第33話 大切な日常。

「忘れた物はないよね…?」

「うん…」

「そして約束…、まだ忘れてないよね?」

「うん…!」

「いってらっしゃい!」

「い、行ってきます…」


 監禁されていた俺はいつもの日常に戻ってきた…。

 花田さんといくつかの約束をしてから、この自由を手に入れた。でも、俺はなぜ監禁されたのか…、その理由を思い出せなかった。木下さんが倒れたことまでは知っているのに、どうしてその後の記憶がないんだろう…?


 エレベーターの前で振り向くと、笑みを浮かべる花田さんが俺に手を振ってくれた。


 ……


 曖昧な記憶は嫌だから何度も一人で考えてみたけど、やっぱり思い出せなかった。

 冬休みがそんなに長かったのかと思ってしまうほど、俺は花田さんの家に監禁されていた。どうして俺のことを解放してくれたのかはまだ分からない。でも、彼女はいつもの笑顔で俺に「好きだから」と話してくれた。


 これはいわゆる「歪んだ愛」ってことか…?


「おーい! 尚」


 この声は楓…。


「どうしたんだよっ…! お前、L○NE見ねぇのか!」

「あっ…、ごめん。冬休みはバイトとかで忙しかったから…」

「あ…、そうだな。お前一人暮らししてたよな?」

「うん…」

「とはいえ…、彼女とイチャイチャしたり…」

「死ね…」

「ハハハッ。それで、今日は新刊が出る日だぞ? どうする?」

「あ! そうだよな? 今日は〇〇先生の…」


 で…、書店くらい行ってもいいよな…?

 趣味だから、これくらいはさせてくれるよな…?


「どうした? 今日もバイトあるのか…?」

「あっ、ちょっと…考えてみる」

「オッケー」

 

 余計なことをしたらまた監禁されるかもしれない。

 慎重に考えないと…、出鱈目なことはすぐ花田さんにバレる…。そして体が花田さんの体罰を覚えていて、俺も知らないうちにL○NEを送っていた。


 尚「今日…友達と書店行ってきてもいい? ちょっと遠いところにあるけど…」

 菜月「男? 女?」

 尚「男…」

 菜月「いいけど、早く帰ってきてね」

 尚「うん! ありがとう!」


 これくらいは許してくれるんだ…。

 〇〇先生の小説はめっちゃ面白いから、2巻をずっと待っていた…。てか、昨年楓からもらった本は一体どこにあるんだろう…? それ…参考になりそうって言われたけど、実際読む前に花田さんと出会ったし…。それから、あんまり読む時間もなかったからな…。今日家に帰ったら、探してみようか…。


 ……


 放課後、俺たちは電車に乗ってちょっと遠いところにある書店に向かった。

 さすが、今日は発売日だから人が多いな…。


「尚、何ぼーっとしてるんだ! 行こう!」

「あっ、うん!」


 ちょうど2冊が残っていて、「ラッキー」と叫びながら書店を出た。

 すると、急いで走ってくる人とぶつかった俺が地面に倒れてしまう。気づいた時はもう目の前にいて、避ける暇などなかったから…。


「いてぇ…」

「だ、大丈夫ですか…?」

「は、はい…」


 俺に手を伸ばした人は、セーラー服を着ている女子高生だった。


「す、すみません…!」

「いいえ…。だ、大丈夫です」

「尚、大丈夫か…?」

「うん…」


 黒髪ロングで可愛い顔…。一瞬、花田さんの顔が見えていた。

 とはいえ、俺とは関係ない人だ。しかも、どっかに急いでいるような様子だったから、地面に落とした本を拾って彼女に声をかける。


「もういいです…。急いでるように見えるから早く行ってください」

「あっ…はい! 実は…バイト初日で…遅刻を…」

「なら早く行った方がいいですよ…」

「あ、ありがとうございます!」


 急いでる女子高生を送ってから、俺と楓も電車に乗った。

 こんな偶然が本当にあるんだ…。いきなり女子高生とぶつかって、話をする展開は楓がめっちゃ好きなやつだからちょっとびっくりした。今日買った本のストーリーも偶然ヒロインとぶつかった主人公が、それをきっかけで付き合う話だったからな…。


「先の人可愛かったよな…?」

「いや…、顔は見てない」

「マジ…? うちの高校にあれほど可愛い人あんまりないぞ! 清楚な女子高生ってのは…」

「お前は…、女に興味があるのか、ないのか…よく分かんねぇ」

「まぁ…。付き合うのは面倒臭いけど、可愛い人は好きだからな」

「どっちだ…?」

「どっちだろう〜」

「知るか…」


 ……


 家に帰ってくると、エプロン姿をしている花田さんが俺を待っていた。

 いつもうちに花田さんがいるのは好きだけど、たまには怖くなってしまう。花田さんが何を考えているのか分からないから…。それに俺をずっと待ってるような気がして…、鳥肌が立ってしまう。でも、顔に出せない感情だったから…俺は微笑む顔で家に入った。


「うんっ……」

「……」


 ぼーっとしている俺にキスをした花田さん。


「いきなり…、ずるいよ。菜月…」

「へへ…、着替えてから夕食を食べよう…!」

「うん…」


 箪笥の前で服を着替える時、俺は生徒手帳を紛失したことに気づいてしまう。


「あれ…?」

「どうしたの? 尚くん」

「生徒手帳…、どっかに落としたかも…」

「えっ…? もしかして書店とかで落としたんじゃないの?」

「そうかも…」


 もしかしてあの人とぶつかった時に落としたんじゃないのか…? なら面倒臭いことになるかも…。今から電車に乗るのもできないし…、かりに行ったとしても帰る時は電車がないから選択肢はなかった。


「今日は遅くなったから、夕食を食べよう…。明日、また探してみようね?」

「うん…」


 楓からもらった本も、生徒手帳もなくなってしまった…。あり得ない…。

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