第14話 大高さんのアパートへ

 田原のマンションへ戻り、今日あった話をする。

「あのさ、実は私、その噂聞いてた。

 千夏がアルバイトしてた店でさ、私もよく行ったから他のアルバイトの子が話かけてくれて。その時そんな話になったんだ。

 その頃は千夏ももう辞めてたから、結構言いたい放題で…。もちろん、千夏に対しては悪口ではないよ。でも、気分のいいものではなかったかな。

 でも、旦那さんと結婚するって聞いて、本当でも嘘でも、千夏には絶対私から聞かないでおこうって思ってたの。」


「うわっまさかの田原も聞いてたんだー。気を遣わせてたんだね、ごめんね。

 なんかね、私もバイト辞める前に、コソコソ話してるのちょっと聞こえてたんだ。

 はっきりとは聞こえなかったから、私の勘違いかなと思ってたんだけど…。聞こえた時も、話してた子に聞いたら、“全然千夏に関係ない話”って言ったし。」


「本当のところはどうなの?旦那さんに何か聞いてないの?」


「全く。相当の嘘つきじゃなければ、知らないと思う。」


「ずっと隠してるとか?」


「んー…もし本当で、認知してたら、養育費とか払うよね?でも、私が家のお金の管理を全部してるから、その気配は無いよ。」


「そっか、じゃあ旦那さんも知らないのかもね。大高さんも何で言わなかったんだろうね?」


 2人で話したけど、はっきりとした答えは出ない。本人から聞いていないので、大高さんの考えが分かるわけないのだ。


 やっぱり、大高さん本人を探さないといけないと思った。


「私、この年賀状の住所に行ってみる!」


 住所はネットで検索する。

 番地も書いてあるし、アパートなので、すぐにそこだと分かった。

 後は、そこにまだ住んでいるかどうかだ。


 千葉県だけど、東京の田原の家からはそんなに遠くない。

 さっそく現地に行って、アパートを探した。

 携帯を見ながらだったので、案外あっさり見つけることができた。


 各部屋の扉周りとか、ポストとか確認するけど、表札も無いしどこにも名前が書いてない。


 全部の部屋にピンポン鳴らして確認しようかと思ったけど、勇気が出ない。

 誰かこのアパートに出入りする人に尋ねようかとも思ったけど、タイミング良く出入りする人もいない。

 いろいろ迷った挙げ句、近くに公園があったので、そこにあるベンチに座り、大高さんか娘さんらしき人が来ないか見張ることにする。


 お昼前から1時間ほど座っていたら、すごく体が冷えてしまった。

 まあまあいい天気なのだけど、ちょっと曇っていて、じっと座って動かなかったら1月はやっぱりすごく寒い。


 …よく考えたら、平日の昼間は仕事に行ってて、会える可能性はかなり低いと思った。

 それにこのままいたら凍えるし、長時間いるのも怪しいかもしれないと思った。


 本当にここに住んでいるなら、一日中でも待つ甲斐があるけど、ここにいるかどうかも分からないと、気持ちも折れる。


 一旦離れて近くの喫茶店で時間を潰して、夕方また公園に戻り、暗くなるまで待つことにする。でも冬は暗くなるのが早く、街灯はあるけど顔が全然見えなくなったので、田原の家に戻った。


 田原に相談したけど、やっぱりピンポンして回るか、待つかの2択じゃないかということで、次の日もう一度アパートに行ってみる。

 今度は夕方に着いて、とりあえず公園で待ってみて、暗くなって見えなくなったらピンポンして回ることにした。


 アパートに着いて、また周辺をウロウロしていたら、ポストからはみ出してる郵便物がいくつか目に入った。

 ドキドキしながらそっと宛名を確認すると、そのうちの一つの宛名に“大高 三知瑠様”と書いてある。


 やった!見つけた!!


 私はすごく嬉しくて、バンザイして飛び上がりそうになった。


 これなら待てる、ずっと待てると、そう思ったけど、よく見たら郵便物が飛び出しているのは、いっぱい過ぎて入りきらないからで、ずっとここに帰ってきていないかもしれないと思った。


 実家に帰ってるのかな…?


 実家に行ってみようか?


 でも、実家なんて行ってしまったら、大ごとになっちゃうかな?


 いや、そもそも今まで黙っていたものを、オープンにしてしまったら、自分の首を絞めてしまうことになるかも…。


 …やっぱり、大高さんに会うのはやめよう。全部知らないことにしよう!

 自分からパンドラの箱を開けるのはやめる。

 本人たちが今まで黙っていたことなら、私もこの先も知らないままでいいことにしよう。


 私は大高さんを探すのをやめて山口の家に帰ろうと思った。


 アパートの出口へ向かおうと踵を返すと、そこから入ってくる人影を見た。

 パッと見て、大高さんの娘さん[みけりす]だと思った。


 目が合った瞬間、

 「あ…」と言葉が漏れてしまう。


 大高さんの娘さんらしき人は怪我な顔をした。


 しまった!

 と思ったけど、そのまま去る訳にもいかない雰囲気だったので、

「あの…、大高さんでしょうか?」

と声をかけてしまった。


「どちら様ですか?」と聞いてくる。


「あの、私、大高三知瑠さんの知り合いで柳井…じゃなくて、横川といいます。」


 大高さんの娘さんらしき人は、アッという顔をする。その後

「…ご用件は…?」

と言って目を逸らした。


 その様子が、私が何故ここに来たかを全部分かってるんじゃないかと思わせた。


「あなたが[みけりす]さんですよね?」

 唐突かな?とは思ったけど、回りくどい話は全部省いて本題に入る。


 大高さんの娘さんらしき人は「…はぁ、」と溜息をつき、

「まさか、こんなとこまで押しかけてくるなんて…。」

 とすごく嫌そうな顔をした。

 でも、しょうがないといった様子だ。

 

 寒いけど、すぐ近くの公園のベンチで話することにした。

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