第47話 洞観

 ブリジット様が暴行された次の日から、彼女はめっぽう優しくなった。

 相変わらず口調は荒いものの、席を取っておいてくれたり、こちらが忘れ物をすれば貸してくれたり。


 そんなブリジット様の変化がとても嬉しかった。

 彼女は私のことを徐々に受け入れてくれているのかもしれない。

 よしっ。もっと私も頑張ろう!


 一方で、学園ではブリジット様の悪口が聞こえた。

 ブリジット様の耳にも確実に入っているのだが、彼女は気にも留めない様子だった。


 さすがブリジット様。強いわ。


 ブリジット様は周りの視線を気にせず、勉強は熱心に取り組み、苦手だという魔法技術演習でも一生懸命練習をしていた。

 その成果もあって、1学期末のテストでは高得点を収めていた。


 そして、テストが終了し、結果発表の日。

 校内の廊下に貼り出された結果表には、3位の下にブリジット様の名前があった。

 いつも下の方にあった以前の彼女の順位を思うと、成長の速さに驚かされる。


 「ブリジット様、さすがです」

 「…………」


 褒めたのに、彼女はなぜか悔しそうに私を睨んでいた。

 なぜだ。私は何も間違っていないはずだ。


 そうして、月日は過ぎて8月。

 夏季休暇に入り、みんなが実家に帰っていく頃。


 ブリジット様はご実家に帰らないとおっしゃった。

 事件のこともあって帰り途中に何かあってもいけないから、私も帰るつもりはない。


 ブリジット様とさらに仲良くなるチャンスが来たわね。

 テストがあって時間が作れなかったけど、夏季休暇は有り余るほど時間はある。

 ブリジット様にはぜひ料理を作ってもらおう。


 アーサー様も王城に戻られる予定はなかったらしいのだが、仕事を任されたらしく初めの1週間は王城へ戻ることになっていた。


 授業もなく、課題は初めの3日で終わらせてしまった。

 それはブリジット様も同じだったのようで、その日は朝から図書館で自主勉強。

 午後からは料理を作ってもらおうと頼み込んでみたが。


 「今日は気分じゃない」


 と断られたので、ならお茶はどうかと誘ってみると、ブリジット様のOKが取れ、2人でサロンでお茶をすることになった。


 サロンに行くと、帰省している人が多いのか、いつもより人が少なかった。

 だが、他の席は居心地が悪い。

 そう思い、いつものフロアが何段か上がっている場所の椅子へ、私たちは腰を掛けた。


 そうして、お茶を淹れてお菓子をいただきながら、ブリジット様が興味を持たれている食事による魔力回復についてお話していると。


 「ねぇ、あなたのお母様の話、聞かせてくれない?」


 と突然、彼女がそんなことを聞いてきた。

 ブリジット様が私のこと、しかも家族のことについて聞いてくることは一度もなかった。私は嬉しさを感じると同時に動揺してしまう。


 「私のお母様の話、ですか?」

 「ええ」


 なぜお母様のことを聞くのだろう………。

 と疑問に思ったものの、その理由は話してくれなさそうな雰囲気なので、聞かないでおいた。


 「長くなっても大丈夫ですか?」

 「ええ。あなたも私も暇でしょ。時間は気にしないでちょうだい」

 「分かりました」


 そうして、私は昔の記憶を引きずり出し、お母様の話をした。

 ブリジット様は基本黙って聞いてくれていた。

 時々に気になるところがあれば、質問をしてくれた。


 そして、全て話し終えると、ブリジット様は手にしていたティーカップをそっと置き皿の上に置いた。

 彼女はそのティーカップに目を向けたまま、ぽつりぽつりと話し始める。


 「本当はあなたのお母様エレイン様が好きだった。軍での活躍はもちろん女性としての力強い生き様は、いつも私の憧れだった。私もあんな女性になりたいと何度も思ったわ…………6歳の頃だったかしら? エレイン様のことをお父様に話したら、『その話はするな』って激怒されたの」

 「…………その時、お父様のご気分は優れなかったのではないでしょうか?」


 切羽詰まっている人間であれば、よほどのことがない限り冷静な判断が下せない。

 忙しい公爵であれば、体調がよくなかったのでは考えてしまうけれど………。


 だが、ブリジット様は横に首を振った。


 「ええ、それも考えたけど、違ったみたい………お父様はレイルロード家の人間だから、ただそれだけのことで嫌っていたわ」

 「…………」

 「騎士とか軍にとかに興味はあったけれど、お父様には反対されたし、逆らえる力もないし、私にはその手の才能はない。でも、憧れの気持ちは無くならない……。

  でも、あなたはいいわね。エレイン様の子どもに生まれて、才能もあって、自由に生きれて、アーサー様とも心が通じ合えて」


 確かに、私は恵まれていた。自由に生きれた。

 彼女が嫉妬して憎むのも分からなくはない。

 でも、彼女の言っていることは一点だけ違う。


 「才能なんてないですよ」


 精霊王とは契約はできたが、それはお母様の引継ぎにすぎない。

 自由にはさせてもらっているとは思うが、才能なんてものはない。

 最初は魔法なんてまともに使えなかった。


 魔力の調整はうまくいかないし、魔力切れは何度も起こし、そのたびにレイリアル様に迷惑をかけた。


 「私は仇を取るという目標があったから、それに向かって全力を尽くしたまでです。才能なんてものはありませんよ」

 「冗談は止めて。才能がなかったら、あなたは軍の重要人物にはなっていないでしょ」

 「それを言えば、ブリジット様の方が才能があると思いますよ。この前のテストだって高順位だったじゃないですか。ブリジット様の成長スピードには驚かされます」

 「…………フン、1位のあなたに言われたくないわ」


 ブリジット様はキィっと睨む。

 でも、それも長くは続かなくって、彼女は呆れたような笑みを浮かべた。


 「でも、もういくら理由を並べてあなたを憎んだって、何も意味はないわね。何も変わらないし、私が辛いだけ…………まわりくどいことをするんじゃなくって、真っすぐに自分で動いて手に入れなきゃ、何も――――」


 と言いながら、ブリジット様は顔を俯ける。

 だが、何かを心に決めたように、彼女はガっと顔を上げ、私に真っすぐな視線を向けた。


 「だから、まずあなたに言うわ。スカーレットがあなたのお母様を侮辱したこと、あなたを殺そうとしたこと、あなたに不快な思いをさせたこと全て謝るわ」

 「…………」

 「本当にごめんなさい」


 深い深いお辞儀だった。

 心の底からの謝罪だった。


 表面上の謝罪は受け取ったことがあった。

 でも、それは言わされている感じがして、偽物だと直感的に気づいた。


 だが、今のは違う。本当の謝罪だった。

 それ以上は何も言わなかったが、彼女の瞳に何か強い意思が見えたような気がした。


 これから、彼女は本当に変わっていく。

 ああ、ブリジット様を信じてよかった。


 勘当しているブリジット様は「何泣いているのよ、バカじゃない」と言われた。

 自分の気づかないうちに泣いていたようだ。


 ブリジット様からハンカチーフを貸してもらい、涙を拭くと、さらにお母様について話し。


 かと思えば、他の話題に変わって、軍か魔法省かで働きたいとか将来について話したり、今度作ってくれる料理は何がいいか議論したり。

 気づけば、夕方になっていて、私たちはお茶会をお開きにすることにした。


 いつもより静かな女子寮に戻り。


 「では、ブリジット様。また明日図書館で勉強をしましょう」

 「ええ。おやすみなさい」

 「おやすみなさい」


 と友人らしく挨拶を交わして、ブリジット様と部屋の前で別れた。

 だが、私は部屋に入る前に、背を向ける彼女に気づかれないように手を伸ばす。

 そして、1週間前にかけた結界魔法を強化した。


 これであれば何かあっても、ブリジット様を守れる。


 彼女にかけたのは、通常の結界魔法ではない。

 いつものであれば、張ってから何もしなくても一定期間は保つことができるタイプだが。

 ブリジット様にかけたものは、それよりも強化され、私が常時監視できるものだった。


 異常事態があれば、すぐに感知できる。

 だが、これは遠く離れれば離れるほど、魔力調整は難しいし、気を張っていないといけない。


 でも、広域範囲の結界を常時張ってた時よりもマシ。

 このくらい………なんともないわ。


 一旦寮に戻った私だったが、調べものがあることに気づき図書館へと向かった。

 そして、目的の本を借りたその後の帰り。

 寮へ戻ろうと回廊を歩いていると、学園にはいないはずの彼を見つけた。


 「………………アーサー様、なぜここに?」

 「エレちゃんに会いたくなって」


 現れたアーサー様はいつもの制服ではなく、軍服のような白の正装だった。

 まるで途中で仕事を抜け出したみたいな………。

 

 「お仕事の方は? よろしかったのですか?」

 「うん。それは大丈夫。片付けた」

 

 すると、アーサー様は私に近づき、右手で私の頬に沿って顔に触れる。

 あまりの顔の距離の近さに、私は思わず顔を赤くしてしまう。


 だけど、反対にアーサー様は顔が険しくなっていく。

 彼の青の瞳は全てを見透かしているようで、私は思わずドキッとしてしまう。


 「ねぇ、エレちゃん」


 でも、彼の声は低く。


 「――――今、無理してるでしょ?」


 怒っているようだった。

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