第4話『炎樹の森に立つ』

 昇陽の一月和歩の十六日、月曜日、晴れ。

 朝8時に童話の里集会所前で整列したNWSメンバー。

 挨拶は例によってマルクから。

「おはようございます!」

「おはようございまーす!」

「いよいよ『炎樹の森の害虫防除対策』の仕事開始日を迎えることができた。遅刻者なし、欠席者なし、トラブルなし。まずまず優秀だ、ご協力感謝する。これから、現場責任者サバラス・エターナリストさん宅前の広場を透視圏内に入れる。全員、パノラマップ全景地図を心象図示、誘導に従え」

 マルクの出した指示は、言ってみればスマートフォンで地図アプリを起動して、現在位置から目的地まで誘導されたようなものだ。

 彼ら位階者は、心象=イメージを共有することで、目的地を透視した全員が一度にテレポートできる。だが、主に緊急時で用いられる技術のため、保安の点からも移動先の許可が必要になる。

 というわけで、若い彼らのテンションを高める瞬間なのだった。

「オービット・アクシス同期完了。サイコウェーブ同調、10秒後にテレポート開始。5・4・3・2・1、テレポート!」

 

 次の瞬間、94名からなるNWSメンバーは、全員、因果界炎樹の森に降り立った(人数はリーダーたちの読み通り、8人ほど増えていた)。

 そこは炎樹の森の西側、ガーネットラヴィーンの東端で、なだらかな丘陵地になっていた。

 中腹の林の中に木造の小屋があって、これがサバラス・エターナリストの住居だった。

 雪が30センチほど積もっていて、雪かきどころか足跡すらなく、歓迎されている雰囲気はない。

 そのうすら寒さが仕事の困難さを物語っているようだった。

「わぁっ、雪よ!」

「森の中の一軒家! なんてメルヘン」

「きっと暖炉の前で揺り椅子に座ったおじいさんが、パイプをくゆらしているのよ」

「憧れなのよねぇ、まさに童話の世界」

「子どもたちに囲まれて、火に当たりながら絵本を読んであげたいわぁ」

 ——こんな状況でも変わらないのは、想像力豊かな夢多き女性メンバーの空想だった。

 カラフルな防寒着に身を包み、雪をこれから始まるドラマの素材にし、しかも心は羽よりも軽く……したたかなことこの上ない。

 今回の仕事の成功のカギは、彼女たちが握っている。

 リーダーたちは、目前に壁が迫っているのを知らない彼女たちの動向に気を使わなくてはならなかった。

「はいはい、盛り上がるのはそのくらいにして、位階者らしく森を騒がせないようにしましょう」

「はーい」

 オリーブの配慮で、体裁は整えられた。

 サバラスの住居前にやってきたが、当人が出てくる様子はなかった。

 目配せしたリーダーたちは、挨拶をマルクに託した。

 厚い木のドアをノックして、声をかける。

「ごめんください」

 しん。

 応答がない。マルクがもう一度ノックしようとすると、反応があった。

「ドアなら開いとる。さっさと要件を言え」

 くぐもった老人の声。怯まずマルクは言った。

「失礼しました。今日から炎樹の森で仕事を請け負うことになりました、NWSです。私はリーダーのマルク・アスペクターと申します。到着のご挨拶に伺いました」

 少し間があって、ドアが開いてうらぶれた無精髭の老人が出てきた。

 マルクを上から下まで眺めて、ぶっきらぼうに話す。

「あんたらがNWSの本陣か。揃いも揃って呑気な顔をしとる」

 この先制攻撃にカチンとくる者、落胆する者、言われたことが信じられない者。バラエティー豊かな反応を返して、サバラスが嫌味に返礼する。

「全然期待はしとらんが、炎樹の森を騒がすようなら即刻、出て行ってもらうからな。よく覚えておけ。以上だ」

 ドアは無情にも閉められた。

 思わずため息をつくリーダーたち。

 サバラスの言動は大方の予想通りで、なんというか、マイナスのイメージを裏切らないところが大物らしいと思った。

「なにあれ、感じ悪い」

「初対面の人間を、こんなに大勢敵に回すってどうよ」

「こんなところに一人で住んでるから、卑屈になったんじゃないの」

「関わりたくなぁ~い」

「イーッだ!」

 男女問わず悪感情を持ってしまったようで、リーダーたちはやれやれと重い腰を上げた。

 少し離れたところに移動して指示を出すマルク。

「何はともあれ仕事初日だ。サバラスさんが非協力的でも、仕事を見てもらえば評価が変わるかもしれない。それを期待して、俺たちは俺たちの仕事をしよう。ここからはガーネットラヴィーン、ルビーウッズ、アンバーフットに分かれて作業する。リーダーの指示に従うように」

 浮かれていた気持ちが一気に冷めて、全員がサバラスに立ち向かうモードになるのだった。
















 

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