第37話 邪神覚醒

 夫を見送りに出かけると、兵士たちが街中を大行進していた。


 その列の真ん中には、まるで罪人であるかのように檻に入れられた女がいた。


「リベラ様……」


 誇り高く美しき大聖女の面影は、とうになくなっていた。もはや見ずぼらしい奴隷と大差ない。目隠しと猿轡を嵌められ、腰には鎖が撒かれていた。完全に自由を奪われている。大聖女……【巌の大聖女】の力を利用するために、カルネス卿はどんな手を使って屈服させたのだろうか。考えただけでも恐ろしい。


「今すぐ助けます。スキル【レゾナンス】」


 私はスキルを発動し、せめて拘束だけでも破壊しようとする。


 だが突如として、リベラ様に異変が起きた。


 全身を痙攣させ、口から血を流している。


「なんだ? 舌を噛めないようにしたはず……」


 兵士が狼狽する。


 いや、当然のことだ。リベラ様は【巌の大聖女】。金属も大地も、支配下に置き操作できる。鉄製の猿轡を針のように変形させ、喉を貫くくらい簡単なことだ。


「リベラ様!」


 私が群集を掻き分け駆け寄ったときには、もう遅かった。


 かつての【巌の大聖女】は、ただの骸と化していた。


「なぜ……」


 なぜリベラ様がこんな悲惨な最期を遂げなければならない? なぜ天使ルーライ様はリベラ様をお救い下さらない?


 なぜ自分は、何もできずにのうのうと暮らしていた?


 そう考えると、自我が崩壊しそうだった。私の意識は、いつの間にか飛んでいた。


「ロッテ。もう止めてくれ。どうか皆を、殺さないでくれ!」


 夫の声が聞こえ、我に返る。


 気付けば、私の目の前には血の海が広がっていた。なんだか、何度も自分の喉を掻き切る夢を見ていた気がする。実際、兵士たちは皆喉から血を流して死んでいた。


 惨状を前にして、私の頭はひどく冷静だった。死ぬべき人が死んだだけだ。


 そして、死ぬべきでない人も、死んでしまった。それだけだ。


 考えてみれば当たり前だ。死なない人間など誰もいないのだから。


「なぜそんなに怒るの? 皆いずれは死ぬ運命にあるのよ。それが遅いか早いかだけのこと。私は彼らの運命を少し早めただけ。謗られる謂れはなにもないわ」


 私の口からは、そんな驚くべき言葉が出ていた。夫のロランは恐怖に顔を引きつらせる。


「君を殺したくない」


「あなたには殺せないわ。スキル【レゾナンス】」


 私がそう唱えると、ロランの武器と鎧は弾け飛んだ。


「じゃあね。私はこの国、滅ぼすだけだから」


 もう、普通の幸せとかどうでもいい。


 私はただ、この世から人間を消し去りたい。

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