第56話 詐欺メイク
彼女の寮は外装もだが、内装も豪華だった。安っぽい木材など一切使われていない。高級な木材を惜しげもなく使っている。それでいて前衛的な建築法も試されており、とても洒落ていた。
豪壮な家に住む趣味はないが、建築自体には興味があったので、しばし見とれていたいが、ここは特待生(エルダー)だけが住まうことを許された楽園。下等生(レッサー)の俺が長居をするのはよくないだろうと、そそくさと彼女の部屋に向かう。
アリアの部屋は二階にあった。
二〇一と書かれている。プレートには彼女の名前と従者の名前が記録されている。無論、従者はマリーだ。
特待生(エルダー)は従者を持つことが許されているというのは本当のようで、他の部屋も同様のプレートが掲げられていた。
マリーはアリアのメイドなので、当然、この部屋にいるはず。コンコンコン、と三回、ノックをするとそのまま入る。
「自分の部屋にノックをするのは初めてかも」
アリアは嬉しそうに語る。たしかにそんな機会は滅多にないだろう。そんな返答をすると、乙女の部屋に入った。
内装はいわずもがな。
造りから家具類に至るまで、王侯貴族の風格を漂わせているので、深く言及しない。
それよりも特筆すべきは香りだろうか。
この部屋からはとても芳醇(フローラル)な匂いが漂っている。
芳しい匂い、甘く切ない匂いだ。
アリアがいつも纏っている匂いを凝縮したものだ。
香水や芳香剤の匂いではなく、その匂いの源はお姫様そのもののようだ。
美人は匂いもよいのだな、という感想を心の中で抱くと、マリーがいるだろう化粧台に向かった。
そこにいるのは一生懸命に白粉を塗りたくっている少女だ。一心不乱にやっているため声を掛けづらいが掛ける。
「マリー、なにをやっているんだ?」
「なにってそりゃ、化粧っしょ」
なんの悪気もなく答える。
「アリアをひとりにするのは感心しないな」
その言葉に「まじで!」となるマリー。どうやら姫様は黙ってひとりで部屋から出たようだ。アリアは「ごめんなさい」となる。ふたりでしばし説教するが、問題の根本はマリーの化粧のような気がするのでそこにも突っ込む。
マリーは抗弁する。
「し、仕方ないじゃない。マリーはアリアローゼ様みたいに美人じゃないんだから!!」
逆ギレ気味であるが、たしかに、と、うなずくこともできない。
マリーの化粧は中途であるが、この時点でもかなり濃いことが確認できる。もしも化粧をすべて取り払えば、平凡な顔が見られそうだった。
「マリーはね、顔にはそばかすがあるし、日によっては一重になっちゃうから、アイプチ必須だし、まつげも足さないとだし、化粧で顔を立体的にしないといけないの! この苦労が男に分かってか!」
たしかに分からなかったし、ヒートアップしてきたのでこれ以上、言及はしなかった。ソファーに掛けて彼女の化粧の完了を待つ。
その間、アリアはお茶を注いでくれる。
「新作のハーブティです」
と渡してくれたお茶は、苺の香りがした。とても美味しい。
しばし、温かいお茶でリラックスしていると、アリアが語りかけてくる。
「マリーの化粧に賭ける情熱、許してあげてください」
「女の化粧に文句を言う野暮にはなりたくないが、ほどほどにな。あいつは君の護衛でもあるんだ」
「そうなのですが、マリーが化粧にこだわるのはわたくしのせいなのです……」
「君の?」
「はい。マリーは実は目頭の辺りに傷があって……、わたくしを守るときに作ったものです」
「それを隠すために化粧をしているのか」
「はい。それといざというときはわたくしの身代わりになるためです」
「というと?」
「マリーはわたくしそっくりに化けることが出来るんです。最悪のときはわたくしの身代わりとなって死ぬつもりです」
「……そうか」
そのような話を聞くと、彼女の化粧愛を批難することはできなかった。
以後、俺はマリーの化粧の長さをなじることはなかった。
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