽたぽたと血が垂れていた。
「ハッ…………舐めたことをするじゃないか」
「舐めらそうとしてきたのはあなたじゃない…………」
「…………クソがっ」
この隙に逃げないと。
だるさはあるが、そんなことは言ってられない。イシスを助けた時のように力を振り絞って、クラウンの拘束から抜け出す。
「逃がさないよ」
しかし、すぐに足を引っ張られ、また馬乗りされる。蹴っても殴っても彼はびくともせず、両手で首を掴み締めてきた。
「…………うっ、あっ」
「アハハァッ! 苦しいね!? 辛いね!? これ、全部自分のせいだよ? 俺の指を噛むなんてことするから、こんな目に合うんだよ?」
「ふっ、くっ…………」
「ああ、魔法が使えなければ、あんたもただの女の子だなぁ」
…………く、苦しい。このままだと窒息で死ぬ。クラウンの手を必死で引っ掻くが、彼は離そうとしない。このまま殺すつもりだ。
「は、なし、てっ………」
「やぁーだね♡」
苦しいあまり涙がにじみ始める。そうして、意識を失いかけたその時――――。
ドゴンっ――――。
破壊音が響いた。ちらりと横を見れば、壁は壊され、穴から1人の男の影と剣の光が見えた。
「………………」
「お前…………」
彼の青の眼光は鋭く光り、思わず背筋が凍る。クラウンも息を飲んでいた。
「死ね――――」
一瞬だった。一瞬だけ風が吹いた。
「――――は?」
気づけば、クラウンの首が吹き飛んでいた。頭だけがボールのように宙に舞う。そして、力を失った胴体は首を締めていた腕の力が消え、ぱたりと倒れ私に覆いかぶさる。
何が起きたの…………?
一瞬の出来事に訳が分からず、酸欠気味になっていたので、頭も働かず呆然。驚きと恐怖で体が固まっていた。
「エレちゃん!」
クラウンの頭を切った彼は私の名前を呼ぶ。そして、クラウンの体をのけ、私の顔や服に散った血を魔法で飛ばし、ぎゅっと私を抱きしめた。その温かいぬくもりに強張っていた体の力が抜けていく。
この香りは…………。
「………………アーサー様?」
「怖かったね。もう大丈夫」
手を掴み、花に触れるように優しく撫でる。もう何も見たくなくって、アーサー様の胸に顔をうずめた。手の震えは止まらなかった。
「エレちゃん………」
以前セトにも襲われそうになった。でも、あの時とは違う。セトは若干冗談なのが見えていた。でも、あの男は本気で…………。
「怖かった…………」
恐怖を思い出し、アーサー様を抱きしめる腕にぎゅっと力が入る。すがるように抱き着いていた。すると、アーサー様に抱き返され、そっと頭を撫でられる。
アーサー様に二度と会えなかったかもしれないと思うと、涙が止まらなかった。戦場で戦う時よりもルイを失った時よりも怖かった。
「っ………すんっ…………」
「よしよし」
朝日が差し込む部屋のベッド上で、アーサー様に抱きしめられなだめられる私。彼のぬくもりで恐怖は和らいでいき、気づけば彼の胸の中で眠りについていた。
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