逃げるの達人【ツクール×カクヨム】
ほのなえ
前編
「逃げる」ことは昔から得意だった。
それを自覚したのは小学校低学年で初めてやったドッジボールだった。運動神経がからっきしダメだった僕は、ボールが取れる気がしなくて逃げ回っていることしかできなかったけれど、気づけば自陣のコート内には誰もいなくて、僕が一番最後に残る…そんな試合が毎試合のように続いていた。
味方チームの子たちからはすごいすごいと褒められ、初めて自分にも得意なものができたんだと思って嬉しかった。
それ以来クラスメートからは、昼休みの時間に同じチームに来いよとドッジボールに誘われることが多くなり、消極的な僕にしては珍しく積極的に参加していた。
ただそれも初めのうちだけで、次第に…逃げ回ってばかりでボールを触ろうともしない僕は役に立たないし、無駄に時間が長引くからと誘われないようになったのも事実だった。
それが原因、というわけではないけれど、僕は友達を作るのが元々苦手で、小学校高学年になるにつれて、クラスで誰とも喋れずに馴染めないことが多くなっていった。そんな自分が悲しくて、どんどん学校という場所から逃げたくなって…ついには不登校になってしまった。
小学6年生の夏からだったから、幸い不登校の期間は短く済んで、学業に影響も出なかった。それに中学校に入る直前に、逃げるように別の場所へと引越したから…その事実を知る人は今の学校には誰もいない。
でも親からは…一軒家を買ったタイミングだというのもあって、この先は不登校になられても簡単に引越しができないから困る、と念を押されていた。
「お願いだから、学校にだけは通ってね。たまに休むくらいなら多めに見るから…不登校になるのだけは勘弁してちょうだい」
特に母親には毎日のように…耳にタコができるほどうるさく言われていた。
だから次こそは、不登校には絶対にならないようにしなくちゃ、と僕は覚悟を決めていた。
とはいっても…相変わらず友達の作り方がわからない僕は、中学生になった今でも変わらずクラスに馴染めていなかった。
「僕、新しい中学校にも馴染めなくて、既に行きたくないんだけど…どうすればいいと思う?」
僕は口うるさい母親ではなく、研究者をしていて自分の研究に没頭しているせいか、子供のことに関しては割と放任主義な父親に相談した。父親相手にはよく研究の手伝いと称する「小遣い稼ぎ」をしていて…今も、脳のメカニズムの研究だとかで変な装置と繋がったいくつものコードを頭に取り付けられながら話をしている。
「別に、無理に馴染まなくてもいいんじゃないか?学校に通いさえすれば母さん怒らないんだろ?」
父親はなぜだか今日は熱心に僕の話を聞いている。こないだまでは自室からも出てこずに何かに没頭していて顔を合わすことすらも少なく、前に不登校になった時も何も言ってこなかったのに…と僕は少し不思議に思いながらも話を続ける。
「でも、僕…周りの目とか、必要以上に気にする性格みたいで…自分がクラスに馴染んでないって感じるとそれがストレスになって…一日学校に通うだけでもその日の最後にはめちゃくちゃストレス溜まるから、次の日行きたくなくなるんだ」
父親はそれを聞いてふうむ、と考えた後、口を開く。
「じゃあ…なるべく不必要なストレスからは逃げるといい。例えば…たまには学校行くのをやめて、休むのはどうだ。母さんも言ってたろ、たまに休むくらいなら多めにみるって」
「うーん、じゃあ…そんな感じでなんとかやっていくよ」
「ああ。それがいい。無理せず頑張れよ。…ああ、もういいよ、ありがとう」
父親はそう言って僕の頭に取り付けた、いくつものコードを外した後、今回のお駄賃の500円玉を僕に手渡す。
そんな感じで父親に相談した結果、僕は…いざという時は仮病を使ったり、あらゆる嫌なことから逃げてでも、学校に通うことだけ続けて…無事にこの学生生活を終えることを優先することを決意した。
そんなことを思った次の日のことだった。
「なんだよ、これ…」
朝、目を覚ました僕は…自分の目を疑った。視界のあらゆる場所に、小さい黄色のデジタル数字が表示されていて…右上には緑色の横棒のゲージが表示されていて、「HP(ヒットポイント)」と小さく表記されていた。
「…HPって…何これ、ゲームかよ…」
戸惑いつつも、それをとりあえず親に報告しようと思って下の階に降りていくと…母親の上にも黄色いデジタル数字が表示されていて「10」と書かれていた。そして母親は何故かイライラしているようで…僕の姿を見かけると、開口一番に言う。
「アンタ昨日、お弁当箱出し忘れたでしょ!全くもう、いつまでたっても何も言われたことできないんだから。そんなことくらいできるようになってよ。お母さん知らないからね、今すぐ洗いなさい!あと、今日はそのせいでお弁当作れなかったから、何か自分のお金で買うのよ!」
お弁当箱出し忘れたくらいでそんな怒らなくても…と思いつつも、母親に「何もできない」と言われたことが僕の中で気にしていた部分でもあり、その言葉がグサリと僕の心に刺さった。
と思った瞬間、「デュクシ」といった感じのゲームで殴られてダメージを受けた時のような効果音がして、満タンだった右上のHPのゲージが10分の1ほど減った。僕は目を丸くしてゲージを見つめる。
(!? なんだよ、これ…)
結局僕は不機嫌な母親にはこの件を相談できず、とりあえず昨日の弁当箱を洗ってそそくさとその場から立ち去った。
その後いろいろ試してみた結果、どうやら僕に何かしら心理的ダメージ…ストレスのようなものを与える物については黄色い数字が表示されて見えるようだということがわかった。
そして、僕のHPはおそらく100が最大のようで…これが0になるとゲームオーバーになりそうな感じがする。
そして昨日決意したことを思い出し、0になると…もしかしたら不登校になってしまうのかもしれない、と僕はなんとなく感じていた。
不登校になったからといって死にはしないだろう、なんて簡単に考えてもらっては困る。不登校になってからしばらくの間は家でゲームでもして楽しく過ごせるんだろうけど、一ヶ月も経つと…自分は誰の役にもたたず、社会から必要とされてない人間だと考えるようになって…これからの長い人生、親がいなくなったらどうやって生きていくのか…そんなことを考えると、いっそ死にたくなってしまうんだ。
それを小学生の頃に経験済みの僕からすると、不登校になるということは死ぬことと変わりないとさえ思った。
だからこそ、なんとしてもストレスを与えてくるものからひたすら逃げ続けて、右上のHPのゲージを0にしないようにしなくてはならない、と僕は決意した。
家で既に10ダメージを受けてしまった僕は、学校にはさらにダメージを与えてくる物事が多そうで不安だったけれど…どうやら、耐えられるストレス量…HPと受けるストレスを数値化できること以外にも、僕には様々な「ストレスから逃げるためのスキル」を持っていることが、呼び出すと出てくる「スキル画面」なるものから判明した。
例えば「逃げ足」のスキルは単純に、逃げ足が速くなるというスキルだ。運動神経が悪いから体育の授業の100m走なんかの時は足が遅いくせに、嫌なことから逃げることは得意みたいで…ストレスの値を持つものが近づいてきた場合のみ、めっぽう速く動いてそれを回避できることがわかった(もしかしたら、飛んでくるボールという怖いものから逃げることが得意だった、ドッジボールの影響があるのかもしれない)。
他にも、数字が見えることからストレスのかからないルートを分析して割り出す「推奨ルート分析」の能力だったり、一定時間外界の音や視界を遮断することのできる「外界遮断」のスキルも持っていた。
それらのスキルに関しても、スキル画面を呼び出せば、スキルの効果や発動有無、発動の残り回数などが可視化できるようだった。
僕は、これらのスキルを駆使し…ストレスを与えてくるものがあるルートは避け、ストレスのかかることはなるべくしないようにした。
例えば、「推奨ルート分析」を使ったところ、学生でごった返す学校の購買よりは、外のコンビニで昼飯を買う方がストレスが溜まらないので(まあこれに関しては、数字を見なくてもともなんとなくそんな気はしていたけれど)、昼はコンビニで買うようにした。
他にも、僕の苦手な人…人の悪口ばかり言う女子の集団や、怖い感じの不良グループのいる場所を避けて移動したりした。
教室だったり、ストレスのかかる苦手な場所にいる必要がある時は、「外界遮断」のスキルを時折活用したりして、なんとか一日を乗り切った。
ストレスを与えてくる色々なことから上手く逃げ回ったからだろうか、一日の終わりはいつもより心が軽い感じがした。実際残りゲージも緑色から黄色に変化したものの…半分程度にしか減っておらず、まだまだ余裕があった(どうやら半分くらいになるとゲージの色は緑から黄色に変わるらしい。たぶん今までのゲームの経験から考えると、もっと少なくってヤバい感じになると赤色になりそうだ)。
そして次の日の朝にはHPは回復するようで、満タンに戻っていた。
(もしかして、他の人も何かスキルを持っているのかな?)
僕はある日、クラスメートを後ろの席から眺めながらそんなことを考える。男女問わずクラスの人気者の中川はおそらく「社交」スキルがあるのだろう。そんなに美人でもないのにやたらモテると噂の飯田は「モテ」のスキルを持っているのかもしれない。
そんなことを考えていると、僕はなぜ「逃げる」スキルなのだろう、正直他のスキルが欲しかったな…とも思う。
でも…おそらく逃げることに適正があるからこそ、身についたスキルなのだろう。ドッジボールもそうだけど、不登校になって学校に行くのをやめたりして、これまで嫌なことから逃げ続けてきた人生だったから…。
それなら、まぁ「友達を作る」「クラスに馴染む」なんかの絶対にできそうにもない苦手なものを克服する努力をするよりは、自分の長所を生かして…嫌なことからなるべく逃げ続けてでもこの学校生活を…そしてこの先の人生を乗り越えるほかないよな…。
そんなことを思った次の日、僕は今までの人生で最も衝撃の出会いを果たすことになる。
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