第23話:大捕物

神暦2492年、王国暦229年6月4日:王都・ジェネシス視点


「建国王陛下から王家王国を護るために大領と多くの騎士を預かり、貴重な亜竜素材まで譲られた大公家の子孫ともあろう者が、国法を破るとは何事か!

 まして建国王陛下があれほど大切にされていた民を奴隷として異国に売り、王家王国の攻撃に使われかねない亜竜素材を異国に売り払うだと?!

 売国奴が!」


「だまれ、小僧!」

「そうだ、子供の分際で大公家の当主を捕らえるなど不遜すぎるぞ!」

「その通りだ、王宮での序列は余の方がはるかに上なのだぞ!」


「じゃかましいわ!

 家宝ともいえる建国王陛下の形見分けを売ろうとしておいて、何を言っている!

 お前達はその愚行で、大公家の一族や家臣からも見捨てられているのだ」


 見廻騎士団が命懸けの潜入捜査をしてくれた。

 王家王国の密偵達も負けじと働いてくれた。 

 互いに負けられるものかと競い合ってくれた。


 そのお陰で3大大公家が密貿易に加担している証拠を手に入れられた。

 もっとも、3大大公家の後宮を支配する御婦人方と令嬢方が協力してくれていなかったら、ここまで順調には行かなかっただろう。


 いや、そもそもこうも簡単の3人の大公を捕らえられなかった。

 各大公家の後宮が内部工作を行ってくれたから、大公家家臣の大半が素直に当主を差し出してくれたのだ。


 まあ、こいつらが建国王陛下の形見分けを異国に売り飛ばそうとしていなければ、ここまで見捨てられていなかっただろう。


 こいつらも運が悪かった。

 父王が王子や王女を婿や正室に押し込もうと大公家に圧力をかけていた。


 大公家は、慢性的な財政赤字で家臣の領地収入を取り上げなければいけないほどだったのに、莫大な金のかかる王家の王子や王女を押し付けられたはたまらない。

 ちょうど王家に対する怒りと屈辱感にさいなまれていた時だったのだ。


 そんな時に、更に腹立たしい存在、俺が急激に存在感を示しだしていた。

 男の嫉妬を刺激するような武功を立て続けにあげ、2度も凱旋パレードをした。


 彼らも1人だけなら思い切った決断ができなかっただろうが、幸か不幸か3人の大公家当主が同時に王都にいた。


 そこに俺が追放した騎士達が現われ、養子と嫁を押し付けようとする王家王国を苦しめるだけでなく、大金が手に入る方法を教えたのだ。

 王家王国に意趣返しができると思ってしまったのだろう。


 3人の大公はとても愚かだった。

 王家王国が苦境に立てば、これまで王家王国の威信を借りて偉そうにしていた自分達が滅ぶ事も理解できていない。


 王家王国が最も信頼し、最大の戦力を持つはずだった3大大公家の当主が、これほどまで劣化するとは建国王陛下も思っていなかっただろう。


 いや、建国王陛下といえども全知全能ではない。

『天下百年の計』を立てて建国されたとしても、200年以上先までは読めない。

 ここまで王家王国が持っただけでも奇跡なのだ。


「ジェネシス王子、この者達はわたくし達が責任をもって幽閉させていただきます。

 ですからご安心くださいませ」


「そうですわ、わたくしたちにお任せください」

「これ以上王子が気になさることはありません」

「わたくし達に任せてくだされば大丈夫でございます」

「このような者達の事などわたくし達にい任せて、属性竜退治に専念ください」


 1人の大公正室がそう言ったのをきっかけに、他の3大大公家の正室や側室、令嬢方までが自分達に任せて欲しいと言いだしてしまった。

 1日でも早く寿命を伸ばす属性竜の秘薬が欲しいのだろうな。


「それは絶対にできない。

 こんな性根の腐った者達でも3大大公家の当主だったのだ。

 命懸けで助けようとする家臣や領民が1人もいないとは思えない。

 助ける事で利を手に入れようとする者は掃いて捨てるほどいるだろう。

 そんな者達がこいつらを助けようとしたら、君達を罰さなければいけなくなる。

 俺を助けてくれた君達を罰さなければいけないなんて、絶対に嫌だ!

 だからこいつらは君達と全く関係のない貴族家に預ける」


「まあ、わたくし達の事をそんなに気にかけてくださっているのですか?」

「うれしいですわ、ジェネシス王子」

「ジェネシス王子がわたくし達の事を気にかけてくださっているのなら、この者達を領地や王都屋敷で幽閉したいとは言い張れませんわね……」


「貴女方がこの者達に肉親の情を持っている事は知っている。

 だが、この者達にその情が通じるだろうか?

 通じるような心ある者なら、民を奴隷として異国に売り払わない。

 貴女方を守る為に使うべき、健国王陛下が形見分けしてくださった、亜竜素材を目先の利のために売り払おうとはしない。

 この者達なら、逃げるために貴女方を平気で陥れ殺すぞ。

 どうか全て俺に任せてくれ」


 夫や父を俺に売った女性達が、皮肉だと受け取らなければいいのだが……


「そうでございますわね、いつ謀叛を起こすか分からないこの者の達を、王都で幽閉したいと言うのは、王子の負担にしかなりませんわね」

「領地に戻してしまったら、本当の事を何も知らない愚かな家臣や領民が、この者達を救い出して謀叛を起こすかもしれませんわね」

「そんな事になってしまったら、ジェネシス王子が安心して属性竜退治に行けなくなってしまいますわ」


 3大大公家の女性達は素直に俺の言う事を聞いてくれた。

 あまり魔力を使わないように、これからも俺の言う事を聞いてもらえるように、集団で10年ほど若返らせたのがよかった。


 元当主たちを幽閉先に送ったら、10代でも20代でも30代でも、好きな年齢にまで姿形だけ回春すると約束したのが良かったようだ。

 誰1人逆らう事なく元当主達を離島に送ることができた。


「ジェネシス王子、なぜ彼らをクランモリス辺境伯家に預けられたのですか?

 王都に戻り難い離島であるというだけなら、アシュタウン男爵家でもよかった。

 離島でなくても、王都のある本島とは違う島の貴族家でもよかったはずです」


 セバスチャンが真剣な表情で聞いてきた。

 昔からの側近達も、主だった家臣達も、真剣な表情をしている。


「クランモリス辺境伯家は元々我が国と半島国の中間にあり、両国の間で中継貿易をする事で生き延びてきた。

 我が国が統一され豊かになったから完全に服属しているが、大陸や半島に強大な国が生まれたら、そちらに寝返るかもしれない」


「確かにその通りですが、それは元大公達を預ける理由にはなりません」


「慌てるな、じっくりと話して聞かせてやる」


「はい、おねがいいたします」


「我が国が力を持ち、鉱山から湯水のごとく金銀が採掘されていた頃は、クランモリス辺境伯家を通じて半島国から貴重な生薬や産物を輸入していた。

 クランモリス辺境伯家も大いに潤っていた」


「はい、確かに建国当初はそうだったと聞いています」


「ところが、我が国の鉱山から金銀が採れなくなってきた。

 我が国では採取できない貴重な生薬や産物とはいえ、国内の金銀を不足させてまで輸入する事ができなくなった」


「はい、それで8代国王陛下が、半島でしか育たないかった生薬が育成できないか研究させられ、見事に成功させられたと聞いております」


「その結果、半島国との交易がほぼなくなってしまっている。 

 クランモリス辺境伯家のある離島は、穀物の育たない島だ。

 サウス島にある飛び地を入れても男爵家ていどの収穫しかない。

 辺境伯の位を与えられているのも、半島国に対して対等に交渉するためだ。

 本来の生産力で言うのなら男爵家なのだ」


「はい、その通りではりますが、まだ続きがあるのですか?」


「ああ、あるのだよ、最後まで聞いてくれ」


「……分かりました。

 もっと簡潔に説明していただきたかったですが、最後まで聞かせていただきます」


 俺の説明が下手だと言いたいのだろうが、丁寧に説明しなければ、新しく家臣になった武一辺倒の連中が理解できないぞ!


「クランモリス辺境伯家には、大陸や半島の国が攻め込んできた時に防いでもらわなければいけないのだ。

 我が国に帰属していた方が豊かで幸せに暮らせると思わせなければいけない。

 辺境伯家の体面を守るために商人から金を借りなければいけない。

 ろくに穀物が食べられず、魚や海草ばかり食べなければいけない。

 海が荒れる日が続くと、食べる物にも事欠くような生活はさせられないのだ!」


「なるほど、3人もの元大公を預け監視させる事で、支援金を与えるのですね」


「ああ、そうだ、支援金と穀物を与える。

 いや、今から大量の穀物を買い付けさせる」


「穀物を買い付けさせるのですか?

 今、我が国では金銀が不足していると話していましたよね?!」


「金銀は不足しているが、魔獣素材が数多く手に入った。

 大陸や半島の国でも滅多に手に入らない、高レベル魔獣素材が大量に得られた」


「……高品質の武器や防具に加工できる高レベル魔獣素材を輸出されるのですか?」


「こちらには巨大な亜竜2体分の素材がある。

 俺が狩った高レベル魔獣素材を全て輸出しても大丈夫だ。

 それよりも火属性竜による噴火に備えなければいけない。

 今この国では2体もの火属性竜が活発に動いているのだ。

 俺の討伐が間に合わず、2カ所で噴火が起こってしまったら、我が国の穀物生産力が半減してしまうのだぞ!

 民の半数が餓死するかもしれないのだぞ!

 穀物輸入は何を置いても最優先しなければいけない重大事なのだ!」

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