第40話 侯爵の事情
北部大神殿に尋ねてきた元婚約者ロドリゴの父親である、バンプロナ侯爵。彼の話を聞きに貴賓室へ行くと、いきなり全力で謝られた。
侯爵の身に、一体何が起こったのか。
「……今回、ダンジョン攻略メンバーの陛下への謁見の際は、主要な家門は全て招待されていましてな。しかしイライア様とのことがあったので、我が家はその期間の王宮への出入りを禁止されて……。侯爵以上の家門で唯一我が家だけ、参加できませんでした……」
しょんぼりと肩を落とす侯爵。知らない間に王家まで気を遣ってくれていたらしい。
「それだけではなく、明後日の列福式への参加も難色を示されてしまい……。多額の寄進をしているのに参加できないのは、我が家だけになります。女神様の大事な式典です、参加させて頂きたいのです……!」
可哀想に、泣きそう。私は面倒だから、出ないでいいなら休みまーすって答えるわ。でも貴族は色々しがらみも見栄の張り合いもあるし、参加するのがステータスになるわよね。
……とはいえ、それだけじゃない鬼気迫るものも感じる。バンプロナ侯爵は、本当に信心深い方だからなぁ。
「イライア様のご心痛を
さすがロジェ侯爵の義兄だわ、本音がポロリしましたよ。
バンプロナ侯爵は気付くどころではない焦燥ぶりで、以前より少し痩せた気がする。ロドリゴ、親不孝だわねえ。
部屋中の視線が私に集まった。
侯爵も縋るような目で見てくる。あ、意地悪したい気持ちが少し分かった。
「……ロドリゴ様さえいらっしゃらないのなら、他のご家族の方まで参加を見合わせて頂く必要はありません。侯爵様、どうぞ列福式に参列してください」
「おおおイライア様~~~!!!」
大げさに喜ばれた。本当に泣き出しちゃったよ。きっと他の貴族の人にも、白い目で見られたりしたんだろうなあ。
修道女がハンカチを差し出して、良かったですねと背中を撫でている。
「さすがイライア様、温かいご配慮に感謝します。侯爵家からは何人参加なさいますか?」
「わ、私と……、妻を……」
「そのようにご用意させて頂きます」
ロジェ司教は手配があるので、すぐに退席した。しまった、私も出て行っちゃえば良かったわ。泣いてる中年男性貴族なんて、どうしたらいいか分からない。放っておいて良いかな。
「侯爵様、つきましては焼き芋祭りへのご寄進をお願いできますか?」
「しますします、させて頂きます~!」
すかさず修道女が寄進の約束を取り付ける。上手いわね。侯爵はむしろ、断わられても差し出す勢いだ。
「皆様に食べて頂く、食料の寄贈を頂きたいのですが」
「今更だと商店には他の注文があふれてそうですな……、倉庫に何かあったかな。米なら備蓄が、最低でも一年分はあります」
寄付をするのに嬉しそう。あとは二人で話せばいいよね、もう私に用はないよね。相談している二人から、そっと離れた。
「では失礼します」
メイドのパロマが扉を開けてくれるタイミングで、あいさつをする。
「あああっ、イライア様。その、婚約破棄の迷惑料など……」
「お気持ちだけで……」
こんなに下手に出られても困るわね。
もしお金に不自由したら、たかれそうだわ。にひひ。私たちは貴賓室を出て、部屋に戻った。あいさつ文を考える続きをしないといけないのだ。
「……なんと言いますか、予想外の展開でした」
ピノが気まずそうにしている。自分より年上の、ましてや侯爵の情けない姿を晒されたんだもの。部屋では一言も喋らなかったわね。
「バンプロナ侯爵は信仰に
「それはそうですよ、お嬢様。侯爵様が
パロマが切々と語る。なるほど、確かに。
どっかに公衆の面前で婚約破棄する考えなしがいたから、私とロドリゴのことは、知れ渡ってしまっているものね。
移動中なので、廊下ですれ違う修道女や神官が軽く会釈して通り過ぎる。私も会釈を返すものの、一言くらい交わした方がいいのか悩むところ。
「神殿にも顔を出しにくくなりますし、今まで築いてきた神官様たちとの信頼関係も、下手をしたらあっという間に崩れちゃいますよ」
アベルもクスクス笑いながら続きを喋る。ピノも頷く。
「お嬢様は、ご自身の影響力を甘く考えすぎています」
最後は私がパロマに注意されてしまった。
聖女といっても、女神様が末っ子属性のハイテンションわがままっ子だから、ありがたい感じがしないのよねえ。単なる殿下とアンジェラのファンだし。むしろ私までファン仲間扱いだし。
その日はあいさつ文を完成させて読む練習をし、列福式の衣装が届いたので、実際に着て調整をしてもらった。丈とかはちょうど良かったよ。ドレスというより、清楚なワンピースっぽい。上に羽織る、ゆったりしたボレロが可愛い。
食事は野菜中心で、スープに大根っぽい柔らかいものが入っていた。トウガンというのだとか。元の世界にもあったかな……、記憶にないわ。
次の日、朝食を終えたら、またもや面会だと呼ばれた。パロマとアベルと一緒に、前日と同じ貴賓室へ移動する。
待っていたのは攻略対象の一人、特に接点もないサムソン。どんな用事か、想像がつかない。ゲームではダンジョンを攻略したらほぼエンディングだったからなあ、そんなにイベントはなかったはず。
考えながら部屋に入ると、サムソンの他に殿下とアンジェラ、ソティリオとフィオレンティーナまでいるではないか。
五人がテーブルの前に、笑顔で並んで立っている。
「イライア・パストール様。学園の卒業証書をお渡しします」
サムソンが顔の前に、堂々と厚手の紙を広げた。長方形でクリーム色の紙に、金で草模様の枠が描かれ、確かに卒業証書と書かれている。私の名前がしっかり明記されているし、本当に私のもの……なの?
でもこれ、どうしたのかしら。途中で逃げちゃったから、もらえないと諦めていたのに。
戸惑う私に、サムソンが自慢げに言葉を続けた。
「学園に掛け合ってきましたよ。イライア様は途中で出席できなくなったので、最後の実技テストや課題の提出はしていません。ですが事情は十分理解できるものでした。そしてテスト以上に、立派な功績があります」
「じゃあ、本当に私にも卒業証書がもらえたんですか……!? わざわざありがとうございます!」
魔法実技で一番だったアンジェラと一緒にダンジョンを攻略したし、回復魔法の翻訳もしたものね。授業よりハードよ!
サムソンが先に帰ったのは、私の為だったんだ……!
「成績も授業態度も、申し分ないとの判断でした。イライア様は目立つ方ではありませんでしたが、真面目で模範的な生徒だったと、先生方が
そう言いながら、殿下に卒業証書を渡した。殿下から私に授与されるワケか。
ところで先生のいう“模範的”って、扱いやすいって意味じゃない? 大人しくしてたからなあ。
「学校側も聖女が中退したよりも、卒業した、の方も聞こえが良いものでしてよ」
フィオレンティーナが当然よ、と頷く。それは確かにそうだわね。
殿下がゴホンと咳払いをして、一歩前に進んだ。
「ではイライア・パストール令嬢。貴女が学園にて正しく過ごし、自身を高める努力を
「ありがとうございます!」
殿下から両手で受け取ると、みんなが拍手をしてくれた。パロマとアベルも一緒に。感動的な気分!
「おめでとうございます、お嬢様!」
「ありがとう。みなさん、本当にありがとうございます!」
全部終わったら、学園にお礼に伺わないとね。
そうだ、筒が欲しい。あの賞状とかを入れる気密性が高い円筒を、スッパンスッパンしたい。
この世界にはアレが無いんだ……!
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