第40話 奸臣(バルムンク視点)

 ラトクルス王国財務大臣、ランセル・フォン・バルムンクの朝は早い。


 御年五三歳の彼は健康に留意しているからだ。


 父は五四歳、祖父は四三歳で亡くなっている。名門であるバルムンク侯爵家を末永く存続させるには、己の才覚と健康に掛かっていると思っていた。


 ゆえに夜更かしや深酒の類いはしない。


 朝日と共に目覚め、剣の稽古をし、庭の散策をする。


 奇しくもリヒトとほぼ同じことをしているが、リヒトが己を高めるために行っているとすれば、バルムンクは己の野心を成就するために行っていた。


王国財務大臣バルムンクは、この王国を裏から支配することを望んでいた。


 王選定者(キングメイカー)となり、王国の権力を一身に握り、この国を我が物とするのがバルムンクの悲願であり、野望なのだ。


 そのためには長生きをしなければならない。


 バルムンクには息子が三人ほどいるが、どいつも頼りない。


 自分のような知謀や野心もないのだ。バルムンクの領地と爵位を継いでも大したことはできないだろう。だからこそ自分の代でこの権力を盤石にしておかねばならなかった。


 侯爵家といえども永遠ではないのだ。


 そのことを肝に銘じながら、バルムンクは日課の素振りと散歩を終えると、朝食を食べる。


 メイドたちに汗のしみこんだシャツを着替えさせながら食堂に向かう。


 着替え終え、席に座ると一流の調理人が作った朝食が並べられる。


 バルムンクは王国貴族であり、権力者であったが、その食事は質素。


 朝食のメニューはサラダとゆで卵、シチューとパンだ。


 健康のためであるが、世界一の金持ちになったとしても食べられる量は定まっているのである。

 ただ質素ではあるが、吟味はされている。


 鶏卵は今朝、契約農家から届いたばかりのものだし、野菜や肉も同じだ。最上質のものを選りすぐっている。シンプルなメニューであるが、一食で庶民の一ヶ月分の食費が掛かっているだろう。


 バルムンクはそれらを上品に、ゆっくりと口に運ぶ。


 半熟ゆで卵の黄身の部分にトリュフソースを掛け、じっくりと咀嚼し、味わう。


 たっぷり三〇分掛けて朝食を終えると、アイロンの掛けられた新聞が置かれる。サン・エルフシズム新聞、ヒューマン・エルゴ、ドワーフ・タイムス、王都で発刊されている主要新聞社の新聞はすべてある。その中でも気に入った記事だけを見ていると、執事が声を掛けてきた。


「――バルムンク様、王立学院に忍び込ませていた教師より報告がありました。アリアローゼ王女が帰還したそうです」


「ほう、盗賊をはね除けたのか」


「はい。申し訳ありません。下賤のものどもは失敗したようです」


「気にするな。やつらは無能ゆえに下賤なのだ。最初から期待していない」


「は――」


「期待はしていなかったが、思ったよりも早く帰還したな。なにかあったのか?」


「さすがはバルムンク様です。やつら道中、腕利きの護衛を雇ったようで」


「護衛か」


「はい。リヒト・アイスヒルクという剣士を雇ったようです。――凄腕のようで」


「どう凄腕なのだ?」


「王立学院の中途入学試験を〝実質〟満点で合格しています」


「実質とはどういう意味だ?」


「記録上は合格ギリギリなのですが、採点をした試験官によると、仕様上、そうなっているだけで、本来ならば余裕で満点合格だったそうです。それを証拠に我らが送り込んでいた試験官が全員、処断されるか、あるいは心を病み、退職しております」


「面白い男が入学したものだな」


「笑っていられるのも今のうちかと。過去、王立学院の入学試験で満点を取ったものは三人しかおりません」


「しかし、その麒麟児たちも過半がおれの風下に立っているではないか」


「左様ですが……」


「まあいい。おまえの心配性は今に始まったことではないからな。そうだな、我が家の蔵に〝神剣〟がいくつか、転がっていたな」


「はい。処分に困っていたものです」


「それを王立学院に忍び込ませているものに渡せ」


「な!? たかが王立学院の職員に神剣を渡すのですか!?」


「違う。生徒に渡せ。おれもあそこの出身者だ。あの学校は気位が高く、血気盛んな若者が多い。小僧――、リヒトとかいったか。そのように目立つものが入学したのならば、自然といざこざが起きるだろう。そうなれば必然的に決闘になるはずだ」


「たしかに!」


「そのとき、そのものが神剣を持っていれば、〝不慮の事故〟でその若者が死ぬこともあるだろう。そうなれば重畳だ」


「決闘での死は誰の責任も問わない、それがこの国の法ですからな」


「そういうことだ」


 バルムンクはにやりと笑う。


 禿頭(とくとう)の執事も同様に底意地の悪い表情を浮かべると、主の謀略に心から敬意を表した。

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