第49話 花田さんとお母さん。
「あら〜。本当に二人で暮らしてるんだ〜」
そして、あの日が来てしまった。
忙しい時期にわざわざここまで来なくてもいいって、こっそり電話をしたはずなのに。「まだ仕事があるから、少し考えてみる」と言ったお母さんは、結局うちに来てしまった…。それより花田さんがどんな人なのか、めっちゃ期待しているように見えるけど…。やっぱり、目的は花田さんだったのか…。
「初めまして! 尚くんと交際している花田菜月です! 大学生です!」
笑顔で挨拶をする花田さんに、むしろお母さんがびっくりした。
「えっ…? 尚くん…? か、彼女って年上?」
「そうだけど…? 何か問題でも…?」
「てっきり、同い年だと思ったじゃない…!」
「そんな…、花田さんと電話をしたのはお母さんだろう…? 今更何を…」
「でも、声が若かったし…。女子高生だと思ったよ…」
「へへ…」
微笑む花田さんが後ろで俺の手をいじっていた。
もしかしてお母さんを見るのが初めてだから恥ずかしいのかな…、先とは違う姿を見せる花田さんに俺もびっくりしていた。今日「お母さんが来る日」って言っただけなのに、めっちゃ慌てて服を選んだり…、化粧をしたりしてたから…。多分、緊張したかもしれない。
———部屋に座ってから、話を続ける3人。
「えっと…、確かに名前が…」
「は、花田菜月です!」
「そうだ! 菜月ちゃん! うちの尚くんが迷惑をかけたりしなかった?」
「い、いいえ! いつも、尚くんと仲良く過ごしています…!」
「よかった…。尚くんはお父さんとそっくりだからね…? 女心を全然分かってない男だよ。だから、たまには心配になる…」
「へへ…。でも、私にはとても可愛くて優しい彼氏です!」
「あら…、恥ずかしいことを…」
なんか普通に話している…。
ドアを開ける直前まで、「もうすぐ来る! どうしよう…!」と慌てていた花田さんと本当に同一人物か…? そして二人が仲良くなることに素直に喜びたいけど、それでも心の底から心配をしてしまうのは仕方がないことだった。
「それでそれで…! 菜月ちゃんが教えてくれない? 尚くんの日常生活!」
「えっ? 私がですか?」
「うん! 尚くんはたまに電話をかけるけどね? どんな生活をしているのか教えてくれないし。心配になるのよ」
「尚くん…」
ちらっとこっちを見る花田さんが笑っていた。
「勉強熱心で、バイトも頑張って…! 優しい彼氏です! 掃除と料理がちょっと下手なんですけど…」
「……っ」
「えっ…! ちょっと尚くん、そんなことを菜月ちゃんに任せっぱなしにするのはよくないよ?」
「わ、分かってるけど…。菜月にそんなことやらなくっていいって言っても…」
「実は私が好きだからやってます…」
「何この状況…? 昨年まで汚かったこの部屋がいつの間にか新婚の雰囲気になっている…」
そばにくっついている花田さんがすごく喜んでいた。
普通を演じるのか…、あるいは本当に嬉しいのか…。今の俺には花田さんの考えがよく分からない。お母さんに見られないところでこっそり手を繋いだ俺たちは、しばらくそのまま話していた。
「あっ、そうそう! これあげる! 尚くん、一人暮らしだからちゃんと食べないといけない! これは栄養補給をするための…!」
そう言ってからテーブルに置いたのは、めっちゃ高そうな和牛セットだった。
「えっ…? いきなり?」
「うん! 菜月ちゃんと二人で食べてね」
「わぁ…! い、いただいてもいいですか…?」
「念の為、いっぱい買っておいてよかった! 尚くんと食べてね」
「あ、ありがとうございます!」
「お母さん…、ありがとう」
「ねえねえ…、菜月ちゃん!」
「はい?」
「一つだけお願いしたいことがあるけど…」
お母さんのあの目は、もしかして…。
「菜月ちゃんの頭をなでなでしてみてもいいかな?」
「は、はい…? い、いいですけど…?」
やはりうちのお母さん、さりげなく花田さんの頭をなでなでしてるんだ…。
いい人で仕事場でも人気があるし、その特有な笑顔が周りの人たちを引き寄せるってお父さんが言ってたよな…。
「やったー! フフッ」
「……な、なんか恥ずかしいよ。尚くん…」
「こ、こっち見ないで、うちのお母さんはもともとそんな人だから…」
「これからも尚くんのことをよろしくね。菜月ちゃん…!」
「は、はい…!」
それは久しぶりに見るお母さんの笑顔だった。
幼い頃は毎日見ていたのに…。なのに、俺はどうして実家から離れて一人暮らしをしてるんだろう。そして久しぶりに会ったお母さんの顔は2年前と同じで、なんか懐かしくなってしまう。
あの花田さんもお母さんの前で照れてるように見えるし…。
お母さんはすごいな…。
「よ、よろしくお願いします!」
「うん! 尚くんに綺麗な彼女ができてお母さん安心した! じゃあ、今日はこれでそろそろ仕事場に行かないと…」
「えっ? お昼くらいは…」
「そうしたいけど、何かあったらしい…。また今度にしよう! 菜月ちゃん!」
「は、はい…」
「そう! 帰る前に、写真撮りたい!」
そう言ってから、すぐ俺と花田さんの真ん中に入ってくるお母さんだった。
「はい! カメラ見て! チーズ!」
全く…。相変わらず嵐のような人で、元気だな…。
「じゃあね! 菜月ちゃん、また連絡しようね!」
「はい!」
ガチャ…。
ほぼ2時間くらい。
その短い時間ですぐ疲れてしまうほど、お母さんのテンションは高かった…。
「……」
「もっといてくれたらいいのにな…。せっかく、綺麗な服も着たのに」
「うん…。でも、仕事があるから…」
「あれ…? 菜月…?」
お母さんと別れた後、すぐ部屋に戻る時だった。
なぜか玄関でじってしている花田さんの顔が、少し寂しそうに見えていた。
俺の見間違えなのか…。
「……あったかい」
小さい声で独り言を言う菜月。
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