君に、声を
@sakura-nene
一章 高校生(四月)
プロローグ
あなたは、
それは個人でしょうか。それとも、複数の相手に?
どちらかは問いません。問いにすることは無粋だから。
声は存外、大きな影響をもたらします。
それこそが、言葉の魔力。それは遠くへ、複数に。届いてしまうものなのです。
世界の片隅で小さく呟いてみても、誰かは見付けてしまう。感じ取ってしまう。
だって。
あなたは、見付けてくれたでしょう?
プロローグ
追いかけるべき人がいた。
離れ離れになることを知って。当分会えなくなるとわかって。いや、もしかしたら一生会えなくなるかもしれなかった。
それがわかって、幼い頭を働かせて、一つの方法を思いついた。
「ぼく、テレビにでたい!」
母親は、反対した。父親は、賛成してくれた。
そうして僕は四歳で劇団に入り、子役になった。
幸いなことに劇やCM、ドラマや映画に数多く出演させてもらった。その関係でバラエティにも出るようになって、僕の名前はそこそこ売れた。
目的の一つも達成した。
子役になるというのは手段だったはずなのに、仕事にしていく内に演じることが楽しくなっていった。共演者の皆さんに褒められたり、違う誰かになれるのが面白かった。
だからこのまま俳優になろうかなって漠然と考えていた頃。
十二歳の春。
天才子役・
────
春の陽気が外では感じられる頃。もしくは冬の寒さをようやく抜けた頃。
東京のビルの中にある小さな箱──音響機械が数多く存在するブースとも呼ばれる場所には二十人ほどの人が集まっていた。
そのブースは二つの部屋に区切られており、その境には壁とガラス。奥の部屋にはそれこそミキサーなどの大型の機械が複数。そこには椅子に座りながらヘッドホンをつけた人が複数。そこに送られる音を聞いているのだろう。
もう片方は五本ほどのマイクが並べられていた。そしてそのマイクの前に立ち、台本を広げてモニターに映る白黒の絵に合わせて声を当てている。マイク前に立つ人以外にも、後ろの長椅子に座って待機している人もいた。
ここはいわゆる、アニメの収録現場だった。
そんな場所に、僕はいる。
『ねえ、キララ。今度の土曜日、一緒に遊びに行かない?』
『土曜日?えっと、ちょっと用事があって……』
『用事って何?どっか出かけるの?』
『うん。お兄ちゃんの野球の試合があるから……』
『はぁー。出た出た。キララのブラコン』
『ぶ、ブラコンじゃないよぉ』
女子高校生二人の教室内での会話。演じている人たちは高校生ではない。もう二十歳を超えているが、結構人気な女性声優さんだ。この作品のヒロインであるキララ役の方は色々な作品で良い役を演じてきたが、これがメインヒロインは初めてとのこと。
正確にはこの作品の原作は少女漫画なので、主人公になる。
そのキララの親友役を演じる方はむしろメインヒロインもサブヒロインも数多く演じたことがある方だ。今回は親友ポジションだけど、やはり売れている方。
どちらの演技もセリフのようではなく自然な会話のようにスラスラしている。NGも出ていない。見習うべき尊敬する先輩方だ。
そろそろ「オレ」も準備しないと。空いている目の前のマイクに足音を立てずに近付く。
台本をマイクスタンドの奥へ。左手で持ち、目線は台本の文字とモニターの絵へ。
『ああ、
『ソウちゃんは部活やってるわけでもないし』
『……それは言っちゃダメだわー。ホント、そのブラコン直さないとヤバイわよ?』
『え?』
キララが首を傾げて、カットが変わり上履きがアップにされて動く。それがキララに向かっていき……三、二、一。今。
『バカキララ。弁当忘れてんじゃねえ』
『あ、ソウちゃん。え⁉︎お弁当忘れてた⁉︎』
『食卓に置きっ放し。綾人は一度たりとも忘れたことねーぞ』
『ホント、苦労するわね奏太』
『ごめんね、ソウちゃん!でもお兄ちゃんのこと呼び捨てはダメだと思う!』
『……これくらい普通だろ。兄弟だし』
『それに、わたしのことバカキララって呼ぶのもダメだと思う!』
『忘れ物しなかったり、宿題で泣きつかなきゃ普通に呼んでやる』
『ごべんなさい〜‼︎』
『アンタ、奏太の爪の垢煎じて飲みなさいよ。っていうか、なんで姉弟でこんなに違うわけ……?奏太なんて年子なんだから実質一つ下みたいなもんなのに』
『うわーん!』
『ハァ……』
ため息をついた後、弁当が入った袋を机の上に置く。そのまま呆れたように「オレ」が去っていく。
ここで、一シーンが終わりだ。
「カット。……うん、良いねえ。三人ともリハと同じ感じで良かったです。特に
「ありがとうございます」
「
「一切表に出さない感じで良いんですよね?」
「うん。ちょっとした仕草とか行動で出させるから、声で好きって表現しなくて良いよ」
「わかりました」
それだと普通の世話焼きな弟になっちゃうんだけど。製作陣はみんなそれで良いと言っている。原作も読んだけど、結構後の巻にならないとわからなかったもんなあ。音響監督さんは音のプロだから間違いないと思うけど。
「それじゃあ次のシーン行こうか」
「あれ?あたし何も言われてませんよ?」
「問題なしだからOK!そのままね」
ブース内で少しだけ笑いが起きて、僕は出番が終わったので後ろの待機椅子に戻る。今日の僕の出番はAパートになく、Bパートで家族としての団欒シーンだけだ。
それまでは他の先輩方の演技を勉強させてもらおう。
僕の名前は
職業・声優。
俳優を諦めて、それでも演技が好きで。こうしてお仕事を貰えている。
幼い時の夢を叶えた、幸せ者だ。
────
無事に収録を終えて。今日はその後にアニメ雑誌の取材もあったので主要キャスト四人で取材を受けて。それが終わったらマネージャーさんといくつか確認をして帰ることになった。今日は他の仕事がなかった。
スタジオの最寄り駅から電車に乗って他の駅へ。ただし僕が住んでいる家に向かっているわけじゃない。逆方向、とまでは言わないけど僕が住んでいるアパートからは三つ離れている場所。東京の駅三つなんてほぼ誤差だけど。
そこで降りる。東京は人がいっぱいで大変だ。電車に乗ったり降りたり。会社員の皆さんお疲れ様です。
時刻は夕方。仕事終わりだったり、むしろ仕事中だったり。僕は仕事終わりだけど。
目的地に向かう前にスーパーに寄ろうと思った。お邪魔する形になるんだから、お土産は大事だ。夕飯は用意されてるだろうから、デザートかな。二人ともイチゴ牛乳好きだったし、パックで買っていこう。
あとはシュークリームを三つと、みたらし団子を三本入り一つ。これだけあれば機嫌を損ねないはず。
買い物を終えて、三階建てのアパートへ。駅からちょっと離れているために、東京でも家賃は安めだとか。安めなだけで、安くはないらしい。それでも外観の綺麗さからしたら格安だと思うけど。
そこの三階の角部屋。そこのインターホンを押す。
「はーい。あ、みっちゃん!どうぞー」
「お邪魔します」
訪問者がわかるカメラ付きなので、部屋の中から誰が来たのかわかる。女の人しかいないんだから、これくらいのセキュリティは必須だと思う。
僕が中に入っていくと、住人の一人である十二歳の少女が出迎えてくれた。金紗のウェーブがかった髪を揺らめかせ、透き通った蒼い瞳の可愛らしい女の子。この前まで小学生だったからか、まだまだ身体は小さい。
僕の姪にあたる、間宮
なお、その父親の存在を、僕は詳しく知らない。
「鈴華ちゃん。これお土産」
「ありがとっ!あ、シュークリームとみたらし団子!わかってるね〜」
「スーパーの奴だけどね」
「まーたアンタはこの子甘やかして。ここに来るたびに何か買ってこなくて良いから」
「姉さん」
僕と十歳差の姉さんが呆れたように注意する。けどこっちは夕ご飯をご馳走になる立場だし。
姉さんは相変わらず綺麗だなあ。一児の母なのにスタイルはモデルさん顔負け。茶髪も自然な地毛だから艶もあるし、不規則な生活を送ってる割には肌も綺麗だ。
「貯金崩してない?大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。それにお金はまだあるし。昔どれだけ稼いだと思ってるの?」
「みっちゃんってそんなにお金持ちなの?」
「僕が子役だったの知ってるでしょ。その時の口座丸々貰ってるから。このペースなら四十歳まで働かなくても大丈夫」
「……そんなに?」
そんなに。嬉しいことに子役時代は学校を休みまくって仕事をしていた影響でかなりお金はある。かといって浪費グセもないからお金は余ってる。出費は生活費を除いたら仕事の原作を買ったり、安眠グッズを買うくらいだし。
それだって今の声優の仕事で賄えるほど。貯金は全く切り崩していない。何かあった時のためにお金は取っておくべきだから。
それから三人でご飯を食べて、僕が来た時のお約束に移る。
昔の僕の出ていた作品を、見ることだ。
今回は時代劇の連続テレビドラマ。主人公の子供時代だ。
「いやー、みっちゃんかわいい。この時何歳?」
「確か九歳。……姉さん。これ見続けるの?」
「何で?」
「だってこの後グロいよ。鈴華ちゃん泣いちゃわない?」
「大丈夫でしょ。九歳のアンタが耐えたんだから」
この時代劇の主人公、人斬り剣客なのだ。普通に村で過ごしていたら江戸幕府ができる前の最後の戦争に巻き込まれて村で唯一の生き残りに。そこから死に物狂いで生きて、妖刀村正を手に入れて倒幕を一人でやろうとして、成敗されるという話。
いや、重いよ。出演したからその後もずっとテレビで続き見たけどさ。
今見ているシーンは序盤も序盤。平和な村で遊んでいる幼少期の主人公(僕)。ただ最初っから鎧着ている人たちが馬に乗っているシーンが挟み込まれているんだよね。
そして突然占領。食料を求めて、銃や刀を使って武力制圧。色々な人が倒れて血が出て、僕は親によって隠された藁の中で震えている。
あ、村人の首が飛んだ。
「キャアアアアアッ!首が、首がっ⁉︎」
「鈴華ちゃん、良い金切り声だね」
「何でここまで凄惨にしてるの⁉︎」
「なんか製作陣がリアリティを求めたらしいよ?だから僕もズタボロだし、僕も色んな人が殺される場面を目に焼き付けられてるし」
うっわ。叫び声下手だなあ、僕。今ならもっと悲惨な声をあげられるのに。身体鍛えてなかったからお腹から声が出てない。腹式呼吸が全然だった頃だ。このもうちょっと後からできるようになったんだっけ?
村人が殺されて、徳川軍の駐屯地にされて。進軍してからようやく僕が藁の中から出てくる。その際の悲しむ叫び声なんだけど、ただ声を張り上げてるだけに聞こえるなあ。
「姉さん。このドラマ、なんか好評だったよね」
「なんかって何よ。子ども時代が悲惨だったから泣ける。最後の結末が悲しい。そう言われてヒットした作品でしょ。実際脚本も魅せ方も上手いわよ。役者の演技もね」
「
「アンタ、最近の子役が出てるドラマとか見てる?」
「全然。ドラマは最近見てないし。見ても海外のだから」
お仕事で吹き替えがあるから勉強で見るけど、最近めっきり日本のドラマを見なくなった。三年前から。ちょこちょこ見たりするけど、あんまり子役が出てなかった気がする。
僕が今見てるドラマって、特定の脚本家だから見てるだけで、役者さん目当てで見てないんだよね。僕はもう、俳優にはなれないんだから。
「普通の子役はセリフを言えれば十分なのよ。感情なんて読み取れない、トチらないようにただ言ってるだけ。天才子役なんて早々出てこないわ」
「天才なんて適当につけてると思ったけど」
「天才なんて子役の中で一人いればいいのよ。何人も要らないの」
そういうものかな。正直天才子役とかバラエティで言われても、脚本の通りに演技していただけでどこが天才なんだって思ってた。監督さんとかに結構怒られてたし。
バラエティではそこそこなことしかできなかった。基本的に出演作の宣伝で出して貰ってたし。お笑い芸人の方々のように面白いことは言えなかった。これでいいのかってバラエティは結構悩んだ気がする。
「あの妖刀、他の人も使ってた奴使ってたって聞いたけど?」
「そうそう。あの模造刀使い回しだったから。ほら、全然振れてない」
僕が偶然手にした妖刀を振り回しているシーンがテレビに映し出されている。
今の僕にもできない動き。拙いなあと思いながらも、どうしようもできない。あれは過去の僕だ。あの頃は子役として精一杯やってたなあ。
僕の出番が終わって少年期に入る。十五歳くらいだけど。僕の出番はここで終わりなわけだけど。
「まだ見る?」
「……」
「鈴華ちゃんが泣いちゃったから終わりにしよっか」
「情けないわねえ。そんなんじゃ光希が出てるホラー映画見られないじゃない」
「ホラー⁉︎無理無理無理ぃ!」
「あれ僕も見たくない。やってること意味不明で評価散々だったし。僕も死ぬ役だったし」
「みっちゃん死なないでぇ〜!」
「死なないから。大丈夫だよ」
こんなやりとりができるのが、僕は嬉しい。姉さんとは離れて暮らさなくちゃいけないってわかって、それが嫌で東京へ追いかけるために子役になって。
夢の一つはダメになったけど。もう一つの夢は、こうして叶っている。
ああ、僕は幸せ者だ。
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