幼馴染彼女が寝取られたので、フィクションのふりをして実体験を小説化したら大成功した件
柚木崎 史乃
第1話
「
そう誘ってきたのは、同僚の
先日、社内のあるプロジェクトの一つが一段落したので、きっとその打ち上げも兼ねて飲みに行こうとしているのだろう。
しかし、あいにく今日は都合がつかず参加することができない。
「あー、ごめん。これから、ちょっと用事があって……」
「あっ……もしかして、彼女さんですか? 例の幼馴染の」
ハッと思い出したように、彼女はパンッと手を叩く。
「うん、まあね。今日は、久々にデートなんだ」
「そういえば……彼女さん、多忙だって言ってましたよね」
「というわけで、今日は先に帰るよ。本当にごめんね」
「いえいえ、気にしないでください。デート、楽しんできてくださいね!」
そう言うと、依藤さんは大きく手を振って見送ってくれた。
俺──
彼女の名は、
初めての出会いは、幼稚園の時だった。彼女は昔から人懐っこく、引っ込み思案でなかなか友達ができなかった俺に気さくに話しかけてくれた。
今でも、その時の光景がまるで昨日の出来事のように鮮明に思い浮かぶ。
家が近かったこともあり、俺と風夏が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
俺は、成長するにつれてどんどん彼女に惹かれていった。
高校生になった俺は、駄目元で風夏に告白してみた。
そしたら、風夏は「もちろん、喜んで。実は、私もずっと前から光くんのことが好きだったの」と快く承諾してくれた。
なんでも、今まで告白されても断り続けていたのは俺のことが好きだったからだそうだ。
風夏は、俺にとって初恋の相手だ。まさか、彼女と付き合える日が来るなんて夢にも思わなかった。
それから、十年が経ち──今、俺は風夏にプロポーズをしようと計画している。
──やっぱり、今日プロポーズしようかなぁ。
本当は、一ヶ月後の彼女の誕生日に合わせてプロポーズをする予定だった。
でも、毎日そわそわしてどうにも落ち着かない。
それに、風夏は多忙だから誕生日当日に会えるとは限らないし……。
──よし、決めた。今日にしよう。
そう決心すると、俺は一旦家に指輪を取りに帰り、軽やかな足取りで待ち合わせ場所へと向かったのだった。
一時間後。
「……遅いな。風夏、どうしたんだろう?」
風夏にLINEメッセージを送ってみたものの、一向に既読が付く気配がない。
──もしかしたら、急に予定が入って来れなくなったのかな。
風夏は超多忙だ。というのも、彼女は今をときめく売れっ子作家だからだ。
六年前──大学在学中にある大きな賞を取って作家デビューしてからは、息つく暇もなく執筆に励んでいる。
もしかしたら、担当編集と急な打ち合わせが入ったのかもしれない。
「まあ、仕事なら仕方ないよな……」
残念に思いつつも、俺は帰路につく。
なんだか、最近ますます風夏が遠くに行ってしまったような気がして寂しい。
彼女の活躍を嬉しく思う反面、小説に彼女を取られたような気分になり、なんとも言えない複雑な気持ちになる。
「さてと……ウジウジしていても仕方がないし、こっちはこっちで趣味を満喫しますか」
帰宅し、シャワーを浴びて一息ついた俺は、キンキンに冷えた缶ビール片手にスマホを弄る。
そして、いつも通り自身のSNSアカウントをチェックした。
『今回の新作短編もすごく良かったです! やっぱり、ジョン・ドゥさんが書かれる話は面白いですね。夢中になって読んでしまいました。ちゃんとした感想はDMで直接送らせていただいたので、後で確認してもらえると嬉しいです』
一人のフォロワーから、そんなリプが来ていた。
そう、何を隠そう、俺自身も物書きの端くれなのだ。十年ほど前──高校生の頃から、『ジョン・ドゥ』名義でファンタジー小説を執筆している。
といっても、風夏のように執筆を生業にしているわけではないのであくまでも趣味の範囲なのだが。
『ウィステリアさん、いつも感想ありがとうございます。後で確認しますね』
そう返事をすると、俺は缶ビールをグイッとあおった。
このウィステリアというフォロワーは、かれこれ二年くらい前から俺のファンで居続けてくれている。
無名の俺なんかの作品を読んでくれるだけでも有り難いのに、そのうえ、毎回感想までくれるのだ。
ずっと昔──風夏にも、自分の小説を見せたことがある。
でも、彼女が書いているのはいわゆる一般小説なので、俺が書いている話は正直読んでもよくわからないと言っていた。
小説を見せるたびに「私、ちょっとラノベ系とかには疎くて……」と首を傾げられてしまったので、社会人になってからは一切自分の小説を見せていない。
──まあ、俺の小説なんて所詮下手の横好きだしなぁ……。今思えば、見せることすらおこがましかったのかもしれない。
『最近、ちょっと自信喪失気味かも。身近にすごい人がいるせいか、劣等感が半端ない。その人に比べたら、自分なんて……と思ってしまう』
気づけば、自身のアカウントでそう呟き、心情を吐露していた。
「あ、やべ。このアカウントではあんまりネガティブなことは言わないようにしていたのに。……急いで消そう」
そう思い、ツイートを削除しようとする。
すると──
『私は、そうは思いませんよ。ジョンさんは、もっと自分に自信を持つべきです!』
ウィステリアからのリプだった。
『すみません、ネガティブなことを呟いてしまって』
『あ、いえ。こちらこそ、すみませんでした。差し出がましいですよね……』
『そんなことないですよ。むしろ、励ましてもらえて嬉しかったです』
気まずい空気を払拭するように、俺はそう答えた。
──うわああ、やっちまった……! できれば、貴重なファンの前では弱い部分を見せたくなかったのになぁ……。
後悔していると、先程のツイートに更にリプが付く。
今度は誰だろう? そう思いつつ、確認してみる。
『そのまま消えろよ。いつも、ゴミみたいな小説上げやがって』
蓋を開けてみればアンチだったので、テンションがだだ下がりする。
しかも、こいつ……いつも俺が新作を上げるたびに絡んでくる奴じゃないか。
「はぁ……ブロック、ブロックっと。まあ、どうせまたアカウントを作り直して絡んでくるんだろうけど」
小さくため息をつくと、俺はアプリを閉じたのだった。
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