和宏・優人編

0・プロローグ

 消えゆく景色。

 見慣れない風景。

 脳を支配する音楽。


佳奈かな

「私は大丈夫」

 三兄弟の長子である和宏かずひろは、中間子である佳奈に手を伸ばす。

 どちらかと言うと力が強いのは、妹である佳奈であった。この力は、心の安定に左右される。

優人ゆうと?」

「うん?」

 なので和宏が心配しているのは、末っ子の優人の方。感受性が豊かで、人懐こく表情も豊かだ。

「握れ」

 兄の言葉に、優人は視線を下ろす。

「まてまて、どこを握ろうとしてるんだ」

「うん?」

と、優人。

「可愛く首を傾げるのはやめろ」

「兄さんのケチ」

 ぷくっと膨れる弟、優人に眉を寄せ困った表情をみせる和宏。和宏の右隣に立っていた佳奈が笑っている。


「ケチとかそういう問題じゃない」

「兄さんはさー。冗談も通じないし、すぐ怒るしさ」

 優人は不満そうに。

「怒ってねーよ」

「怒ってる」

 和宏の言葉に視線を背ける、優人。

「だから、怒ってねーって」

 必死の和宏に、肩を揺らし口元にこぶしをあてる佳奈。いつもの光景だ。甘えたでかまってちゃんの末っ子は、いつでも和宏を困らせる。

 両親のいなくなった自分たちにとって、長子である和宏は二人の親代わりのようなモノだ。

 和宏を困らせることで愛情を試す優人に、佳奈は優しい瞳を向ける。

「俺が、いつ怒ったってんだよ」

「今!」

「あーはいはい、悪うございましたよ」

 和宏は、優人には甘い。

 あの出来事を自分のせいにでもしているのだろうか?


「優人、手」

 時を超える時。自分たちは迷子にならないように。決してバラバラにならないように、こうして手を繋ぎ互いの存在を感じてきた。差し出された手を見つめる、優人。もう子供ではない。その気持ちが躊躇ためらわせるのだろうか?

「佳奈の方がいいか?」

 和宏は少し寂しく思いながらも、優人に問いかける。

 すると彼は、

「ううん」

と首を横に振り、

「兄さんがいい」

といって和宏の手を握る。

 和宏はホッとした。

「兄さん」

「ん?」

「お姉ちゃん」

「どうしたの? 優人」


───なんで、俺はお兄ちゃんじゃないんだ?


 和宏は素朴な疑問を抱きつつ優人を見つめる。

「大好きだよ」

 いつまでたっても子供な優人に、二人は笑みを溢す。

「行くぞ」

 和宏は二人に交互に視線を向けると、二人は力強く頷いた。



 あの日俺たちは、間違った門をくぐってしまったんだ。そうでなければ、こんな事態には陥らなかったはず。

 全ては自分のミス。愛しい弟を危険に晒し、俺たち兄弟は時の逃亡者となった。

 それでも、後悔はしていない。俺が守るべきなのは。


『世界で一番大切な君へ』

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