第32話 ルー語修道女、再び!

「……ええと、お話し中でしたよね。お邪魔してしまいましたか?」

 声をかけたら侍女のパロマと護衛のアベルが去ったので、ピノが申し訳なさそうにした。

「いえ、大丈夫です! 今後の予定を相談していました。北に戻ったら、ピノ様は神殿に帰られるのでしょうか?」

「そうですね……、イライア様は国王陛下に謁見の後、北の大神殿で聖女認定の前段階である、“列福式”を致します。通常であれば列福された福者の中から、“聖女”もしくは“聖人”が選定されます。ここまではご存知ですか?」

「全然です」


 珍しい『神託の聖女』で沸いちゃって、詳しい説明がなかったような。どうやら段階があったようだわ。

 聖女の認定式は来年大々的におこなわれる、というのは覚えている。段階があるから、来年なのかな。


「列福式までは、今回の皆様が一緒ですよ。四名とも列福者になります」

「殿下とソティリオ様も聖人に?」

 なるほど、四人とも。この式典までは、このメンバーで行動ってとこね。

「王族が聖人に認定された例はありません。宗教と政治を分離させる意味もあるのでしょう。ソティリオ ・ ザナルディー様も、聖人認定を断わられるのでは」

 来年聖女になるのは、私とアンジェラだけなのが有力ね。

 父親も殿下が一緒にいる時に、無茶をするほどバカじゃないはず。多分、そのはず。列福式までの間は来ないわよねえ……。やっぱりその後が問題か。

「それで、ご質問の件ですが」

「はい」

 何だっけ? 聖女の話でも列聖の話でもなく……あ、アレだ、ピノはどーするの~って聞いたんだったわ。


「列福式までは、護衛致します。その後イライア様が南部で過ごされるなら、南部の大神殿からイライア様に護衛が派遣されるはずです。ですが……」

 途中で言いよどんで、言葉を選ぶように沈黙が続いた。キャンプファイヤーが照らす顔は、頬がほのかに火のオレンジに染まっている。

「南部も暮らしやすそうでしたねえ」

「イライア様が宜しければ、私がずっと護衛を務めさせて頂きたく……」

 ……ん? ずっと?

「ええと……ええ、考えておきます」

 うわお、なんだこの展開は!? 交際を考えているとか、そういう意味なの?


「たのんでますかー!!!」

 ご機嫌のアンジェラが、後ろから肩を組んできた。いきなり体重をかけないでよ、潰れる! もしかして、お酒でも飲んだのかな!?

 ピノとの会話はここで途切れてしまい、なんだか中途半端になってしまった。ピノは、そそくさと離れてしまったよ。

「そろそろ休みます? 温泉に入りましょう」

「いいですね、疲れが吹っ飛んで最高にハイになりますよ!」

「危険ですね」

 温泉を薬物みたいに表現するのはどうかと思う。

 とはいえ、ダンジョン制覇後の温泉は格別! さっそく二人で部屋へ着替えとタオルを取りに戻り、宿の裏側にある温泉へ急いだ。

 こんなにいい気持ちなのに、なんでこれが人気がないんだろう。

 広場の喧噪が、ここまで僅かに届いている。


 誰もいないのをいいことに、アンジェラは歌を歌い始めた。この世界の童謡を。

「雨が降ったら葉っぱが濡れる~、水たまりには龍が住む~。熊とタイマン勝負だよー。ガブッと一噛み、熊肉カレー♪」

 ……龍じゃなくて魚が住むだったし、魚と遊ぶ可愛い歌だった。メロディーはそのままで、歌詞はどんどんメチャクチャになっていく。

「ね、イライアさん! 子供の頃にこうやって童謡を変えて、みんなで披露して遊びましたよね! 次はイライアさんの番ですよ」

「しませんでしたよ。歌わないです」

 ええーと、口を尖らせている。

 どういう改変をしているのかな、このヒロインは。


 次の日の早朝、一人で温泉に浸かった。それから二度寝、最高よ。

 みんな疲れているのに夜中まで宴会を続けたので、朝食は遅めの時間から。食べたら出発し、まずは南の大神殿へ行くのだ。

 ダンジョン制覇と祭壇へ祈りを捧げた報告、それからご神体の石を届けて火山の女神様の祭壇を作ってもらう。神域に他の神様の祭壇を併設する、この世界初のこころみが、まさに日本的神仏混淆こんこう感があって、むしろ懐かしさすらある。


 途中で小休止して、軽食を頂いた。朝が遅かったから、あまりお腹が空いていない。しかも昨夜はたくさん食べたし! もうフレンチトーストしか入らないわ。私の胃袋は現在、甘いもの専用なのだ。

 殿下とアンジェラはサンドウィッチをシェアして、ソティリオはそんな私たちを横目にコーヒーだけを頼んだ。今回の移動は、彼の婚約者であるフィオレンティーナも一緒。彼女はケーキを食べている。


 しばらく馬車を走らせ、暗くなる前に適当な町で宿を探した。今回は疲れていたからか行きと違って寝てしまい、馬車の中は静かだった。

 南部大神殿には次の日の午前中に到着。女神様に報告し、ご加護のお礼を告げて、そのまま泊まる。

 白い立派な祭服を着たロジェ司教が朗らかな笑顔で一番前に立って出迎えてくれるので、私は何故か生きた心地がしなかった。こう……天敵って、こういう相手のことなのね。本能的に逆らえないというか、絶対に敵わないと理性でなく理解してしまうというか。


「皆様、お疲れのところを申し訳ありませんが、女神様へのご祈祷を先に致しましょう」

「もちろんです、ロジェ司教! 僕らは崇拝する女神様の信徒として、試練を乗り越え成長したこの姿を、女神様の眼差しで捉えて頂きたいのです! 心は翼が生えたように解放されて自由になり、世界のいしずえたる女神様への愛に満ちあふれて空を焦がすほどです」

 殿下、絶好調。アンジェラもにこにこしている。

 内容は「成果の報告が先ですね」くらいなものだろう。

「さすが偉大なる陛下のご子息であらせられます、立派なこころざしです」

 ロジェ司教には意外にも好評みたい。ただ、あの笑顔はくせ者なので油断できないのだ。


 ロジェ司教は一人、神託の間へ移動した。

 私たちは他の神官に先導され、前回と同じ貴族用の小礼拝堂へ案内された。ピノ達は小礼拝堂の外の廊下で並んでいる。礼拝堂内には長い蝋燭の灯が点り、クッションも人数分用意されてすっかり準備が整っていた。

 神官からダンジョン制覇のねぎらいを受け、膝を突いて頭を下げて待つ。

 しばらくして、キラキラした花びらのようなピンク色の光がどこからともなく舞い降りてきた。女神様のご神託があったんだな。

 神官が祈りの言葉を続ける。おごそかな雰囲気が、もはやあの女神様には似つかわしくない気までしてしまうわ。いっそラッパとか吹いた方が、喜びそうじゃない?


 終了したらありがたいお言葉を頂戴して、待合室で野菜中心の昼食を頂く。

 食べ終わったら祭壇を建立こんりゅうする場所の説明があり、列福式への参加の確認がされた。ご神体の溶岩石は託してあるよ。

 これで神殿での予定は終了、それぞれが泊まる部屋へ移動した。侍女のパロマと一息ついた時、廊下からノックされて返事をする暇もなく扉が開かれた。

「ヘイ、イライア様お久しぶり~! 偉業成功マジリスペクト、あっしは感激、再会に感謝ー!」

 またこのルー語だかラップだかを使う修道女が!

「お久しぶりです……」

 笑顔が引きつりそう。彼女は私より、殿下と気が合うんじゃないかな。もし合わなかったら不敬罪に問われちゃうか……!?

「お疲れですね、そうですね~イエー! そんなユーにはあっしの元気をシェアリング。デリシャスなおやつで元気百倍、ア・サウザンドターイムズ!」

 ルー語修道女はくるりと一回転してよろけ、ポケットから何か取り出した。そしてウィンクして、顎をクイックイッと出す謎の仕草をする。

 手を出せってことかな。


 両手を揃えて、手のひらを上に向けてみる。ルー語修道女はその私の手に、ポツリと一つ、緑色をした長いものを落とした。

 キュウリ? 普通の半分くらいの長さの、小さなキュウリ。

「特別に一つプレゼントよぅ。メイドイン神殿キュウリ、スモールサイズは丸かじりにジャスト!」

 ビシッと指を伸ばして、ポーズを決める。

 おやつ? これがデリシャスなおやつ?

「また貴女、勝手に採ったわね!!! みんなで育てているんだから、ダメだって注意したじゃない!」

 指導の先輩に怒られている。ルー語修道女の指導係り、大変そう……。

 怒られる原因になったキュウリを片手に、私もとても気まずい。


「あの……お返しします」

「は!? いえ、いいんですよ。どうぞ召し上がってください。お見苦しい姿をお見せしました」

 指導係が恥ずかしそうにして、返そうとするキュウリを固辞こじする。

 疲れた……、非常に疲れた。いいや、食べちゃおう。

 キュウリをかじったら、割る時にパリッとしたとてもいい食感があった。瑞々みずみずしい新鮮なキュウリだ。噛む毎に水分が口の中にあふれて、確かにおいしかった。

 ただし、キュウリはおやつに含まない。

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