厭世子爵令嬢は、過保護な純血ヴァンパイアの王に溺愛される
八重
第1話 崩落する日常
(あの人も……あの人もそうだ……)
子爵令嬢であるエリーゼは、17歳を機に初めて参加することになった社交界の広間で一人、まわりの『人間』たちを観察していた。
そこには名だたる貴族たちがおり、皆今夜の社交界を楽しんでいた。
エリーゼは配られた飲み物に口をつけながら、彼らに紛れた「ある生物」を見ていた。
(あの人もヴァンパイア……あそこの伯爵様も……)
そう。
この貴族社会には人間に紛れて「ヴァンパイア」がいた。
そして、そのことに人間の多くは気づいていない……。
エリーゼは自分がヴァンパイアを見分けられてしまうことに嫌気がさしていた。
社交界デビューというめでたい日にも関わらず、エリーゼは飲み物や食べ物を含むばかりで誰とも話そうとはしない。
エリーゼには知り合いの貴族が一人もおらず、話し相手もいなかった。
(どうして……)
エリーゼはゆっくりと社交界の広間から退席して、外の空気を吸いに出る。
(どうして私はヴァンパイアになってしまったのかしら……)
自らが乗ってきた馬車に乗り込むと、そのまま自分の家であるランセル子爵邸へと向かった。
彼女は3歳の時に家の庭で遊んでいたところを下級ヴァンパイアに襲われた。
両親が見つけたときにはヴァンパイアはすでに灰になっており、そして愛する人間の娘はヴァンパイアになっていた。
翌日、王族の従者が現れて両親に「エリーゼはヴァンパイアになったこと」と「貴族社会には人間に紛れてヴァンパイアが共存しており、その正体は王族や一部上位貴族しか知らないこと」を聞かされた。
両親ははじめは娘のヴァンパイア化を嘆いたが、ヴァンパイアがその能力値から総じて爵位が高くなることを知ると、娘を利用するようになる。
今日のエリーゼの社交界デビューも、両親にとっては婚約者探しのために斡旋したものだった。
そんな貴族社会の醜い争いに巻き込まれるのが嫌で、エリーゼは人間として静かに生きることを願っていた。
(婚約者探しなんてまっぴらよ……)
早々に家に戻ってきたエリーゼは、両親に怒られることを覚悟して馬車から降りようとする。
しかし、エリーゼは馬車の窓から見える外の景色に違和感を覚えた。
(なんだか外が明るい……)
いつもなら御者がドアを開けるはずなのに、それもない。
おかしいと思ったエリーゼは、ゆっくりとドアを開く。
馬車は家の少し手前で停車していた。
「──っ!」
そしてエリーゼは家のほうを見ると、なんと家が大きな炎に包まれて燃えていた。
「なっ……どうなってるの……」
わけがわからず、エリーゼは家に駆け寄っていくが炎が熱く、近くまで行けない。
(そうだ! お父様とお母様っ!!)
「お父様っ!! お母様っ!!」
エリーゼは炎の熱さに耐えながら、家に向かって両親を呼ぶ。
しかし、当然その中から声がするわけもなくエリーゼはとにかく家の周辺を探そうとする。
だが、そんなエリーゼの前にゆらりとした人影が立ちはだかる。
直感的にエリーゼは「それ」が人間でないことに気づく。
(ヴァンパイア……)
だが、エリーゼの知っているヴァンパイアとは違い、赤い目で血迷った半狂乱な様子をしている。
そのヴァンパイアはゆっくりとエリーゼに照準を合わせると、長い爪を掲げて襲い掛かる。
「──っ!!」
その一撃をなんとか避けるも、ヴァンパイアはエリーゼを逃がそうとしない。
(とにかく逃げなきゃ……っ!)
なんとか逃げようと走り出すも、ヒールを履いているためうまく走れない。
エリーゼはヒールを脱ぎ捨てると、一直線に森のほうへと逃げていく。
木々を必死に掻き分けて逃げ惑うエリーゼには、どんどん切り傷が増えていく。
「血ダァ!!」
エリーゼの血に反応したかのように、それまでとは比べ物にならないほどの勢いで襲い掛かるヴァンパイア。
(助けて……っ!)
その助けに呼応したかのように、エリーゼの目の前に迫っていたヴァンパイアが一瞬にして灰となる。
「え……」
そこには背の高い一人の人物が、エリーゼを守るように立っていた。
「……」
(赤い目に……シルバーグレーの髪……)
ポタポタと彼の腕から流れ落ちる返り血は、地面を赤く染めていく。
エリーゼにはそれがすぐに理解できた、彼がヴァンパイアであると──
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