1−2−1 初めてのイベントで

 お客さんの集まる様子を舞台袖のモニターで見ている。少女漫画が原作だからか、やっぱり女性比率が高い。


 これが男性向けライトノベルだったら九割以上男性だし、乙女ゲームが原作だと九割以上が女性。そんな感じでアニメごとにだいたいの客層予想ができるんだとか。


「男性客が多いね。ハルちゃん効果?」


「明菜のファンもいるでしょ。とはいえ少女漫画が原作にしては多い気がするけど」


「そうなんですか?」


 比率についても根本さんと東條さんが教えてくれた。津宮さんは司会なので反対側の袖から出るためにここにはいない。


 二人は現場で一緒になることがそこそこあるようで、気安い関係のようだ。


「いくら私たちのファンがいるからって、三割くらい男性は多いと思うよ?他にもアニメ作品はあるし、女性声優のファン層って結構被ってるから。推しが複数出てる作品があったらそっちに行ってると思う」


「それにこれってニコワラ動画で中継されてるでしょ?推しが片方しかいなかったら動画予約をしておけばいいの。あたしたちのファン層が被ってるとも思えないし」


 二人の共演がめちゃくちゃ多いわけでもないからだそうだ。ユニットを組んでるわけでもなく、事務所が同じということもない。それでファン層が被っているなんてよほどのレアケースなんだとか。


 アイドルだって同じグループの人や、同じ事務所の人を好きになりやすいってことと同じだろう。


「じゃあ、津宮さんファン?」


「男性で?それってどうだろう……。女の子が女性声優が好きっていうのは聞くけど」


「原作も少女漫画だから購買層じゃないだろうし。謎だわ」


 結局答えが出ないままステージが始まる。津宮さんが出て来て最初の挨拶。その後僕たちが呼ばれてステージに登壇した。


 順番は根本さん、僕、東條さんの順。キャストの重要さでこうなってる。主人公、サブヒーロー、主人公の親友だからあながち間違っていないはず。


 拍手されながら登壇。正面を向くと小さなステージなのに人がいっぱいいたし、下のモニターに出ている僕たちの姿が映った映像にはニコワラ動画特有の横に流れるコメントがたくさんあった。


 初めて見たけど、コメントたくさんだなあ。


「はい。というわけでキャスト三名に登壇いただきました。それじゃあ早速根本ちゃんから自己紹介しよっか」


「はい!藤堂キララ役、根本明菜です!たくさんの方にご来場いただき、そしてたくさんの方に視聴していただき緊張しています!本日はよろしくお願いします」


 根本さんがぺこりと頭を下げると、コメントが一斉に流れたり拍手が起きたり、「明菜ちゃーん!」「アキナーン!」という野太い声が会場に響いたり。人気声優さんって凄いなあ。


 後ろの大きなモニターにはキララの絵も出てる。誰がどの役かっていうのは大事だろう。


「ありがとうございます。続いて間宮くん」


「皆さん初めまして。藤堂奏太役を演じさせていただきます。ペパームーン所属の間宮光希です。名前だけでも覚えてくれると幸いです」


 頭を下げようとした瞬間、モニターに爆速で流れるコメントを見て目を丸くしてしまった。コメントで埋まってしまって映像が見えなくなってしまったほどだ。いわゆる弾幕というやつ。


 それと同時に、会場でも大きな拍手と叫び声が聞こえてきた。


「うおおおおお!間宮ー‼︎」


「可愛いー!」


「みーちゃんprpr」


 な、なにこれ。僕が声優としてこういう大きな舞台に立つのは初めてだ。なのに何で僕への歓声がこんなに大きいんだ?


 津宮さんが登壇した時も、根本さんの自己紹介の時もここまで熱気はなかったのに。


 僕って宣材写真以外に顔を出していないはず……。


「おお、間宮くん人気だねえ。SNSで煽っておいてよかった」


「津宮さんが何かしたんですか⁉︎」


「俺の弟って宣材写真載っけて拡散させた。弟の初お披露目だから出て来たら盛り上がってって」


「聞いてないんですが⁉︎それに弟じゃなくて、弟役です!」


 人の宣材写真勝手に拡散とか!いや、にしたって何で男性客がそれを知ってるんだ?津宮さんはそんなに男性ファンが多い方だったか?


「ああ、それ私も拡散した」


「あたしも。『パステルレイン』のタグついてたし」


 先輩方ァ⁉︎SNSってもうちょっと慎重に使いましょうよ!ネットって怖いんですから!


「ちなみに俺のその拡散、ペパームーンの公式アカウントも拡散してたぞ?」


「社長まで⁉︎」


 確信犯だこれ!そういう広報関係は全部社長がやってるはずだから、僕を貶めるためにやったんだ!


 舞台袖に視線を向けたら松村さんが頭下げてるし。うわ、大人たちに騙された……。


「間宮くんはSNSやってないの?」


「……この後マネージャーさんにやり方教わります」


「じゃあ俺も教えよう!弟が道を踏み外さないようにな!」


「津宮さんって役柄を現実に持ち込む人ですか?なら甲子園目指さないと。ハリーハリー!」


「常々思ってたけど、先輩にそんな返しができるなんてだいぶ神経図太いな⁉︎本当に高校生?」


「まだ中学生ですが?春から高校生です」


 そんなちょっとした漫才をしてたら会場から笑いが起きて、コメントはまた爆速になっていた。これは相当なデビューになっちゃったぞ。


「この空気の後に自己紹介しづらいわー」


「文句は津宮さんに」


「アトデオボエテロヨ」


「なにそのドス効いた声⁉︎俺後で何されるの!」


「自業自得ですよ〜」


 東條さんも津宮さんに何かお返しをするようだ。前にある作品で主人公とヒロインをやっていただけあって仲が良いらしい。


 それと根本さん、結構毒舌だなあ。可愛い声なのに。


 自己紹介も終わって、後ろに用意してあった椅子に座ってフリートークコーナー。津宮さんが適当に話を振るからと言われてるだけのコーナー。


「さて、フリートークということでみんなが聞きたがっていることを聞きましょう。まずはアフレコの進捗状況など。今二話まで収録したわけだけど、根本ちゃん初メインヒロインってことで緊張してない?」


「正確には主人公ですねー。初めてのことでもアフレコ現場の雰囲気は良いですし、ハルちゃんも側にいますし。みーちゃん可愛いしアフレコ楽しいです」


「あれ?俺は?」


「綾人くんは野球頑張っててカッコいいけど、津宮さんいつも人の話聞かないで怒られてるじゃないですか……。司会ならこうして聞き手も進行もできるのに、現場ではどうしてそうしてくれないんです?」


「なーんかスイッチが違うんだよねえ」


「……あれ⁉︎みーちゃんって僕ですか⁉︎」


 あまりの自然な会話の流れに気付くのが遅れた。他に「み」がつくキャストはいないし、津宮さんと会話が成立してるのはおかしい!


 コメントを見ると『アキナンがみーちゃんって命名した』『反応遅くて可愛い』『……ポ』などありがたい情報やら目を逸らしたい情報があった。僕、根本さんにみーちゃんって呼ばれたことないんだけど。


 ちなみにアキナンは根本さんのファンからの呼び名だ。


「みんながバラしちゃったから、これからはみーちゃんのことみーちゃんって呼ぶね?」


「この前のインタビューの際は光希くんだったじゃないですか!」


「あれ、記者さんにお願いして全部みーちゃんに差し替えてもらったよ?」


「酷い手間をかけさせてる!あの頃の清楚なお姉さんだった根本さんに戻ってください!」


「うふふ。ヤダ」


 『ツッコミすげえw』『これこれアキナンの本領』『気に入る相手を可愛がる(精神)』『業界のツッコミ役』などとコメントは大盛り上がり。これ、声優デビュー失敗したのでは?と顔を覆いたくなるほどの大惨事だ。


 というか、今心配なのは根本さんに可愛がられると根本さんのファンに目の敵にされて炎上することなんだけど。炎上は流石に怖い。


「それで、みーちゃんのどこが可愛いの?」


「津宮さんまでみーちゃんって呼ばないでください!」


「声のギャップ?普段はこんな感じでちょっと高い声だけど、ソウちゃんの時はぶっきらぼうなちょっと低めの声でしょ?それが可愛くて。あと年下だからか先輩に頼ろうとして下手から伺ってくるのが可愛い。弟いたらこんな感じかなーって」


「わかる!やっぱりみーちゃんは俺たちの弟だよな!」


「あ、津宮さんとは兄妹になりたくないので私がみーちゃん引き取ります」


「そげなこと言わんといて!一緒にみーちゃん育てさせて!」


「私がみーちゃんに養ってもらうんですー!」


 酷いカオスな場だ。何で男女の先輩声優さんが僕の親権を争ってるんだ?しかも根本さんに至ってはヒモ発言だし。


 僕一人暮らしなんて教えたかなあ?転がり込んできたりしないよね?それバレたら炎上どころじゃなさそう。


 僕は助けを求めて左側にいる頼れる先輩に目線を送る。すると東條さんはこちらにウインクをした後に立ち上がった。この場を収めてくれるらしい。さすが先輩は頼れるなあ!綺麗な顔立ちも相待って姉御って呼びたくなる!


「二人で話を進めるな!……あたしがみーくんを養うんだ!」


「東條さんは信じてたのにぃぃぃ!」


 さらにカオスな場になり、何とニコワラ動画がコメント殺到で落ちたとか。これが後の神回とか呼ばれる大惨事になるとは、この時の僕は知らなかった。


 先輩声優三人が僕の教育方針について語り出すというわけのわからなさ。それを収めるために僕は大声を出す。


「ストップです!これじゃあ枠に放送が収まりませんから!フリートークコーナーで枠全部終わらせる気ですか⁉︎」


「みーちゃんに怒られたので、次の質問に行きまーす。みーちゃん、初めてのレギュラーアニメってことだけど、アフレコどう?」


 ま、真面目に戻った。この緩急差はやりにくい……。


「初めてのことがたくさんで、日々学ばせていただいています。アフレコそのものは穏やかな雰囲気で笑いに溢れていて楽しいです。……こんなカオスな収録現場じゃないですからね?」


「「「あははははは!」」」


 お客さんが楽しそうで何より。というかこんなアフレコ現場は嫌だ。絶対時間を押していろいろな人に迷惑をかける。


「じゃあキャラクターについて掘り下げていこうか。奏太と似たところある?」


「あれ?私その質問なかったけど?」


「キララはちょっとおバカな女の子です。ブラコン。根本ちゃんとあんまり似てません。以上」


「それ津宮さんの主観じゃないですか〜」


 主人公の扱いがそれでいいのか。スタッフさんに怒られないと良いけど。なんで主役よりもサブヒーローに尺を使っちゃうかな。


「奏太は家族が忙しい代わりに家事の全部を引き受けてる、すっごく良い子なんですけど、自分の感情を結構抑えちゃうんですよね。そんな奏太と似てるところ……。掃除は好きです。料理は最近ハマり始めたので、まだ得意ってレベルじゃないですし……。感情を抑えたりもしないですね。すぐ行動しちゃいます」


「みーちゃん三食私にご飯作って!実験台になるよ!」


「根本さんはもっとファンのこと考えて!男性ファンに泣かれますよ⁉︎」


 『いや、平常運転』『素のアキナン知ってるから別に』『女性声優に養ってもらいたいって言ってたけど、みーちゃんなら良いかなって』とかコメント流れてるけど、本当に?これで僕この後炎上しない?


 どうなってるの、ファン層。


「興味深い話が出たね。どんな料理作るの?」


「え?掘り下げます?」


「あたしも聞きたいな」


「味方がいないんですね?」


 会場のファンもコメント欄も味方がいない。おそらく僕の味方は舞台袖にいる松村さんだけだ。スタッフの人も味方だと良いなあ。


「この前煮豚作りました。醤油に三温糖っていう茶色い砂糖でタレを作って、ネギとネットニンニクを入れて寝かしました。それが冷蔵庫に入ってるので、今日食べるつもりです」


「主婦じゃん!本当に始めたばっか⁉︎」


「みーちゃんの家に今晩お邪魔します!」


「待て、明菜。あたしも行くぞ!」


「え、俺も俺も!」


「「津宮さんは来ないでください」」


「仲間はずれやめろよぉ!」


「なんで本人ないがしろにして話を進めてるんですかぁ⁉︎」


 今日何度目の叫びだろう。料理の話をしただけでどうしてこうなる。良い大人が未成年の家に突撃しようとしないでください。ホント、常識で考えて。


 でも、そういう常識がぶっ飛んでるのが声優だったり俳優だったりするからなあ。むしろこのノリ、懐かしいかもしれない。


 子役時代の良い大人……。うん、マネージャーさんたちしか思い浮かばない!監督とか作り手側の人間ってみんなどこかしらぶっ飛んでたな!


 そんな僕たちの馬鹿話で時間が押しに押し、カンペに「早く進めて」と出る始末。それすら読めずにヒートアップする先輩方。それを諌める僕。


「せめてPVは見せないと監督に怒られますって!これ無関係なラジオじゃないんですから!」


「個人持ちのラジオにだって段取りはあるぞ!良いこと知ったな、みーちゃん!」


「だったら尚更段取り通りに進めてくださいよ!袖でスタッフさんたちが慌ててますから!」


「PVよりも大事なものがある!だよなぁ、みんな!」


「「「おう!」」」


 そこで観客に振ったら悪ノリするに決まってるじゃないか!男の僕に野太い声で可愛いとか言い出す人たちなんだぞ⁉︎


 こうなったら強硬手段に出るしかない。


「照明さーん、ライト落としちゃってください!映像さんも合わせてPVを!あとマイクさん、僕たちのマイク落としちゃって!」


「え、あれ⁉︎」


 スタッフさんたちの華麗なる連携でマイクの音を落とされ、照明が落ち、PVが流れる。流石にその状況になったら先輩方も騒がなくなった。


 なんか、本当に今日だけでこの人たちを見る目が変わっちゃったな。頼れる先輩方だと思ってたのに。いっそ三人でお笑いユニットでも組まれたら良いんじゃないだろうか。

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