第44話 ウォーターボール

「水球勝負だと!?」


 ヴォルグは意外な顔をする。


 水球勝負とは水の中でする球技のことではない。しかし、この世界ではそれに近しい意味を持っている。水球勝負とは互いに《水球》の魔法を出し合って、その強さを競い合うのだ。


 水球の魔法は文字通り水の玉を作り出す魔法。

 水属性の初球中の初球魔法。幼児が最初に覚える呪文と呼ばれているものだ。


 水の球を作り出し、それを操るのだが、水を作り出すのは術式の基礎、コントロールは精神集中が試されるので、基礎訓練にはぴったりだった。


 また水の球なので人にぶつけてもそれほど痛くはない。少なくとも致死性の攻撃にはなり得ない。子供が使っても安全だからという理由で基礎魔術目録に記載されている魔法だった。


 さて、そんな幼稚な呪文であるから、思春期の魔術師にはあまり人気がない。


 子供っぽいと言うか、役に立たない魔法だと思われているのだろう。


 子供っぽいかは感性の分野だから突っ込まないが、役に立たないかといえばそうでもない。火事の際は消火魔法となるし、水球の魔法はクッションにもなる。


 子供の頃、木登りが好きだったエレンという妹君が木から落ちた際、とっさに《水球》を唱えて彼女を救ったことがある。もしもあのとき水球を覚えていなかったら、妹は大怪我をしていたかも知れない。


 そのように俺は水球を基礎魔法であるが、大事なものとして認識していた。


 ただ、ヴォルクは水球の魔法を評価していないようで……。


「《水球》だと……今時、初等部のガキでもそんな魔法で決闘はしない」


「《衝撃》の魔法を使ってもいいが、さすがに食堂でそれはな。騒ぎが大きくなったらおまえも困るだろう?」


 ヴォルクは騒然となる周囲を見渡す。「たしかに」とつぶやく。


「……いいだろう。おまえに提案されるのは癪だが、結局、地面に這いつくばることになるのは変わらない」


 這いつくばるのはおまえのほうだ、と口にすれば激怒し、話が進まなくなる。この手の手合いは実力で分からせるのが一番だった。


 ――ただ、俺は北方の田舎もの。ここは王立学院。やつは一般生(エコノミー)というやつらしいし、案外、実力者という可能性もある。井の中の蛙、大海を知らず、という諺もあるのだ。気を引き締めることにする。


 身体から力を抜き、魔力が通りやすい下地を作る。

 身体に魔力が溜まり始める。薄もやと共に青いオーラを纏う。


 適度な距離を取ると、ヴォルグは呪文の詠唱を始める。


 勝負開始の合図はヴォルクが選出したものにした。どのみち、ここには知り合いもいないし、開始に細工をされてもどうにでもなると思ったのだ。


 ただ、案外というか、意外というか、勝負開始前に攻撃を始めるなどの小細工はしてこなかった。特権意識に凝り固まっているだけで、卑怯なことは嫌いなのだろうか。


 あるいはそのようなことをしなくても勝てる、と踏んでいるのかもしれない。


 それは大いなる誤解なのだが。

 

 一般生(エコノミー)の実力は未知数だといったが、この手の手合いの実力はよく分かっていた。身体を動かすよりも口を動かす手合い。生まれ持って与えられたものしか盲信できない手合い、この手合いが強かった試しなど、一度もない。


 それにやつのオーラは目をこらしてみなければいけないほど、微弱だった。能力を隠しているわけでもなく、全実力を出し切ってもこの程度なのだ。

 この実力差ならば、どのように手を抜いても、ずるをされても負けようがなかった。


 俺はヴォルグが先に水球を完成させるのを待った。

 やつはかたつむりが喜びそうな速度で水の球を完成させると、にやりと口元を歪ませた。


 なにがおかしいのだろう。尋ねて見る。


「そんなこともわからんのか。おまえはいまだに水球を完成させられないではないか」


 わざとだよ、それも分からないのか。レベルの低さに吐息も出ない。


 そんな俺の心などまったく考えずにヴォルクは吠える。


「ふはははー、それ見たか、この水球の大きさを。この大きさの水球を作れるのは一般生(エコノミー)でも限られる」


「なるほど、それが一般生(エコノミー)の実力か……」


 ならば先ほどの杞憂はやはり不要だった。今後、どんなやつらに絡まれても安心だ。

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