第6話 元新聞記者

 中森さんに客間に入ってもらい、長方形の座卓を囲むように、一辺に1人ずつ、3人で座る。


 中森:「この前は、どうもごちそうさまでした。」

 父:「いやいや、でも[キシャル]くんが記者だとはね、意外でびっくりしたよ。」

 中森:「みんな素性隠してますもんね。ああいった会で隠しもせずお話されるのは、柳井田さんみたいに自信のある方だけだろうなぁと思ってました。あ、もちろん褒め言葉ですよ。」


 父:「いやー、ワシゃ全然自信なんてないよ。で、私に聞きたいこととは何かな?」


 中森:「はい、ご存知だとは思いますが、最近あった[まいうい]さんの事件について調べています。ご存知ですよね?

 私はもともと東京の新聞社に勤めてたんですね。今は辞めちゃいましたけど。その時は主に軟派とかエンタメの記事担当だったんです。

 とは言っても[まいうい]さんにも、そのグループにも取材したりネタを扱ったことは無いんですが。

 事件がある少し前からその時の元同僚に連絡を取ってたんです。今は週刊誌を発行してる会社に転職してる人なんですけど。 

 って余談になりましたが…、色々ありまして、オフ会の参加者にちょっと取材をすることになったんです。」


「そっかぁ…、よく分からんけど。

 協力できるものならしてあげたいけど、そんな話することもないし、ある事無い事書かれるのはもちろん困るよ。」


 中森:「無い事は絶対書きません。今は昔と違って、コンプライアンスとか厳しいので、そこは遵守しますし、させます。個人情報保護法も、もちろん守ります。」


 父:「うん、でも[まいうい]ちゃんと話したことはほとんど覚えてないし、もちろん連絡先も知らないよ。あの後はゲームも全くしてないし。島丘…じゃあなかった、[オカジ]には会ったりした?」


 中森:「はい、[オカジ]くんにはもう会ってきてます。あの会のサブ主催者ですし。

 それと同じ山口の[あいを]さんはたまに連絡取ってます。

 [ゼットロス]さんにも連絡入れてるんですが、こちらはまだ。一番会いたいところなんですけどね。」


 父:「[オカジ]くん達は何か参考になるようなこと言ってた?」


 中森:「んー、まあ殆ど参考にはならない感じですかね。内容は言えませんけど。」


 父:「そうだね、でもワシもきっと同じだよ。」


 中森:「柳井田さんに聞きたいのは、[みけりす]ちゃんのことです。[みけりす]ちゃんが酔い潰れて送っていかれましたよね?その時のことが聞きたいです。それから連絡先って聞いていませんか?」


 父:「あー…あの後ね、まあホテルまで送って、無事に…、それだけやけえ。それと、連絡先は聞いてない。」


 中森:「そうですか…。まあ、もし何かあったとしても、娘さんの前だと話辛いですよね?」


 父:「いや、そうそう、そんなやましいことはないよ!全然、全然、全く…。」


 麻智は、なんて分かりやすいリアクションしてるんだと、ちょっと苦笑いする。


 中森:「ところで、奥さんは無事に見つかりました?」


 父:「え⁉︎な、なんで妻のこと…⁉︎」

 父ちゃんはもちろん、麻智もびっくりする。何で中森さんが、母ちゃんの家出のことを知っているのか…?


 父:「まさか、[オカジ]くんが知ってた…とか?」


 中森:「いえ、[オカジ]くんは全然そんな素振りは無かったですよ。安心してください。あの子は素朴で、いい感じですよね。」


 父:「そうなんだ、若いってだけじゃなくて、素直でカワイイ子なんだよなぁーって、そんな話じゃなくて。」


 中森:「なんで私が柳井田さんの奥さんのことを知ってるのか、ってことですよね?

 実は、柳井田さんが奥さんの捜査願いを出しに警察に行かれた時、たまたまそこに私がいたんです。ちょっと別件の取材をしてたので。」


 父:「あー、あの時…。入り口で対応してくれた人に話しよったけえか。そうか周りに人がいたなぁ。でも全然気が付かなかった。」


 中森:「なんか、声掛ける雰囲気じゃなかったので。

 聞くのも悪いかなと思ったんですけど、結構大きな声で話されてたので、聞こえてしまいました。すみません。」


 父:「いや、いや。まあ、しょうがないことで…。」


 中森:「あのタイミングで、奥さんの家出ですよね?もしかして[みけりす]ちゃんと何かあったのかなぁと思ってました。

 [まいうい]ちゃんの件が無ければ、よくある話だとしか思ってませんでしたけどね。」


 父:「よくある話か…。そうだよなぁ、ワシが浮気して奥さんが家出したって、世間は普通そう思うよなぁ…。情け無いな、カッコ悪い。」


 中森:「いえそんな…、カッコ悪いとかないですよ。」


 父:「でもね[キシャル]くん、本当にワシは[みけりす]とは何もなかったんだ。[みけりす]がすごく落ち込んでたから放っておけなくて話を聞いてただけで、良かれと思っただけなのに、こんなことになって…。」


 父ちゃんはオフ会の後に自分に起こった出来事を、正直に全部話した。


 中森:「そうなんですね…。かなり怪しい話ですね…。聞いた限りでは、詐欺か美人局のような匂いがしますね。」


 麻智:「やっぱりそう思います?」


 中森:「ホテルに行ってから、他の人には会いませんでしたか?

 [まいうい]ちゃんとか、[ゼットロス]さんとかは?」


 父:「いや、会ってない。あの後皆は遅くまで飲んでたんやないんか?」


 中森:「そういう人もいますが、さっさと帰った人もいるので。でも、会ってないのならいいです。

 話を戻しますが、あの日、1次会が解散になって、2次会へ行く途中、柳井田さんはそんなに酔ってるようには見えなかったですよ。

 [みけりす]が店を出たくらいで具合が悪くなって座り込んでしまった時も、冷静に対応されてました。だから彼女の事を柳井田さんにお任せしましたので。

 それに、1次会の時に奥さん自慢とお酒自慢されてて、“ワシは酒一升開けたこともあるけど、酔い潰れたことないんだ。それに酔った時が1番家に帰りたいと思うからね、酔えば酔うほど帰巣本能が働くんだ。”って話してたので、あの状態の後で缶ビール1本で眠り込むかな?って感じです。

 まあ、あの日初めてお会いしたので、柳井田さんのことはよく分かりませんし、体調もその日によりますけど。」


 父:「ワシのお酒の話は本当だし、あの日は体調良かったよ。全然疲れてもなかった。」


 中森:「缶ビールを開けた後、その缶から目を離したりしました?」


 父:「あー、そうだな…ああ、トイレに行ったな。

 どうしても我慢できなくてね。でも流石に部屋のトイレを使うのは気が引けて、廊下のトイレに行ったんだ。そのタイミングで帰ればよかったんだろうけど、[みけりす]が『松下村さん、まだ帰ったりしませんよね?』って念を押すもんやけえ、ちゃんと開けたビールは飲み切ろうと思って、戻ったんだ。」


 麻智は中森さんと顔を見合わせ、コクンと頷く。


 中森:「きっとそのタイミングで薬を盛られたんですね。」

 麻智:「父ちゃんさ、そのトイレに行くタイミングで帰るべきだったよ。

 いや…そもそもだけど、一緒にタクシーに乗る時点でダメだよね、少し酔いが覚めるまで待って1人で帰らせるか、女性の人に任せればよかったんだよ。父ちゃんは独身じゃないんだし、素性の知らない初めましての人たちの集まりで、ガードがユル過ぎ。」


 父:「そんな事言ったって、すごく若いし、そんな悪い子には見えなかったんだよ…。」


 麻智:「お人好しじゃん!父ちゃんは自分が“おっちゃん”だからって気ぃ抜いて、いいカッコ付けて!そのせいでこんなことになって…!母ちゃんどっか行っちゃったんじゃん!」


 中森:「いやいや、違う、違う!悪いのは柳井田さんじゃなくて[みけりす]ですよ。」

 段々ヒートアップしてきた麻智を中森は慌てて抑える。


 麻智はハッとして父ちゃんから顔を背ける。

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