第4話『炎樹の森』

 炎樹の森——。

 3000メートル級の北尾根、アルペンディー大山脈。

 神界暦1500年ごろの火山活動によって、大量の火山砕屑物が堆積した土壌、その上に形成された森林帯である。

 長い時間をかけて植生が遷移して、広大な落葉広葉樹林帯となった。

 主な構成樹種のカエデ・ブナ類が燃えるように紅葉することから、炎樹の名を冠した。

 土地面積約170平方キロメートルの起伏の激しい山地に、4000種の生き物が生息する。キツツキ・ワシ・タカなどの鳥類。サル・カモシカ・クマ・ノウサギなどの哺乳類。ヘビ・トカゲ・カエルなどの爬虫類、両生類など。生物種の宝庫となっている。

 もちろん、昆虫類は飛び抜けて多く、2000種以上の種類を誇る。

 その中には問題のカシノナガキクイムシもいる。この虫が異常繁殖したのにはいろいろな要因がある。

 一つ目は東の隣国カピトリヌスの国土の荒廃。

 主要七宮廷国のうち、最も内情不安定なカピトリヌスは、内戦・テロなどが頻発しているため、生態系も破壊され国土は疲弊しきっている。

 この世界には正エネルギーと負エネルギーがある。暴力・諍い・怨恨などの負エネルギーを、愛・思いやり・優しさなどの正エネルギーで溶かすのがよい政とされる。

 ところが、カピトリヌスのように内情不安定になると、正エネルギーが正常に働かなくなり、負エネルギーがこごるようになる。

 こごってしまったエネルギーが滞留した場所では、生物が育たない。

 動植物相すべての成長が阻害されてしまう。

 その浄化を担ってきたのが炎樹の森なのだ。

 これまでは炎樹の森が優勢に浄化できていた。

 しかし、あまりにも国土の荒廃が酷いと、炎樹の森と言えども浄化力が追いつかない事態となる。

 二つ目に考えられるのは地理と天候の問題だ。

 炎樹の森は北のアルペンディー大山脈を形成した造山運動で、起伏に富んだ深い山地となっている。西は1000メートル級のシシュ山脈で、向こう側のパラティヌスはもっとも政情が安定した国……つまり、正エネルギーが優勢なので、負エネルギーを跳ね返すことができる。

 ということは、行き場のない負エネルギーがシシュ山脈を境にブロックされて、カエリウス内に留まってしまうことになる。

 さらに、気団の向きは西から東へ移動している。そして、アルペンディー大山脈から吹き下ろされる強風——。

 天候の面でも、カエリウスには不利に働く。

 三つ目は人材不足である。

 カエリウスに限らず、万世の秘法にとっても炎樹の森は生命線だ。

 声高に人材育成が叫ばれているが、決め手に欠ける。

 東端が呪界法信奉者との最前線なのは前にも述べたが、真央界・因果界とも膠着状態で、人材はこちらに投入されてしまう。

 決して炎樹の森の保護に当たっている、老年層の位階者たちが力不足なのではないが、次世代が育たないということは、純粋に国力の問題なのだ。

 カエリウスでは都市部への人口流出と地方の過疎化が止まらない。

 林業・農業・流通・文化・医療——地方の問題は山積している。

 位階者の拠点である民話の里には、事務に十数人いる若壮年層以外は全員老年層。しかも男性ばかりである。

 最前線で国境を死守するのは当然のことなのだが、そのことに労力を割いているうちに、肝心の国土が悲鳴を上げている。

 ついには、パラティヌスに外注しなくてはならない有様である。

 NWSのキーツが指摘している通り、呪界法信奉者を食い止めてもらっている都合上、パラティヌスの位階者が仕事を請け負うのは筋ではある。

 だが、それによってカエリウスの位階者が、苦々しく思うのもまた事実である。

 他にも森が天然更新しないとか、専門家の意見がバラバラだとか、判断するための調査の不足など、混乱の様相を呈してきた。

 民話の里が最も憂慮しているのは、幻獣・霊獣たちの激減である。

 そのほとんどが炎樹の森を脱出していた。

 位階者の説得にもかかわらず、幻獣たちは容赦なく炎樹の森を見捨てた。

 のびのび生きるのが本性の幻獣は負エネルギーが我慢ならないし、霊獣はそもそも霊性が欠如していれば棲むことができない。

 妖精も闊歩しない土地柄、と言ったのはマルクだが、用心深い彼らは出てきたくても出てこれないのだ。

 弱体化しているのは表面の生態系だけではない。炎樹の森は霊性を失いつつあった。


 レンナが民話の里から仕事を依頼されたのは、そんな折だった。

 民話の里としても、対処の遅延を責められるのは覚悟の上だ。

 修法者一人の包括的な対処よりも、人海戦術で行き届いたケアを。

 NWSの実績と人材の層の厚さは、それほど魅力があった。

 お恥ずかしい話ですが、民話の里は人材が払底しておりまして。

 担当者の言いづらそうな心情を十分に汲んで、レンナは仕事を引き受けた。

 彼女としても、パラティヌス国内にはNWSが請け負える大きな仕事がなかったので、渡りに船だったのだ。

 NWSが炎樹の森を照らす一隅の光になると信じている。

 信を置く10人のリーダーたちによって、障害は乗り越えられると期待していた。

















 

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