第41話:侵略

神暦2492年、王国暦229年12月21日:王都・ジェネシス視点


「落ち着け、ゆっくりと話せばいい」


 取次役があまりにも慌てているので、落ち着かせる言葉をかけた。

 同じ言葉でも、話す調子や表情一つで、相手を怯えさせ更に慌てさせることもできれば、逆に落ち着かせる事もできるのだ。


「はい、恐れ入ります、王太子」


「慌てる事はない、お前からだけでなく、知らせをくれた使者からも話を聞く。

 だから慌てずゆっくりと正確に話すのだ」


「はい、慌てずゆっくりと正確に話させていただきます」


 何度も復唱するように言って聞かせた効果がここに現れている。


「大陸が紅毛人の国に攻撃されています」


「戦争が始まったと言うのだな?」


「易都からの報告ではそのようでございます」


「情報はどれくらい届いているのだ?」


「易都から来た急使の話しでは、戦争が始まったという事だけでございます。

 大陸から来た交易船の船員から伝えられた情報です。

 もっと詳しい情報があるのでしたら、後続の伝令が届けると思います」


「分かった、念のため急使からも話を聞く。

 ここに連れて来てくれ」


 易都から早馬を乗り継いで重要情報を伝えてくれた急使。

 彼からも直接話を聞いたが、取次役の話しと同じだった。

 労い褒美を与え休息室で休むように命じた。


「セバスチャン、どうするべきだと思う」


「王太子に胸には既に案があるとは思いますが、念のために申し上げます。

 まずはできるだけ多くの情報を手に入れなければいけません。

 ですが、我が国が国外と繋がっているのは五カ所だけです。

 王家王国が外国の情報と交易を独占する為の易都。

 属国を通じて大陸との交易が認められている南のドロヘダ辺境伯家。

 半島国との歴史的関係から交易が認められている西のクランモリス辺境伯家。

 北の種族との関係から交易を認められているアシュタウン男爵家。

 建国王陛下への忠義で交易が認められているリチャードソン騎士家。

 その全てに命じて情報を集めるのが最初の方法です」


「その通りだが、リチャードソン騎士家以外は心から信用できない。

 ドロヘダ辺境伯家とクランモリス辺境伯家との関係は改善できた。

 それでも過去の事が全てなくなるわけではない」


「そうですね、彼らを心から信用する事はできません。

 易都も、交易相手を待つだけでこちらから交易に出向く訳ではありません。

 アシュタウン男爵家は、北も種族を搾取して嫌われていると聞いています。

 まともに情報を得る事は不可能でしょう」


「頼れるのはリチャードソン騎士家だけだが、王家や王国に目をつけられにように、船の数を増やしていない。

 船がない以上、経験豊富な船員の数も限られている。

 急いで船を大量に造っても操る人間がいない」


「それでも何もしないよりは船を建造した方が良いでしょう。

 船が完成するまでの2年間、できる限り人を育てるしかありません。

 王太子には50万もの領民がいます。

 彼らを船員として鍛えればいいのです」


 セバスチャンは普通の船大工に建造させる計算をしているな。


「そうだな、大陸の皇帝が強欲で馬鹿でも国自体は大国だ。

 紅毛人の国は勝つ気だろうが、必ず勝てるとは限らない。

 勝てたとしても広大な大陸全てを支配下に置くまでには時間がかかる。

 その間に艦隊を作って紅毛人の国を迎え討つ体制を整える」


「それが宜しいと思われます」


「だがそれまで待つだけでは芸がなさ過ぎる」


「積極的に討って出るおつもりですか?

 建国王の政策により、異国にまで行けるような船の建造は禁止されていました。

 国内の貴族で異国に行ける船を持っているのは、リチャードソン騎士家とドロヘダ辺境伯家の属国だけです。

 王国海軍も沿岸を護る船しかありません。

 それでも大陸に船を派遣されるつもりですか?」


「俺が魔力を惜しみなく使えば、リチャードソン騎士家の船と同じ物は幾らでも建造できる。

 建造した後で俺の領民に船の操り方を学ばせる。

 王国海軍の兵士には、今ある沿岸船で行ける場所まで行ってもらう。

 できるだけ沿岸を進んでクランモリス辺境伯領まで行ければ、半島国には行ける。

 ドロヘダ辺境伯家の属国まで行けば、島伝いに大陸まで行けるだろう。

 国中の船が両家の港に停泊すれば、多くの金が落ちて財政的に助かるだろう」


「両家共に財政的には助かるでしょうが、領内は混乱しますよ」


「金儲けに苦労は付き物だ」


「それはそうでしょうが、ドロヘダ辺境伯家から大陸に渡るなら、夏から秋にかけては嵐が何度もやってきます。

 最悪貴族の船が全滅してしまいます。

 クランモリス辺境伯家から半島に渡るのも同じです。

 冬のあの海域は、波がとても激しく、船を簡単に転覆させてしまいます」


「貴族の船乗りも両家もバカではないぞ。

 危険な季節に船を出したりはしない。

 誰だって死ぬのは嫌なのだから、両家から海に詳しい水先案内人を雇うさ」


「両家はもちろん、全ての貴族にそう命じられてください。

 貴族の中には信じられないくらい愚かな者がおります。

 貴族の重臣も同じです。

 特に派閥争いや出世争いがからむと、身分の低い者の命も主家の利益も関係なく、他人を殺してでも自分の利益を手に入れようとするのが人間と言う者です。

 王太子も分かっておられるでしょうが、念のために申し上げておきます」


「そうだな、その点は厳しく命じておかなければいけないな」

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