TRPGの世界に異世界転生~ルールブックを使って成り上がる!~

陣内亀助

第1話


 「よく頑張りましたね。お母様も…」


清潔感のある部屋で腕時計を裾で隠し、若干申し訳無さそうな表情をした男が頭を下げ告げる。母が真っ先に泣き崩れ、言葉にならない言葉をベッドに寝ている青年へぶつけていた。そこに横たわっている青年は今にも起き出しそうな安らかな顔で、手には大好きだったテーブルトークロールプレイングゲームのルールブックという、やや大きめの本を抱きしめている。



 この本を活用したゲームの歴史は古い。パソコンやゲーム機ではなく、会話ベースで進める遊びの一種だ。最低限のルールこそあるものの、それさえ守れば何をしても自由。機械を使わない分容量という制約がないため、ありとあらゆる選択肢が無限大にある究極のゲーム。そのルールを記載した分厚い本である。ファンタジー世界が好きな人であれば、一度はどこかで耳にしたことがあるのではないだろうか。



 このゲームにおいて優れている点の一つは、職業や武器、種族の選択肢が圧倒的に多いことである。オーソドックスなゲームで言えば、ファイター、ソーサラー、スカウト、ヒーラー。のような四種類程の職種を選んでプレイするイメージがあるが、テーブルトークのロールプレイングゲームで言えば最初から何十ものクラスが存在し、さらに上級クラスへ細分化される。また、サブクラスといって、他クラスの特性を一部継承することができるのだ。そこから種族、扱う武器まで自由なのだから、職業ひとつとっても本当の意味で自由であり、恐ろしい数になることが分かるだろう。展開される物語もあなたが選んだ種族や育ち、状況によって分岐して人によって全く新しい展開を迎える。いつか完璧なテーブルトークゲーム化の再現が可能になる技術かもしれないが、現時点では不可能。少なくとも完全な再現はずっとずっと先の技術である。



 自分だけのキャラクターで冒険する楽しさ、毎回違う発見がある新鮮さは一度味わえばやめられない。いつか誰かと、そんな素敵なゲームで遊びたかったのであろうが、病院で横たわる青年にはそれも叶わなかった。そして最期までその本を手放すことは無かったのだ。



 「こ、この子は…ずっと夢を見ていました。いつか、必ず元気になって友達を作って、みんなでこの本を使って遊ぶんだって。私は、何も…何もしてあげられなかった」



ポツポツと話す母の背中を、白衣の男が頭をあげて口を開く。



「そうですか…」



気の利いた言葉もなく、母が落ち着くのを見守っている。



「… さとるは向こうで、元気でいてくれるでしょうか」



「はい。お友達も作って、天国へお持ちになった本で、きっと」






* * *






眩しい…騒がしい…




「ん?」




 目が覚めると、目の前は邸宅、謁見の間と言っても差し支えないような荘厳な場所で立っていたのだ。どういうことだろうか?俺は確か、いつもの様に病院でルールブックを眺めながら過ごしていたはずだ。こんな場所は見覚えがない。




 周りを見渡すと、これまたありとあらゆる英雄を集めたのではないかと思うほど、強そうな鎧を着用した男やローブ姿の人たちが集まってソワソワしている。他にも二本足で立っているトカゲや緑色の肌をした奴までいるぞ…




 とうとう頭がおかしくなってしまったかと何度も目を瞬かせるが、景色は相変わらずである。とにかく現状の把握から始めないといけない。俺は病院で長年寝たきりの生活を送っていて、普通に立つことも困難な生活だったはずだ。自分の体を見下ろすと普通に立っているし、手に持っているルールブック本は良いとして、服はローブのような、若干ファンタジーチックな装いだ。もちろんこんな服は持っていない。




 誰かに乗り移ってしまったんじゃないかと思ったほうが現状を受け入れやすいほどの状況といえる。ここはどこで、いったい何が始まろうとしているのか?何故だろう…こんな意味不明な状況でも俺は少しワクワクしていた。




 少し見るだけでも分かる。ここの場所は便宜上謁見の間としよう。その自己主張の激しい椅子の左右に控えている騎士の甲冑、背中のマントにはどこの国にも該当しない、見たことのない紋章がある。この騎士二人組が何かを話しているようだったので、少し近くで聞き耳を立ててみた。何でも良いから情報が欲しい。




 「領主様はいつお見えになるのか?さっきこいつらの一人が暴れて取り押さえるのに苦労したんだぞ!」




「お偉い様のご意向とはいえ、力あるものを闇雲に集めるか?普通はもっと素性やら選別するだろうに」




「まぁ、仕方がない。時間がないんだ。こんな奴らでも数があれば蛮族王の戦力を減らせるかもしれないんだからな…」




 うーむ。どうやらここに集まっているのは誰かと戦うためのようだ。俺?もその一人、というわけか。




どこぞの男が「きたぞ!」と叫ぶ。




現状を必死に探っていると、謁見の間に誰かが入ってきた。




 二十代くらいか?凛々しい顔付きで、金髪碧眼の女性だ。髪は長くスタイルが良い。全身が赤いスーツのような服で統一されており、顔が整っているせいか、非常に目立つ。よく見ると急所は鉄のような銀製の素材で補強されておりそのまま戦うこともできそうな格好だ。




恐らく領主だろう。謁見の間にある椅子まで歩くと、その位置で立ったまま話を始めた。




 「皆、よく来てくれた!私はここの、シールドウェストの領主 アイリス・ジャーマンだ。アイリスと覚えていてほしい。私の呼びかけに応えてくれたこと、まずは感謝申し上げる。勇気ある貴殿らの活躍を期待している」




領主が初めの挨拶を終えて礼をすると、先程までガヤガヤとしていた場が嘘のように静まり返る。すごいカリスマ性だ。




 顔を上げそれを見回した領主が満足そうな顔で続ける


 「ありがとう、皆…さっそく本題に入る。知っているだろうがおさらいだ。ここ、シールドウェストはお世辞にも平和な場所とは言えない。長い間、強力な魔物や蛮族王が我が領土を侵略している。蛮族王に至っては南方の砦に集落を作って領有権を主張し始めた。我が王は現状を憂い、この度の遠征で賊や魔物を一掃した後、他国からの侵略に備え統治を盤石なものにすることを望まれている」




領主のアイリスは悔しそうな顔で話を続ける。




 「残念ながら、現時点で蛮族王も討伐できず、魔物の掃討も芳しくない…そこで、身分や賞罰に問わず腕に自信がある者を募った訳だ。君たちに求めているのは力だ。過去の誤ちは問わないし、細かな法律について話すつもりはない…我が軍は魔物の掃討でどうしても蛮族王へ戦力を割くことができない…悔しいことだが奴に構っていることができないんだ。だから、君たちに蛮族王を討伐してほしい。方法は問わないしタダとは言わない。蛮族王を討伐することができた者に、その土地と可能な限りの褒美、願いを聞こうではないか!」




アイリスが手を大げさに広げ、アピールすると集まっている者共がそれぞれに叫び声を轟かせる。




斧で盾を打ち鳴らす者や、剣を掲げる者までおり、場の盛り上がりがすごい。トカゲは尻尾を地面に何度も叩きつけて奇妙な叫び声を上げている。




俺は最前列にいるし、一人だけポカンとしていたら目立ちそうなので、とりあえず俺も右手を上げて合わせておいた。

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