第14話 商店街での講演
あっという間に学園祭は終わった。マイはヘトヘトに疲れてしまった。
「今日はほんとうにおつかれさま。さあ、あと一仕事、最後まで気を引き締めていくわよ!」
放課後になって合流したスズやセンナとともに、ほかのクラスや部活が片づけをしているのを横目に、サナエ先生の車に、講演に使う機材や資料を積み込む。
車の中がいっぱいになったので、サナエ先生は先に商店街の会館へ向かった。
「なんだか、緊張するよね」
商店街の会館へ向けて歩きながら、リンがつぶやいた。
「え、リンちゃんも緊張するの?」
リンも緊張していることを知って、マイは少しほっとした。
「二人だけじゃないぞ。わたしだって、とても緊張しているぞ」
センナが、二人に言った。表情はいつもと同じだが、おそらく、緊張しているのだろう。
「ふふ、みんな、がんばりましょうね」
スズは、いつもどおりの顔だ。
商店街の中を歩くと、お店で働いている人たちがたくさんいる。
(この人たちも昔、富詩木中学校の二宮金次郎の像のオカルトにふれてきたのかな?)
「みなさん、ごくろうさま。今日はきてくれてありがとう」
会館までくると、商店街の会長が出迎えてくれた。
会館の中は畳張りで、広い。畳の上に、いくつもテーブルが並べてある。
「もうすぐ、商店街の人たちがくるから、準備をお願いしますね。とても楽しみだなぁ」
サナエ先生が車で運んできてくれた機材を、みんなで会館の中に運び込む。
スズとセンナが、パソコンを、コードでプロジェクターにつないでいく。部屋の前方に設置した大きなスクリーンに、パソコンで作った資料が映し出される。
マイとリンは、印刷した資料を、順番に気をつけてテーブルの上に並べていく。
「準備ばんたんね。なんだか、準備が終わったら、緊張してきたわ」
「え、スズ先輩も緊張するんですか?」
「それは、するわよ。人の前に立つ時には、いつもね」
マイは、スズは緊張とは無縁の人だと思っていた。
「でもね、きっといい思い出になるかなって思って、やっているの。マイちゃんも、コンサートを見に行ったり、遊園地に遊びに行ったりする時は、ワクワクするわよね」
「たしかに、ワクワクします」
「あれも、緊張の一つなのよ。だから、緊張したら、ワクワクしているんだって、わたしは思うようにしているのよ」
マイは、スズは何でも楽しめる人なんだな、と思った。そういう性格は、うらやましい。
「もちろん、みんながそうではないことは分かるわ。失敗したらどうしようとかって思っちゃうのもね。でも、やっぱり、楽しんじゃおうって思うと、少しは気分が晴れるわよ」
スズがニコリと笑ってくれる。
「わたし、まだ楽しむとか、そういうふうにはなれません。でも、困ることがあっても、リンちゃんや、スズ先輩、センナ先輩が助けてくれるんじゃないかなって思ってるんです。こんな、人をたよって、緊張をやわらげてるのは、ダメなのかもしれませんけど」
「ダメなんかじゃないわよ。わたしだって、中学生になったばかりのころは、先輩にたよってばかりだったもの。そうやって、一歩一歩、進んでいけばいいのよ。それにわたしも、最初にマイちゃんに入部してもらおうって、たよっちゃったしね」
スズは舌を出して、照れたように言った。
マイは、やはりまだ緊張する。楽しもう、というのは難しい。でも、オカルト研究部のみんなが助けてくれる。いまは、そう考えていていいのだと思った。
会館は、続々と集まる商店街の人たちで埋まっていく。
よく見ると、学園祭を見に来てくれた、リンのおじいさんの姿もある。
「みんな、頑張ってね!」
サナエ先生に送り出されて、オカルト研究部のみんなは、集まった人たちの前に立った。
商店街の会長が、マイクを持って、オカルト研究部を紹介する。
会館に集まっている人たちが、マイたちに注目しているのが分かった。
マイは、緊張で手と足の指先が、どんどん冷たくなっていくのを感じた。
「富詩木中学校の二宮金次郎の像は、先日の地震で、残念ながら壊れてしまいました。でも、ここにいるオカルト研究部のみなさんが、二宮金次郎の像のことを、きちんと調べてくれました。わたしたちの思い出の二宮金次郎の像について、今日はゆっくりとお話を聞かせてもらいましょう。それでは、オカルト研究部のみなさん、よろしくお願いします」
パチパチと大きな拍手が起こる。こんな大きな拍手を浴びるのは、はじめてだ。
(拍手されるのは、うれしいことだって思っていたけど、こんなに緊張するんだ!)
商店街の会長が、会館の明かりを暗くすると、プロジェクターからスクリーンに向かって一直線に伸びる光の中を、勢いよく、ほこりが舞っているのが見えた。
スクリーンに映し出された資料の映像の前に、スズがマイクを持って進み出た。
「み、みなさん。こんばんは!」
スズが、かんでしまっている。でも、スズは、一度話を区切って、大きく深呼吸して、
「今日は、わたしたちオカルト研究部の講演にきてくださって、ありがとうございます」
体制を立て直して、スラスラと話していく。
「わたしたちは、二宮金次郎の像のオカルトについて、調査をしてきました。二人の新入部員の活躍もあり、二宮金次郎の像のオカルトが、どのように伝えられ、どのように変わってきたのかが分かりました。ぜひ、わたしたちの発表を、聞いてください!」
会館からは、改めて拍手が沸き上がる。期待をしてくれている証拠だ。
スズがセンナにマイクをわたす。
センナは前に進む。顔色は変えていないが、歩き方がどこかぎこちない。
「まず、二宮金次郎の像の移り変わりについてです」
センナが、スクリーンに映し出された写真を指さしながら解説する。
富詩木中学校の二宮金次郎の像は、戦時中に、金属を戦争で使うために持っていかれたこと。戦争が終わってから、新しい像が作られたこと。その像も30年前に老朽化が原因で取り壊されたこと。15年前、学校と商店街の話し合いで、座っている像が作られたこと。そして、今年の地震で像が壊れてしまったことを、順を追って説明する。
次に、中央中学校では、35年前に、本を読む機能がついている二宮金次郎の像が建てられたこと。しかし、すぐに本を読む機能が壊れてしまったことまでを説明した。
商店街の人は、時おり、懐かしいね、なんて言う声をあげる人もいる。
暗くなった部屋でも、商店街の人たちが豊かな表情を浮かべていることが分かった。
(懐かしい思い出って、いいものなんだな)
続いて、センナからマイクを受け取ったリンが前に出た。
「次に、二宮金次郎の像のオカルトについてです」
リンは、富詩木中学校では、60年前には、夜に二宮金次郎の像が歩いたり走ったりするオカルトの話があったこと。30年前には、夜な夜な本を読む声が聞こえ、それを聞くと呪われる話がつけ足されていたこと。老朽化で取り壊されてなくなっている間は、オカルトは語られていなかったこと。そして、いまは、本を読んでいる声を聴くと呪われる話だけがあることを説明する。
会場からは、「へーそうだったんだ」「たしかに、学校に通っていた時は、そんな話があったなあ」と声があがる。オカルトの話をしているのに、楽しそうな表情だ。
(懐かしい思い出って、こんなに人を幸せにするんだ)
リンは、続けて中央中学校では、二宮金次郎の像ができる前は、オカルトはなかったこと。35年前に立った姿の像ができてから、夜に歩いたり走り回ったりするオカルトが語られるようになったこと。そして、すぐに本を読む機能が壊れ、突然本を読み出す音声が流れてしまうようになったのがきっかけで、夜に大声で本を読むオカルトができたことを説明した。
次は、スズがリンからマイクを受け継ぐ。
「では、ここから分かったことです」
スズは、二宮金次郎の像の形が変わると、オカルトがかわること。富詩木中学校の、夜に本を読むオカルトは、35年前に中央中学校から伝わっていたこと。そして、話が伝わったのは、リンのおもちゃ屋さんでの、富詩木中学校と中央中学校の生徒同士の交流からだったことを説明した。
集まった人たちからは、驚嘆の声があがる。
(昔の懐かしい思い出って、まだみんなの心の中に生きているんだ! もしかして、これが、リンちゃんのおじいさんが言っていた、二宮金次郎が、オカルトの中で生きているってことなんじゃないかな?)
ただ、そんなことを考える時間はあまりなかった。
(次は、わたしの番!)
自分はきちんと話せるだろうか。そして、自分の話を、みんな聞いてくれるだろうか。
スズからマイクを受け取り、ステージの前に進む。
大勢の人の視線を感じて、チラと、話を終えたみんなを見る。みんな、マイの方を見てくれていた。みんなが、後ろについていてくれることで、安心した。
マイは、一度大きく深呼吸して、
「二宮金次郎の歴史についてです」
二宮金次郎が、はじめは貧しかったこと。それでも、頑張って勉強をしたこと。そして、飢饉から農民を救ったこと。枡の大きさを統一して、不平等な枡を使って米を着服していた役人の不正をなくし、農民を苦しみから救ったことを話した。
そして、こうした功績をたたえて、子どもたちのお手本にするために、学校に銅像が作られるようになったことを説明した。
「そうだったんだ!」
「二宮金次郎は有名だけど、ここまで詳しくは知らなかったよ」
と、会場から声があがり、商店街の人たちが笑顔になっているのが見えた。
その笑顔を見ると、リンのおじいさんが、オカルトの中で、二宮金次郎は生きている、と言っていた、その意味も分かってくる。
(あっ!)
マイは、頭の中を電撃が走ったかのように、突然、肝心なことに気づいた。
(リンちゃんのおじいさんにお話しを聞いたとき、二宮金次郎の像が倒れて、誰もケガをしなくてよかったって、みんなで話していたって言っていたけど、大切な二宮金次郎を悪い人にしたくはなかったんだ。だから、長い時間がたっても、オカルトとして、みんなの心の中で、生き続けていたんだ。それも、幸せな記憶の一つなんだ)
ついに、心の中で考えがまとまった。
「あの! わたし、一つだけ、思っていることがあるんです!」
集まった人たちが、いっせいにマイに注目した。
チラっと、みんなの方をみると、マイが練習とは違うことを言い出したので、驚いて不安そうな顔をしている。
でも、これだけは、どうしても伝えておきたい。じゃないと、今回の調べてまとめたことが、完成しない気がするのだ。
「二宮金次郎は、とても愛された人だったと思うんです。そして、たくさんのよいことをしてくれました。多くの人が、そんな幸せな記憶を、ずっと忘れたくないって思っていたんだと思います。銅像にしたのもその一つだと思います。でも……」
マイは、おもいっきり息をすう。
「それだけじゃなかったんです。みんなが、ほんとうに大切に思っていたからこそ、思い出が、心の中で生きていたんです。それが、ずっと伝わってきたからこそ、二宮金次郎の時代を知らない人も、ほんとうに生きているように、二宮金次郎の姿を思い浮かべたんだと思います。二宮金次郎の像が動いたり本を読んだりするのは、おそろしいオカルトです。でも、そのオカルトは、生きているように二宮金次郎を身近に感じたかったからこそ、考え出されたんだと思うんです。だから、二宮金次郎のオカルトが、長い時代をこえて、怖いけれど楽しい思い出として語り伝えられてきたんだって、わたしは思います」
会場は静まり返っている。不安がマイの中にわいてくる。
「すごい! そうかもしれない!」
暗くて誰が言ったのか分からないが、聞いていた人の一人がさけんだ。
「わたしのおじいさんも、二宮金次郎は偉い人だって、ずっと言っていたぞ!」
「きっとそうね。オカルトは怖かったけど、きっと、見守ってくれていたのよ!」
あちこちでガヤガヤと声がもれ、パチパチと盛大な拍手が沸き上がる。
「あ、ありがとうございました!」
マイは、深々と頭を下げた。
ほかのみんなも、一歩前に出て、頭を下げた。
拍手は、しばらく鳴りやまなかった。
講演が終わってから、オカルト研究部のみんなは、会館にきてくれた商店街の人たちの質問攻めにあった。
昔のマイなら、逃げ出したくなっただろう。でも、いまは、きちんと答えられる。
最後の一人の質問への対応が終わると、商店街の会長がお礼を伝えてきた。
「今日はほんとうにありがとう! 正直に言うとね、オカルトの話だから、みんな怖いな~とか、そんな非科学的な話ありえないよっていうような反応をすると思っていたんだよ。でも、商店街のみんなが、こんなに楽しそうに聞いてくれるなんて、ボクも驚いたよ。そして、とても感動したよ。中学時代の懐かしい思い出がよみがえってきてね」
商店街の会長の目がうるんでいる。
「今日は素晴らしい講演をありがとう!」
商店街の会館に持っていった機材を片づけるために学校に戻る。
生徒たちはもうとっくに下校してしまっている。
サナエ先生は、職員室に報告に行ったので、後にはマイ、リン、スズ、センナの四人が残された。
薄暗い蛍光灯にぼんやりとうつしだされる廊下に、四人の足音だけが響く。
「なんか、お化けでも出そうですね」
「え、お化け! 大歓迎よ!」
スズはやっぱり、オカルトが好きなんだな、と思うと、おかしかった。
部室は、まだ片づけていない展示物で狭くなっている。
「片づけや反省は明日にすることにして、今日はおつかれさま。展示も講演もうまくいって、ほんとうによかったわ」
ただ、スズはマイに向き合い、
「でも、一つだけ言わないといけないことがあります。マイちゃん!」
「は、はい!」
「練習にないこと、突然言い出したから、びっくりしたわよ」
マイは、みんなに心配をかけてしまったことが申し訳なくなった。
でも、センナが横やりを入れる。
「スズ先輩だって、たまにアドリブで話をするじゃないですか。マイはあの場で考えついたんだよな? それなら、相談するヒマもないし、とってもよかったぞ」
「わたしも、マイはとっても勇気があったと思います。あんなにかっこよく話すんだから、びっくりしちゃった」
リンも、ニコニコしている。
「べ、別に、わたしも、悪いって言っているわけじゃないわよ。とてもよかったと思うわ」
スズが言うと、リンもセンナもアハハ、と笑った。
みんなはそう言ってくれるが、心配をかけてしまったことは事実だ。
「あの……。商店街の人たちの、昔を懐かしそうに思い出している顔を見たら、急に、二宮金次郎の像のオカルトが、長い間語り伝えられてきた理由を思いついちゃって。ここで言うしかないって思っちゃったんです。でも、みんなに心配をかけてしまいました。ほんとうにすみませんでした」
マイは頭を下げた。
「ううん、これからもよろしくお願いするわね」
スズがニコッと笑ってくれたことで、マイはほっとした。
商店街の会館へ持って行った荷物を置いて、みんなで下校する。
玄関を出たすぐ先に、切り株に腰をかけて本を読んでいる二宮金次郎の像のあった台座が、外灯に照らされて、さみしく映し出されている。
「ここで、スズ先輩に声をかけられたんですよね」
もしあの時、スズに声をかけてもらなければ、いまのマイは、部活に入らず、人と話すのも苦手なままだったかもしれない。
「正直、いま、こうしているのが、うそみたいなんです。これだけ、知らない人と、おしゃべりしたことはありませんでした。いままでの知らない人との会話の数を、この短い期間でこえちゃったかもしれません!」
マイが言うと、みんなはアハハと笑った。
「二宮金次郎のおかげかな」
みんなは、もう何もなくなってしまっている、二宮金次郎の像があった台座をしばらく見つめていた。
マイは、オカルトでもよいので、二宮金次郎が歩いて戻ってこないかな、と思った。
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