第13話 雪の日の真実

 寒い夜、エリーゼは雪の中に足を埋もれさせながら必死に逃げていた。


「はぁ……はぁ……」


 後ろからは今まで見たこともない恐ろしい”それ”が自分を追いかけていた。

 ”それ”は人間の姿をしているが、恐ろしい牙に爪、そして自我を忘れて目が狂っている。


(なにあれ……こわい……)


 エリーゼは本能的に逃げるが、子供の足ではすぐに追いつかれてしまう。


「きゃっ!」


 エリーゼは深く積もった雪に顔をぶつけるように埋もれて身を投げ出した。

 その瞬間にも後ろに迫った人間でない”それ”はエリーゼに詰め寄る。


(もうだめ……)


 エリーゼはすでに”それ”の爪によって引き裂かれた腕と足を引きずっており、血が真っ白な雪にじわじわと滲む。


 その時、エリーゼの後ろから慟哭が聞こえる。


(え……?)


 エリーゼは振り返ると先ほどまで自分を襲っていたヴァンパイアが灰と化している。

 いや、正しくはその灰が”それ”だったのかさえわからないほど、一瞬だった。


「大丈夫かい?」


 エリーゼの手を取ったその人物は真紅の瞳で深く蒼い色の髪をしている。

 ドクンと大きな音を立てる自らの心臓、そして目の前がぐらりと揺れてエリーゼは意識を失った。


 その人物は小さな身体のエリーゼを抱きかかえると自らの腕に牙を立て、血を口に含む。


「んっ」


 そして、彼の口はエリーゼの口に運ばれ、青年の血は流し込まれる。

 その瞬間、彼女は一瞬目を見開き、苦しそうに声をあげた。


「あ、あああああっ!!!!!」


 血と血が混じり合い、そしてゆっくりと融合していく。

 ドクンと一つ脈動をした後、少女は再び眠りに入る。


「ごめんね、エリーゼ」


 真紅の瞳は愁いを帯びた目で抱きかかえた少女を見つめていた──




「うそ……」


 エリーゼは自分の過去の真実を知り、驚きを隠せない。


「ラインハルト様が私に血を与えた……?」

「そうするしか、君が生き残る術はなかった。君はそもそも『稀血』だったから、狙われやすかった。だから私が常に監視していた」

「まれち……?」

「ヴァンパイアにとって、これほど嗜好な血はないというほどの貴重な血だよ。皆、この血の香しい匂いに誘われる」


 そこでエリーゼは一つの思いが浮かんだ。


(もしかして、ラインハルト様が私を妻に選んで優しくしてくださるのは、自分の血が入っているから?)


 その事実に気づいてしまったエリーゼは、ラインハルトから後ずさりはじめる。


「エリーゼ?」

「来ないでっ!」


 エリーゼに近づこうとするラインハルトを制止するその声は部屋中に響き渡る。


「同じ血だから……自分の血が流れているから私を大切にしてくださったのね?」

「エリーゼ」

「もう聞きたくないっ!」


 エリーゼはその言葉を言い放つと、ラインハルトの自室を駆けだした。


 ラインハルトはエリーゼへと向けた手を降ろした──

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