第67話 少年と幼女

 私はあまり小さな子と関わったことがない。下の兄弟はいないし、機会があまりなかった。子ども耐性はない。

 それゆえ――――。


「えっ、えっ?」


 腰よりも小さい少年に抱き着かれて困惑してフリーズ。開いている左手はどうしていいか分からず、宙へとふらふら。


 ど、ど、どうしよう………。


 頭をフルに動かしても回答を得ることはなく、妙に美しい白髪の少年にハグで拘束されて、困惑してフリーズしていること数分後。


「ねぇ、あなたの名前は?」


 ようやく動いた私に頭を撫でられてなだめられてか、ようやく落ち着いた少年に、座り込んで視線を合わせて優しく話しかけた。


「僕の名前は………セト」

「セト君ね。セト君はなんでここに来たの? お母さんとはぐれた?」

「うん。お母さんと一緒にお祭りを見に来てたんだけど、いつの間にかここにいたんだ………」


 なるほど。迷い込んでしまったと………。

 普通じゃできないし、私が見つけたのなら、審判員もこの少年の存在を認知していることだろう。


 なのに、試合中止の知らせがない。審判員の先生が現れる様子もない。

 かといって、少年から魔物のような禍々しいオーラは感じない。いたって普通の子どもだ。


 となると、これもまたクリアの条件の一つなのだろうか。看板とかで示されてなかったけど………一般人の少年を連れてゴールすることがクリア条件なのかもしれない。一般人、子どもを巻き込んでこんな危険な試合に連れ出すなどどういうつもりなのだろう、と先生方に心の中で問い詰める。


 まぁ、もしかしたら、先生方がこの世界において作り出した一般人かもしれないから、声にはしないけど………にしても、今回は随分とまどろっこしい試合ね。


 私は少年にゴールしないとこの世界からは出れないことを伝え、ゴールに着くまで一緒に同行することになった。


「お姉さんの名前はなんて言うの?」

「エレシュキガルよ、よろしくね、セト君」

「うん! よろしく! エレシュキガルお姉さん!」


 安心したのか、手を繋ぐ少年に涙はなく、満面の笑顔を浮かべていた。エメラルドの瞳が眩しすぎて、今までに感じたのことない庇護欲を感じ、少年を守り切ろうと手を握りしめる。


 そうして、私たちはゴールを目指して、草木の迷路を歩き始めた。




 ★★★★★★★★




「エレシュキガルは何をしてるのかしら………?」

「何か戸惑っているようにも見えますね」

「誰かと話してるみたいだわ」

「でも、誰と話してるのよ?」


 Aクラスの観客席にいた4人――――セレナ、リアム、マナミ、ブリジットは、巨大モニターから映し出されるエレシュキガルを見守っていた。

 中央に映し出される映像には、座り込んで見えない何かを見つめるエレシュキガル。


『ねぇ、あなたの名前は?』


 エレシュキガルは何もいない近くを見て、優しく問いを投げかけていた。まるで近くにいる誰かに話しかけているよう。

 しかし、セレナたちに話し相手は見えない。少なくともエレシュキガルの周りには誰もいなかった。


「もしかして、魔物が幻惑系の魔法を使ってる?」

「そうだとしても………エレシュキガルがそんなので騙されるはずがないわ」


 リアムの疑問に、異を唱えるブリジット。マナミも彼女の意見に同意して、コクリと頷く。


 マナミの偽装魔法も見破ったこともあるエレシュキガルのこと。

 いくら相手が高度の偽装魔法を使おうとも、エレシュキガルは難なく看破することだろう。


「でも、彼女以上の能力を持つ仮想魔物を先生が用意している可能性はありませんの?」

「それはありえるわね………今回の迷路監督はあのひねくれ者のミルドレッド先生だし、最新魔術とか使ってそうだわ………」


 そうして、見守っていると、映像に映るエレシュキガルは、見えない何かと手を繋ぎ、歩き出していた。

 その光景にマナミは違和感を感じながらも、生徒席に帰ってこない彼を思い出す。


「それにしても、アイツはどこに行ったの? エレシュキガルを見送ったらすぐに戻ってくるって言ってたのに………」




 ★★★★★★★★




 名を呼ばれ、壇上に上がっていくエレシュキガル。

 彼女を手を振って見送ったアーサーは、エレシュキガルが転移するまで、選手以外の人間が入ることができる通路で見守っていた。


 エレシュキガルが魔法石に触れ、見送るとアーサーは踵を返し、観客席へと急ぐ。

 急いで戻らなければ、エレシュキガルなら帰っている間にゴールしてしまう可能性もある。

 観客席に戻ろうと、護衛をとともに通路を早歩きで歩いていく。


 アーサーは外部からも人気があり、変わらず女子の人気も高い。婚約者がすでにいるにも関わらず、彼の知らない所でこっそりファンクラブを作られてしまうほど、だ。

 が、彼は王子であり、一般人が気軽に話しかけていい相手ではない。


 自然にその場にいた人間が察して、彼のために避けて道を作ってくれた。


「久しぶりねっ! アーサーちゃま!」


 そんな中、突如アーサーの前に飛び出してきた1人の少女。クマの人形を抱える愛らしい金髪の少女だった。

 誰もが魅了されてしまうほど、眩しい笑顔を浮かべて少女はアーサーへ走り出す。


 アーサーの腰よりもずっと小さく可愛いらしい少女といえど、素性が不明。警戒し、立ち止まるアーサー。同時に護衛たちも守るように彼の前に出ていた。

 

「アーサーちゃま………わたちのことを覚えてないの?」


 目を潤め始める少女。どうやら彼女はアーサーの知り合いのようで、凝視して記憶を呼び起こすこと数秒、アーサーはハッと息を飲んだ。


「もしかして………………マリアンヌかい?」


 アーサーがその名前を呼ぶと、少女はニコッと太陽のように笑う。


「うん! ちょうよ! わたち、マリアンヌなのよっ!」


 そして、彼に抱き着いていた。




 ――――――――


 今日はもう1話更新します。よろしくお願いいたします<(_ _)>

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