第6話「当たって砕けろ」
扉の奥は、いわゆる普通の純喫茶というべき、喫茶店だった。
店名を『しろっぷ』という。
木製のテーブルが立ち並び、奥にはコーヒーサイフォンが置かれたカウンターがある。
しかし、壁一面には音楽のレコードが所せましと飾られており、棚には巨大なコンポが鎮座していた。
「お世話になりまーす」
俺たちは慣れた振る舞いで店の奥へ向かう。
カウンターから店主のおじいさんがひょっこり顔を出して「はいはい」と言った。
その横を、平均体重を明らかに上回っているであろうブチ猫が走り抜ける。どしん、どしんと足音を響かせながら。
そのまま、俺たちは店の中を横切ると、奥に続く扉をくぐる。
その中には、六畳くらいのスペースにドラムセット、ギターアンプ二機にベースアンプが一機立ち並ぶ。
ここはスタジオだ。俺たちはこの老人が営むカフェ兼スタジオにて普段の練習を行っている。
もともとは純喫茶として始めた店であるが、店主が大のロック好きということもあり、ドラムセットやアンプなどを譲り受けたりコレクションとして購入したりしていたらしい。
ある時、とある常連客がその楽器を使ってあそびで演奏をしたところ、他のお客さんから大好評だったとか。
その噂を聞きつけ、次第にこの店はロック好きが集まる隠れ家的名店となっていったそうな。
今でもその機材は店の奥の部屋に置かれ、学生には格安で練習場所として貸し出している。
「んじゃ、やろうぜ」
各々は楽器の準備を始める。
俺はベースをアンプにつなぎ、音を確かめる。
ランボーはギターを取り出し、マイクに手をかける。
スパコンはドラムセットに腰を下ろし、スティックを取り出し、ダムダムとスネアを確かめるように叩いた。
俺たちがやっている音楽のジャンルは、いわゆるパンクロックというジャンルだ。
ハイスピードで駆け抜けるようなシンプルで爽快感のあるロックだ。
もともとは反社会的なメッセージも強いジャンルであったようだが、俺たちは単純に音楽性を気に入っているだけだ。
まあ、演奏技術がそれほど求められないというのも理由ではあるが。
スパコンは音ゲーで鍛えた、手数が多く正確なビートを刻むことができる。
逆に、ランボーは自由にギターをかき鳴らし、叫ぶように歌を響かせることができる。
俺は二人の間をつなぐように、ベースでリズムをとりながら全体の音を支える。
ひとしきり、セットリスト……いわば、持ち曲のすべてを通して演奏する。
この一年間、俺たちは必死に練習を重ねていた。部活動も、委員会も所属せず、当然ながら三人とも彼女は居ない。
俺たちの青春は、すべてバンドにつぎ込まれていた。
とある『師匠』に恵まれたおかげか、最近はかなり演奏の技術も向上している……ような気がする。
いかんせん、お客さんを呼んでライブをすることをしたことはまだ無いのだ。
誰が決めたわけでもなく、ひとしきり演奏すると小休止を挟む。
「なぁクチナシ、本当に春藤祭に出るん?」
スパコンは額の汗を拭いながら言った。
「ん? ああ、そのつもりだ」
俺は、既に決めたことを繰り返し聞くスパコンにうなずく。
スパコンは苦々しい顔でぼやいた。
「不安だなぁ、春藤祭なんてリア充と陽キャの独壇場じゃねぇか。ワイらみたいな日陰者に居場所なんてねー気がするぜ」
春藤祭には、生徒会主催による有志のステージがあり、俺たちはバンド部門ですでに応募を済ませていた。
もちろん、俺がクラスの実行委員に選出されるよりも前に。
「まあ、いいじゃねぇかよォ。オレたちの記念すべき初陣だ。オレらの源氏名を世間に轟かせる大戦じゃねぇか」
「いや、源氏名って別にそういう意味じゃねーだろ」
ランボーがマイク越しにアホなことを言い、スパコンがバスドラをドドンと鳴らしながら突っ込んだ。
うーん、確かに俺たちは漫才のほうが向いているのか……?
不安な俺をよそに、ランボーはポリポリと顎をピックでかきながらしゃべる。
「そういや、オレのクラスにも有志バンドに出る輩がいたなァ。なんだっけ……からり芋だか魔王だか……」
「……多分、霧島だろ」
「あ、ソイツだわ」
なんで芋焼酎違いしてるんだコイツ。俺ら未成年だろうが。
そもそも『からり芋翔斗』なんて名前のヤツが居てたまるか。
まあ、確かに魔王みたいなやつではあるが。
「アイツなんか気に入らねェんだよなァ。何かとオレに食ってかかるしよォ」
ランボーに食ってかかるとか、あいつも相当の偏食家だな……。
まあ、ランボーは喋らず、まともな恰好をしていれば、それなりに女子からも人気がありそうな容姿をしているし、そのあたりが気に入らないんだろうか。
「人気投票もあるっていうし、ワイら最下位かもな。草枯れる」
「……かもな。でも、やれるだけやってみようぜ」
俺が、このバンドの発起人であることは言うまでもない。
この一年、俺たちは練習を重ねてきた。
その間、駅前の楽器店で開かれたコンテストに数回出場したのみで、本格的にお客を前に演奏したことはまだない。
そろそろ、外に向けて音楽を鳴らしたいという思いは三人とも共通していたらしく、その機会をうかがっていた。
そして俺は、春藤祭をその最初のライブの舞台に選んだ。
玉砕覚悟、当たって砕けろではある。
しかし、いつかアイツにリベンジしたいという気持ちはずっと持ち続けていた。
「オレらのライブ成功させて、女の子にモテモテになるんだァ!」
「ワイはそういうんには興味ねーけど、スクールカーストでマウントとってくる連中を見返してやんよ」
「……そして、アイツにリベンジしてやらねーとな」
三者それぞれ、意気込みは微妙に違うが、向かうところは一緒だ。
ライブの成功。
俺たちの青春を、ノケモノにして来る奴らに見せつけてやる。
*
「本番前にもっかい、ジョニーに来て見てもらう方がいいな」
練習はひとしきり終わり、店主のおじいさんに代金を払った後、恒例となっているカフェスペースで駄弁ってる最中に俺は提案した。
「そうだな。最近聞いてもらってなかったしな」
スパコンはスマホで音ゲーをしながら相槌を打った。
ジョニーというのは、波乗りでも黒木でもない、ただの近所のレンタルビデオ店のオッサンである。
俺たちは練習終わりに楽器を担いだまま頻繁に出入りしているレンタルビデオ店であり、俺が時折借りてゆくCDの趣味がジョニーの趣味と合致していたらしく、声をかけられたのが交流の始まりだ。
ジョニーは若いころバンドをやっていたらしく、メジャーデビュー寸前まで行ったとかなんとか。
ちなみに、ジョニーの由来は、くたびれたジョニー・デップに似ているからという理由で、スパコンが命名した。
俺たちは、スタジオ『しろっぷ』を後にし、レンタルビデオチェーン店の『TETSUYA』にやってきた。
ここはチェーン店ながらも、店員の個性を反映した催し物の棚があり、妙にマニアックな九十年代オルタナロックが推されている。
その棚の向こう、いまはレンタルはセルフレジになっているので、かなり暇をしているレジカウンターに立つオッサンに話しかける。
「あのー」
「らっしゃっせーって、んだよ、おめえらかよ。コールドプレイの新作はまだ並んでねぇぞ」
「ああ、そうか……じゃなくて。ジョニー、お願いがある」
ジョニーは今年三十二歳になるオッサンだ。
ぼさぼさの黒髪に、無精ひげがなんともくたびれた印象を与える。
デップ似ということもあり、昔はそれなりに女子人気もありそうな面影はあるが、いかんせんTETSUYAのエプロン姿ではキマらない。
「なんだ? 俺は一応仕事中だぞ」
ジョニーは気だるげに視線を返却DVDに落とす。
「今度でいいんだ、また練習見に来てくれよ」
「そうか。そんぐらいなら構わねぇよ」
作業の手を止めずに、けれども明るい返答をくれた。
「しっかしまぁ、お前らも変な組み合わせだよなぁ。根暗にオタクにヤンキー」
しみじみと、改めて珍妙な一団である俺らを見やって呟く。
「うるせえな。非正規雇用オッサン」
スパコンが間髪入れずにツッコミを入れる。
「んだと!? 見に行ってやらねぇぞ!?」
キャッキャとオッサンと戯れていると、韓流ドラマのDVDを購入しようとするマダムに舌打ちをされたので、俺たちはレジカウンターから退散する。
こう見えても、ジョニーの指導はかなり的を射た適切なものだった。彼と知り合えたことで、俺たちの演奏レベルは数倍に向上したのは間違いない。
社会から若干ノケモノにされかけているオッサンは、むしろ俺たちの心強い師匠であるのだ。
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