第4話
日差しが熱く肌を焼く。
もう少しでセミの声も聞こえ始めるような暑さの中、
鉄板の上でお肉を焼いていた。
久々なバーベキューだった。
そう思うと、
僕は社会人になって、
友達と呼べる人がいなかったのだと身に染みて少しつらかった。
だからなのか、
肉の焼き加減がこれでいいのか、どうなのか。
いまいち正しく判断できているのか心配になる。
「おー、黒江氏よ、焼いておるではないかっ」
何かのモノマネなのかも分からないような声で
僕のところに来たのは彼女だった。
「早く焼けておくれよーこの私のために、えへへ」
じゅるりと音が聞こえるような顔をして
僕の肉を挟むトングをニヤニヤと眺めている。
「白築、ダイエットしてたんじゃなかったっけ?」
つっかかってくる彼女の顔を見たくて
そんなことを言ってみる。
「イイんだよ、今日は今日!ってか私太らないしねっ!」
えへへと笑う、
そのまぶしい笑顔は今になっても僕の鼓動を速くさせる。
遠くから彼女を呼ぶサークルメンバーの声がする。
「はいはーーい!今行くよーっ」
「んじゃ黒江氏!申し訳ないけれど、私のお肉をよろしく頼んだぞ!」
そう言い残し
手をひらひらとさせながら走っていく。
あれからちょくちょくサークルメンバーで集まるようになった。
皆と会えるのも楽しくて、
自分の社会人生活がこんなにも充実しているなんて
ちょっと信じられなかった。
というか、今まで
誰かと遊んだり
お酒を飲んで語り合ったり
笑って、泣いて、
そういうことを
全然してこなかったんだなって
気付いた。
何よりも、
こんな風に誰かに視線を奪われるような時間が、
こんなにも自分の感情を一喜一憂させられる時間が、
心地よかった。
世界にたくさんの色がばら撒かれたみたいに
色んなものの見え方が変わってきている自分に
懐かしさを覚えていた。
子供の時はもっと自由に誰かを好きになって
笑って、泣いて、また泣いてたのに。
もちろん楽しいことばかりじゃない。
辛いなと思うこともたくさんある。
むしろ、辛いことの方が多いのかもしれない。
鉄板の上でお肉を焼きながら、
君の背中を追いかけてしまう自分に
もうあきらめろ
と声をかける、もう一人の自分がいる。
彼女に見えている僕は、きっと何者でもなくて。
そう
それはきっと
君の運命の人は、僕じゃない
君はみんなとあんなに楽しそうにしている。
もちろん僕とも楽しくおしゃべりをしてくれる。
僕がよろこんでいるときは
本当に楽しそうに、
僕が悲しんでいるときは
本当につらそうに、
そうやって寄り添ってくれる。
僕を人として大切に迎え入れてくれている。
でも
僕の心と、君の笑顔は、
一度も交わったことが無いんだ。
君の心と、君の過去が、
交わらなかったように。
君が運命だと言ったそれは、
いったいどんな形のものなんだろうか。
僕の思う運命と、
それは違う形なのだろうか。
僕にとって
いったい君は
「焼けたかーーい?くろえー!?」
はっと、
首をかしげてこちらを見ている彼女が
すぐ目の前にいることに気づいた。
「ぼーっとしてたみたいだよー?お肉、ほらっ、イイ感じだよ」
気持ちのイイ元気な声で、
彼女の弾む心が良く伝わってくる。
「見惚れてたんだよ。美味しそうなお肉に」
こうやって咄嗟に返す返事も少し慣れてきたなって
自分で言って、感じる。
「えー!お肉じゃなくて、そこは私でしょうよっ」
むすっとする彼女に、
心がまた、救われた気がした。
それが本当の救いなのかどうか
今ここで考えるのはやめよう。
みんなとの楽しい時間を、
今は楽しもう。
考えたって仕方ないのだから。
彼女の思いを変えられるわけでもない。
もし、
僕がもっと素敵な性格で、
素敵な人生を歩んでいたら、
違っていたのかな。
僕の未来に
君がいる世界が見えていたのかな。
やはり、
この胸の苦しさは
僕の心を蝕んでいく。
さよならを選べない自分は
間違っているのだろうか。
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