診断
「結論を言いましょう。」
オルフェに手を握らせたり、開かせたり。指を一本一本、曲げたり伸ばしたり。
関節を一つ一つまで、丁寧に、治癒師はオルフェの手を調べた。
今度は肘を曲げたり伸ばしたり、鉄球を握らせたり。
時間は1時間はかかっただろうか。
その後さらに、いろいろな計器で測った数値。採取した血液の調査。
そう言ったものを総合しての判断とのことで、カレッジ付属の治療院を三人が訪れてから、そろそろ二時間が経とうとしているときに、彼らは個室に呼ばれてそう告げられた。
「もう治癒師として何もできることはありません。」
よしっ!と元勇者はガッツポーズをとった。
「それって、治ったってことだよな。」
「違いますよね? 先生。確かに指の震えは止まってますし、脱力感がひどくてものが握れないなんてことは無くなりましたが、以前のこいつはこんなもんじゃなかったですよ。
なにしろ、あの聖剣を振り回してたんですから。」
「どっちでもいいから、そろそろご飯を食べに行こう。」
わたし以外はけっこうめちゃくちやなことを言っている。
ちなみに治癒師は、カレッジの准教授でロッドドットといって、私の、顔なじみであった。
単に血を止めて傷口をふさぐのではなく、こそあとの機能回復もふくめてが本当の治療というのが普段からの口癖で、その彼がそう言ったということは。
「筋力強化は続けるべきでしょうが、それはもう治療とは別の分野です。日常生活には今の時点でとくに支障はないはずです。」
「よしっ!治った!完璧だ!」
「いやトレーニング程度でどうにもならないです。なにがしかの呪いや、汚染、それによる障害の発生がはければ説明がつきません。」
「ロクサン街区にうずらのパイを食べさせるお店があるんだ。そうだ、モールも呼べないかな。三人でこれからのこととか話をしないと。」
ロッドドット先生は、口々に勝手なことを言うわたしたちを呆れたように見やった。
この表情がでてしまったら、もう帰るしかない。
こいつらと話しても時間の無駄、そう彼が判断したということだから。
「元々、あのサイズの武器は人間の手には余るものですね。」
それでも、そんなふうに説明をしてくれたのは、一応わたしがいたからだろう。
「筋力云々よりも、聖剣そのものから加護が与えられていた、ということでしょう。
それを失った以上、いくら腕力を鍛えてもそれは人間の範疇留まります。
当たり前ですがね。」
そういうと、彼は完全にわたしたちから、背を向けてしまった。
「よしっ!これからも、筋トレ頑張るぞっ!」
「彼の技っていうのは、バスターソードを基準に構成されてるんですけどね。一から積み直しってことですか?」
「モールは、お酒は強いのか?
ヘルデ草の煮出した汁とかいれたらバレると思うか?」
それは媚薬のたぐいだな。
氷の刃と化したわたしの視線に、女伯爵は震え上がった。
半時間後。
わたしたちは、洒落たレストランの個室にいた。
「なんでおまえがいるんだ?」
と、食ってかかるリティシア・バロンド伯爵であるが、オルフェは真面目な顔で答えた。
「いまのところ、俺たちのチームは指揮をとるのがサリア・アキュロン、攻撃が蛙ども、になる。で俺の役目はなにかとなると、指揮官をまもるってことになる訳だ。
でもって、俺は今現在、任務を遂行している。」
ちょっと意味がわからなかってのか、リティシアは少し考えてから
「わたしからサリアを守ってるだと!? 誰がモンスターだ?」
まあまあ、と元勇者は、激昂するリティシアを、宥めながら
「モンスターがいるのは迷宮や人の力の及ばぬ深山、荒野ばかりじゃない。街中だってちゃんと存在する。
たとえば、かつての俺はそうだったかもしれないし、いま、現在なら俺の旧友ルーク殿下がそうだ。
思考も能力も人とかけ離れていて、意図してもしなくてもひとを害してしまうもの、だ。」
「私はともかくっ」
リティシアは自覚があるのかな?
「ルークさまに失礼だろう。」
「あいつはいろいろと人間離れしているのさ。これは事実だぞ。ただ頭もいいから、できるだけ被害が他者には及ばないように事を運んでいるだけだ。」
ちょうど運ばれてきた前菜(細い麺のうえに野菜を刻んだものと、果実の風味の煮凝りが添えたあった)を一口で頬張りながら、元勇者は言った。
「どっちにしてもだ、」
口の中にものをいれたままじゃべるな。
「これで俺も踏ん切りがついたってもんさ。
サリア、リティシア。お前らさえよければ、テストを兼ねて受注を受けたい。」
「踏ん切り、って?」
リティシアは明らかにいらいらしている。自分の思い通りにことが運ばれるのが大好きなのに、オルフェがいるとそうはいかないからだ。
「カッコよく一撃で決めることさ。
俺はもともと、こつこつ地味に努力するタイプだったんだが、勇者なんぞになったせいで回り道してしまった。この何ヶ月かは実際に実に充実した日々だった。」
「で?」
こいつら(もちろんリティシアも含む)にまかしていると話がまったく進まないので、わたしは割って入った。
「何を受注したいの?」
「ラウドウラ迷宮第12層『白骨宮殿』の変異種のジャイアントスパイダー討伐だ。」
「聞いたことがある。」
わたしもちょっと顔を歪めていたかもしれない。
「あなたが以前討伐に失敗したところね。」
元勇者は頭をかいた。
「ああ、実際にルークの存在がいかに重要か気付かされたクエストだったよ。
なにしろ、水も食料もだれひとり、持ってなくて、現場まで辿り着けなかったてのが顛末だしな。
それからS級がしくじったクエストってことで誰も手を出さなくなった。」
ラウドウラ迷宮は無理に『白骨宮殿』を通らなくても迂回路はあるし、実際にA級のパーティがいくつか犠牲になっていた。
無理に攻略するより迂回路の確保を。
ジャイアントスパイダーは運良く、白骨宮殿に巣を作ったまま、外部へとその領域を拡大してこなかったので、それで済んでいたのである。
「で、なんだ? リベンジでもしたいのか?」
「それはどうでもいいわ。ただ、いろいろ直感的に、これはオレたち向きの仕事だってビビッときたのな。」
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