第三話 デートの定義も謎

 杏奈はそれから、休み時間が来る度にゆいにべったりだった。


「たけのこでしょ」


「いいや、きのこだ」


「また飽きずにやってんのかお前ら」


「はいはーい! 私はチョコボー最強説を提唱する!」


 ゆいの机の窓側の横辺にいる杏奈が、ぴしっと手を挙げる。 


「また、新たな対抗馬が現れた……」


 最初はゆいの机の側にもたれかかって、幼なじみ達との会話に混じるぐらいだったが。




 例えば、三時間目から四時間目の間休み。


「杏奈の手、あったかいね」

「うん、よく言われるー」

 

 杏奈はゆいの両手を自分の両手と絡めていた。

 「距離感やっぱり近いなあ」と思いながら、ゆいは訊ねる。


「でも、急にどうしたの?」

「ゆいのおててを誰かさん達に盗られないように守ってるの」


 杏奈はじとりと、近くの男子二人を見た。

 昨日、ゆいの両手を片手ずつ掴んでいた悪魔達。

 彼女にとって、女子に人気の二人はゆいを狙っているかもしれない恋敵なのである。


「僕達、変な対抗意識燃やされてるね……」


 隼人はかぶりをふってそう言った。

 裕吾も「うーむ」、と顎に手を当てていた。

 

「じゃあ、僕達も両手を繋ぐ?」

「ばっ、馬鹿言うんじゃねえよお前!……てか、ここ学校だし……」


 裕吾は却下した後、赤くなってごにょごにょと後半のセリフを言った。

 隼人もつられて少し赤くなった後、仕切り直すように前髪を払った。


「はは、だよね。というか、僕も汗っかきなお前の手なんてごめんだし。汚い」

「んだとコラ!」


 こうして照れ隠しゆえにケンカしてしまうのは、二人のいつもの常套パターンだった。




例えば、お昼休み。


「ゆ~いっ♪」


 五月の上旬、近くの仲の良い生徒同士が机をくっつけて食卓を囲む。

 それはゆいも例外ではなく、近くの隼人と裕吾と席をくっつけていた。

 そして、杏奈も。

 廊下側一番後ろの席に位置する杏奈は、ずずずと自分の机と椅子を動かし、窓側一番後ろの席の席のゆいに接近した。

 机上には、彼女のお弁当が開かれていた。

 ガーリッシュなピンクの弁当箱に、彼女の母が作ったミートボールや玉子焼やらが詰められ、可愛らしく上部が花形のピンが刺されている。

 ゆいや男子二人の白や黒のシンプルな弁当箱とは対照的だ。


「ちょっと、どいてほしいなあ」

「お、おう」


 ゆいと隼人の横隣にお誕生日席を陣取っていた裕吾に、おねだりをして杏奈はゆいの隣を勝ち取った。

 裕吾はずずと、机の向きを変え後退し隼人の隣に収まる。


「あっ、ゆいの唐揚げおいしそう! 交換して!」


「いいよ、ミートボールと交換ね」


「わーい!」


「どっちも肉じゃないの?」




 例えば、五時間目と六時間目の間休み。


「お前ら、人目をはばかれよ……」


 杏奈は座っているゆいに後ろから抱きつき、頬ずりをしていた。

 ゆいはというと、杏奈を見上げてされるがままだった。

 裕吾の発言を受けて、二人の視線は前方の男子二人に向く。


「ゆいは私のものなんですぅ~」

「はいはい、わかったから。お前ら恥ずかしくねえの?」


 裕吾は腰に手をやり、隼人は背もたれに肘をかけた。

 ゆいと杏奈は顔を見合わせる。


「別に?」


「距離感近いなあとは思うけど、あんたらも大概だしね」


「えっ、俺らも?」


 今度は、隼人と裕吾も顔を見合わせる。


「別に僕らは……」


「鏡見なよ」


 ゆいは苦笑した。


「でも隼人と裕吾同士では、そんなに距離感近くないよね、どうして?」


 それを聞いて、杏奈は思考の海に沈む。


(つまり、意図して女の子であるゆいには、ボディタッチをしているということ。やっぱり、この二人はゆいのこと狙っているんだ……!)


 杏奈の瞳からハイライトが消える。


 だから、裕吾と隼人が耳まで赤くなって、気恥ずかしくてぷいとお互いの顔とは反対の方向を揃って向くのを見逃していた。

 


 帰りのホームルームが終わった放課後、バスに乗ってゆい達は南岩代里に向かう。

 四人は八人掛けの席に左側に詰めて座っている。

 杏奈が一番端っこで、その右はゆい、隼人、裕吾の順である。


「ねえ、ゆい」


「ん?何?」


「放課後デート、しない? 二人っきりで……」


 デートとは、男女の逢い引きを指すこともあれば、近年は同性間で遊びに行くことを指すこともある。

 ゆいも中学校時代は、友達と”デート”したものだ。


「うん、いいよ」


 ゆいたち、門下生に課せられた道場に通ってする稽古は、月・火・金・土曜日。

 今日は木曜日だった。

 今日もゆいたちには、天至道場の稽古は無く、放課後の予定はノープランだった。


「ってことで、あんたたち。今日も二人で帰ってちょうだい」


「まじかよ」


「良かったじゃん。今日も二人っきりで下校できるよ、恋人同s……」


「わー! わー!」


「ちょ、迷惑だよ」


 隼人が珍しく阿保みたいに大きく騒ぎ出した。

 彼はゆいの肩を掴んで隅に移動させ、ゆいに顔を近づけると、後方でそれを見ていた杏奈はむっとする。

 隼人はひそひそと話す。


「これは、僕たち三人の秘密でしょ!」


「杏奈には秘密だった。ごめん」


 ゆいが謝ると、隼人は「よろしい、次は気をつけてね」と頷いた。

 


 ゆいと杏奈は、ショッピングモール前のバス停で降りた。


「デート♪ デートぉ♪」


 彼女は繋いだ手をるんるんと振りながら、ゆいと歩く。

 自動ドアが開き、一階の化粧品売り場が見えてくる。白やベージュの区画の中に、コスメの乗った台が陳列され、黒いベストの制服を着た販売員の女性がその傍に立っている。


「ゆい! 私、コスメ気になる!」


「おお……女子力高いね。私、メイクとかしないからさ」


「私もこないだママに教えてもらったばっかりだよ」


「へえ、今もメイクしてるの?」


「うん、リップだけ」


 彼女はそう言って、薔薇色の唇を指差した。

 みずみずしく、吸い込まれそうな色。

 ゆいは、しばらくそれを凝視していた。


「……ちゅーする?」


 杏奈に視線がバレたのか、そう訊かれた。

 はっと意識を取り戻す。

 ちょっぴり何故か恥ずかしくなるゆい。


「しないよ」

「なぁんだ」


 杏奈はその後販売員に声をかけ、ファンデーションを手の甲に塗って色合いを確かめたり、ゆいに似合うカラーを選んだりした。


「杏奈って、肌白いね」

「生まれつき。夏の日は日焼け止め塗らないとすぐ赤くなって大変、痛いったらありゃしない、ぐすん」

「あー知ってる。それ、メラメラなんとかが身体に少ないんでしょ」

「メラニン色素だと思う、ママもそれ言ってた」



 如月家は裕福な家庭なのだろう。


「ゆいに選んだげたコスメ、本当にいらないの?」


「うん、杏奈にこんな高いの奢らすわけにはいかないし、私化粧品使わないから、買って放置される化粧品が可哀想」


「むむぅ、私とのふれあいでメイクに目覚めなかったかあ」


「残念ながらね。私にはちょっと面倒くさいかも」


 杏奈は数本のコスメ__一本数千円する__をレジに持っていき、そのまま支払った。



 その次は二階に向かった。


 その雑貨屋コーナーには食器から造花まで、なんでも揃っている。

 しかも一つワンコインで買える品揃えなのだ。

 杏奈はクッション・ぬいぐるみ売り場でマグロ目の麒麟__幸運をもたらすと云われている妖怪だ__のぬいぐるみを差し出した。

 複雑な体の模様は、プリントで済まされている。


「これかわいい!」


「センスが独特だなあ、買うの?」


「うん、ゆいが持ってて。プレゼント! 私との今日の思い出の証」


「杏奈の分は?」


「私にはさっきのコスメがあるし。それに、これは安いよ?」


「えーと、奢ってくれるの悪いし……」


(どうしよう、いらない……)


 友達に奢って貰うわけにはいかない。

 そう思うと同時に、単に杏奈の選んだぬいぐるみが趣味じゃなかった。

 お世辞にも可愛いとは言えないデザインだ。

 しかしゆいは、キラキラとした杏奈の目を見る。

 「うっ」と唸ることしかできなかった。


「わかったよ、貰う」


「やったあ~!」


 二人は雑貨屋コーナーを出た。

 金髪の少女は片手に化粧品店の紙バッグを下げ、黒髪の少女は片手に麒麟のぬいぐるみを抱えていた。



 三階の洋服コーナーにて。

 二人は、お互いをコーディネートして遊ぶことにした。

 木造の四つ並んだ試着室の内、右二つの個室のピンク色のカーテンがシャッと開かれる。

 そこから出てきたのは、ピンクのゴスロリワンピースに身を包むゆいと、シンプルなスカートスタイルに身を包む杏奈だった。


「私……似合わなくない?」


「ええ~、かわいいよ~。」


 それは、ゆいに合うよう暖色系のピンクで揃えられ、桃色寄りのベージュのフリルがあしらわれた膝下ワンピースだった。


「ゆいって、暖色系のピンク似合うから。覚えて帰っていってね」


 胸にはピンク色のフリルがヒラヒラと飾られ、喉元まである襟には十字架モチーフのリボンが付けられている。頭には、杏奈の色違いっぽい桃色のリボンカチューシャ。スカートはパニエのように広がっており、髪を下ろしたゆいにお姫様な雰囲気を醸し出す。


「ゆいのコーディネートは何だかシンプルだね」


「まあ、こんなフリフリの服に比べたら……」


 白いベース色にピンクのハートがプリントされたTシャツに、一見ミニスカートに見える赤色のキュロット。

 杏奈の着ている服は、普段シンプルなユニセックスを着るゆいが、可愛らしい杏奈に似合う服は何ぞやと一生懸命選んだ服だった。

 杏奈は、しかめっ面をして服の前で悩むゆいの姿を想起しながら、自分の服を見下ろす。


「可愛い。……ありがとう、これ、買って帰るね」

「え、まだ買うの?」

「うん」



 それからも着せ替えは続いたが、ファッションは何気に頭と体力を使う。

 二人は洋服コーナーを出て、カフェで休憩することにした。

 カフェの店員が、制服姿のゆいと杏奈が向かい合って座る円テーブルに注文された商品を運ぶ。


「こちら、カフェオレと苺パフェでございます」


「わぁ、おいしそう!」


「いただきます」


 運ばれてきたのは、白いマグカップに入った薄茶色の湯気が立ったカフェオレと、ピンクと赤と白の可愛らしい苺パフェだった。

 ゆいは熱いカフェオレが冷めるのを待ち、暇つぶしに目の前の杏奈を観察した。

 苺アイスの上にホイップクリームが乗っており、その天辺に大きな苺が一粒、ホイップクリームの円を囲むように半切りの苺がトッピングされている。

 杏奈はそのパフェの側面に深くスプーンを刺し、側の半切り苺と苺アイスとホイップクリームを一気に掬ってゆっくり口の中へと運ぶ。


「んぅ~、苺甘酸っぱぁ~」


 口の中にスプーンのつぼ__先っぽの丸い部位である__をしばらく入れたまま、そう喋る。


「ふふ、美味しそうに食べるんだね」


 ゆいは微笑ましそうにそれを見つめ、観察されていたと気づいた杏奈はゆいのその表情にドキッとした。


「あ、クリーム付いているよ」


 ゆいは親指で杏奈の口の端に付いたクリームをとった。

 ゆいからのスキンシップに杏奈は赤くなって「ほぇ……」と呆ける。

 ちょっと触られただけで、この有り様だ。


「ゆいって……本当にイケメンだよね」


「イケメンて。もっと、隼人や裕吾みたいのを言うんじゃないの?」


 幼なじみ二人の名前を出すと、杏奈はむっとする。


「アイツらの話は今しないで」


(せっかく二人きりなのに)


 杏奈は、恋敵らのことなど忘れて、この幸せをただただ享受したかった。


(私は……ゆいのことが好き。絶対に奪わせない)


 しかし、残念ながらその想いはゆいには届いていない。


(杏奈はあの二人のことをあまり好きじゃないのか。女子としては珍しいな)


 一方ゆいは、珍しいイケメンに対する女子の反応を見て目をパチクリさせた。






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