第27話 真実の鍵

 

「ふふ。救世主登場ってわけですか。かっこいいですねぇ、閣下」

「ラーク」


 まるでリヒムが来るのを分かっていたかのようにラークは言った。

 起き上がった彼は身体についた土を払いながら、


「ま、それでこそ閣下ですよ」


 苦笑しつつリヒムと向かい合った。


「俺に正体がバレたと察知した途端に姿を隠したお前には脱帽ずる。まさか執務室に潜んでいたとはな……灯台下暗しということか」

「あはは! で、どうします? 僕を殺します?」

「……」


 リヒムは剣をちらつかせ、


「いや」

「!?」


 一瞬で身を翻し、シェラの身体を抱き上げた。

 いわゆるお姫様抱っこという形で、シェラは顔が真っ赤になる。


「ちょ!?」

「黙ってろ。舌を噛むぞ」

「えぇー逃げるんですかぁ。それはないっすよ閣下ぁ」


 間延びした声を背に受けながらリヒムは駆ける。

 地下階段を駆けあがり、神殿の埃っぽい空気を切り裂いて外へ。

 馬に乗ったサキーナが待っていた。


「閣下! あの裏切り者は!?」

「まだそこにいる!」


 シェラは無理やりサキーナの後ろに乗せられる。

 リヒムとは言えば、自分の馬には乗らずシェラを見上げるだけだ。


「あ、あの。リヒム」

「また怖い思いをさせてすまなかった。俺はダメな男だな」

「ちが……そ、そうじゃなくて。あなたは!?」

「あの男を殺す」


 あのまま地下室で戦っていればシェラが人質にとられた可能性がある。

 そうじゃなくても、剣戟に巻き込まれたら非力なシェラはタダじゃすまない。

 だからリヒムはまずシェラを逃がすことにしたのだろう。


「閣下は黄獣将軍と呼ばれる豪傑よ。あんたが心配することないわ」

「でも」


 本当にそうだろうか。

 名を変えてイシュタリアに潜入していた彼はそんな簡単に倒せる相手だろうか。

 シェラを攫うことでリヒムが来ることを、まったく想定していなかったと──?


(違う。私は、あいつの思惑なんてどうでもよくて)

「あなたに、聞きたいことが」

「俺の自室の机。二番目の引き出し」

「え?」


 リヒムは懐から鍵を取り出し、シェラに手渡した。


「君に告げるべき真実がそこにある」

「真実……?」

「出来ればこんな形で渡したくはなかったんだが」


 ──……ひゅんッ!!


 鋭い音が響くと同時にリヒムの白刃が宙を閃いた。

 飛んできた矢を叩ききったリヒムは馬の尻を叩く。


「行け! 振り返るな!」

「ご武運を!」

「リヒム……っ!」


 嘶きと共に、前足を高々と上げた馬は走り出した。




 ◆




「あーあ。逃げちゃった」


 神殿の出口で弓を下ろしたラークはため息をついた。


「始末しこうと思ったんだけどなぁ。まぁいいか。あんなゴミ」

「誰がゴミだ」


 間合いに飛び込んできた白刃を受け止め、硬い金属音が鳴り響く、

 鍔迫り合いの向こうでリヒムはラークを睨みつけた。


「貴様だけは……絶対に殺すッ!」

「ははッ! ずいぶんあの子を気に入ってるじゃないですか、閣下!」


 ガキン、と剣を弾き距離をとったラーク。


「アリシアの面影でも見てるんですか。いつまで初恋引きずってるんです?」

「シェラはシェラだ。それと、俺はアリシアに恋をした覚えはない」

「憧れですか? それはそれで、恋と紙一重だと思いますけどねぇ」

「ずいぶん余裕そうだが」


 リヒムは刀の切っ先を揺らしながら言う。


「俺が誰か忘れたのか。いまに黄獣の牙が貴様の喉元を食い破るぞ」

「閣下こそ、今まであなたの作戦を立てていたのが誰か忘れたんですか?」


 ラークはニヒルに笑い、指を鳴らした。


「俺はあなたの強さを誰よりも知ってる。ここに来ることを想定していなかったとでも?」


 その瞬間、フォルトゥナの跡地に隠れていた男たちがぞろぞろと這い出してきた。武装した男たちだ。見たところ傭兵──その数、百人は超えている。


「あんたを殺す用意は出来てるんだよ。黄獣将軍アジラミール・パシャ

「……」


 弓弦の音が鳴り響き、流星雨のごとき大量の矢がリヒムに降り注ぐ──。




 ◆




「シェラちゃん!」


 帝都に帰ったシェラたちを迎えたのはスィリーンたちだ。

 騒ぎを聞いたのか、月の宮の者達まで出迎えてくれた。


「シェラ、大丈夫かい!?」

「無事でよかったなオメェ。攫われたと聞いた時は気が気じゃ……」


 馬から降ろされたシェラはふらついてリーネに寄りかかった。


「おい?」

「ハァ、ハァ、ハァ。う、馬に乗ることが、こんなに大変だなんて」


 足がガクガクして動けない。頭がゆらゆらして今にも吐きそうだ。

 蒼い顔をするシェラに周りの者達は安堵の息を漏らす。


「そんな感想言うくらいなら大丈夫だ」

「儂も馬を見たら食べたくなるからな。よく我慢したな」

「あほか、ガル爺。食欲の話はしてないだろ」


 軽口を叩き合う同僚を見ながら、シェラはルゥルゥを見た。


「お願い。リヒムの自室に連れてって」

「……了解しました」

「あたしは閣下の応援を集めてくる。万が一のことがあるかもしれないし」


 サキーナが将軍府に走り、月の宮の者達とはここでお別れだ。

 シェラとルゥルゥ、スィリィーンはリヒムの邸宅に入った。

 まっすぐにリヒムの自室に向かう。

 彼の自室は一番日当たりのいい場所にあり、室内は整えられていた。


「気分は」

「悪い。今にも吐きそう」

「休んでからのほうがいいのでは?」


 シェラは首を横に振った。


「ダメ……今、知りたいの」

「そうですか」


 ルゥルゥに支えられたシェラは懐から鍵を取り出した。

 リヒムに貰った鍵は執務机の引き出しにぴったりと嵌まる。


「……」


 思わず生唾を呑み込み、鍵を回す。

 カチ、と音がして、シェラは引き出しを開けた。


「……………………え?」


 古ぼけた手紙がそこにある。


『親愛なるリヒム・クルアーンへ』


 差出人の名はアリシア。

 姉からリヒムに贈られた手紙が、そこにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る