第3話 彼らと彼女の確認 2


 他にもリストには数十人ぐらいが掲載されていたが、先の3人以外は心当たりがなく、ラディウはチェックマークを入れた後にもう一度全体を確認し終えると「以上です」と告げて顔を上げた。


「シルヴィア・ボルマン……だったか?」

「あの練習艦に乗っていた友人です」

「印象を聞きたい」


 ラディウは不安げに部屋の中を見回した。話していいものかどうか、無意識にティーズやウィオラを探してしまう。


「どうした? 少尉」

「ラボの他の……他の被験者の事を話して良いのかどうか……」


 よく躾けられているなとスクラートは感心し、隣に座るマクロゴルに別室のティーズらに確認を取るように指示した。室内のインターカムでのやり取りの後、マクロゴルが席に戻った。


「許可がでた。少尉、話しなさい」


 マクロゴルに促され、ラディウは小さく頷く。


「頭が良くて、優しくて皆んな……教室やパイロットクラスの子たちの人気者でした。すごく良い子でした。それ以上は……」

「それだけ? 友達なのだろう? もっと話をするだろう?」


 意外そうに尋ねるマクロゴルの問いかけを、ラディウは静かに否定した。


「私たちは基本、他のグループの子とは、午前の教室の授業以外は顔を合わせません。それ以外は飛行訓練の時。話す内容も授業に関係する事と、日常の事を少しだけ。余計な事を話すのは禁止されています」


 「教室」と呼ばれる部屋には、複数人の指導役の大人が常にいて、彼らを教えながら見守っていた。うっかり余計な事を言うと厳しく注意されるので、皆教えられたルールを律儀に守っていた。


 それでも、大人たちの目の届かないところで細やかな交流はあったが、お互いの為にも規則から逸脱する事は話題にしなかった。


「先も言いましたが、私たちは他のグループが何を研究してるのか、どんな実験を受けているのかは知りません。そういうのを話してはいけない決まりですから」


 そう言って、膝の上に乗せて組んだ両手を見つめる。


「Aグループは皆、勉強の成績も良くて、飛行クラスも優秀な人が多かった。それに身体能力がとても高かったので、今なら強化兵とリープカインドを一つにする研究をしていたのではないかと、私は思っています」


 ラディウは彼らとの交流の中でなんとなくそう思っているが、確証はなかった。


「私が知っているのはこれぐらいです。まだ何かありますか?」

「Dr.アクサナ・ヤロシェンコは知っているか?」


 ラディウは記憶を探るように考えるが、その名前に心当たりはなかった。


「Dr.ヤロシェンコ?……知りません。これまでのお話から察すると、Aグループ上位のドクターですか?」


 ラディウは首を傾げる。


「わかった。ありがとう。こちらの話しは以上だ。それと少尉、わかっていると思うが」

「機密であると承知しています」

「結構。それと些細なことでも構わない。何か思い出したら教えてくれ。今日はご苦労だった。以上」


 ラディウはセンサーユニットを外して立ち上がろうとすると、スクラートに制止された。


「少尉は迎えが来るまでここで待機だ」


 ラディウは怪訝そうな顔をして座り直し、外したセンサーを医官に手渡した。


 スクラートとマクロゴルは書類をまとめ、医官も片付けをするとそれぞれ退出し、ラディウだけが部屋に残された。





 20分近く待たされただろうか。ドアが開きティーズが「行くぞ」と声をかけ、ラディウは立ち上がると急いで部屋の外に出た。


 大方、隣室で大人たちが話し合いをしていたのだろうと彼女は察しをつける。


「部署が違うとはいえ、上官にあの態度はないだろう」


 廊下を歩きながらティーズに苦言を呈され、ラディウはすっと目を逸らす。


「頭ごなしに疑いにかかってくるのが嫌だったんです。嫌いです。ああいう人」

「繰り返し同じことを聞いて、証言に矛盾がないか確認しているだけだ」

「私は、悪いことはしていません」

「わかっているよ」


 膨れっ面で隣を歩く少女に、ティーズはやれやれと苦笑する。


「ところで、休暇中に行きたいところは決まったのか?」

「航宙博物館の企画展が明後日までなので、可能ならそれを見に行きたいです。外出申請の提出期限がギリギリだったので、ダメ元で出しましたが……」


 基地に隣接する航宙技術博物館は、去年までは幼年校の生徒達と一緒に何度か足を運んだ施設だが、経験と知識を積む毎に見え方が変わって面白いと思っていた。申請して許可されるかわからないが、隣接する施設だから少し期待している。


「他は?」


 ラディウは困惑して、うーんと唸る。 2週間なんて休暇は、ここに来て初めての事だった。だからどうして良いのか分からない。


「他は……何をして良いのか分からなくて」

「基地の外で買い物がしたいなら、それでも構わない。どちらも私が同行すれば許可は出るだろう」

「良いんですか?」


 意外だった。そんな外出申請は今まで通ったことがない。


「かなり無理をさせたからな。気分転換は必要だろう? 今回は話は通すよ」

「それなら昔、私が基地を抜け出したときに行った、中心街に行ってみたいです」


 飛行資格をとって少し経った頃、ラディウは一度基地から黙って抜け出したことがある。その時に初めてアーストルダムの街中を歩いた。オサダと会ったのもその時だった。あの時は軍の施設で使うマネーカードしか持っていなかったので、買い物は何もできなかったのだが、機会があればもう一度行ってみたいとずっと思っていた。


「セントラルパークのあたりだったか。いいだろう」


 ラディウは小さく「やった」と呟く。


 この様子だと、今回はティーズの口添えがあれば外出許可のハードルはぐんと下がるようだ。


 3課に戻るエレベーターホールの掲示板に、来年の春に開催される国際観艦式のポスターが表示されていた。


 朝も使っているのに気づかなかった。ポスター画面に触れて、画像が移動するのを一時停止させる。そしてエレベーターを待つ間にポスターを眺めて概要を読んだ。

 

「2年振りの観艦式? 来年はセクション1・ヌエボ・カディス開催……」

「ラス・エステラスの隣のコロニーだ。そういえば、観艦式を見せた事はなかったな」


 ポーンと音がしてエレベーターのドアが開く。ラディウはポスターから離れ、ティーズの後を追って乗り込みながら、「ラス・エステラルの隣……」と小さく呟いた。ヴァロージャなら知っているだろうか。

 

「どうした?」

「あ……機会があれば、もう一度ラス・エステラルに行きたいなって思って」


 階数を表示するパネルを見上げる振りをして、ちらりとティーズの様子を伺う。


「今回の休暇で行くのは無理だぞ」

「それは……わかってます。いつか行きたいなっていう希望です」


 もし可能なら、ヴァロージャと一緒に行きたい。そして再びラグナスのメンバーに会えたら素敵だろうと彼女は想像した。


 もしそれが叶ったら、それは最高の休暇になるかもしれない。


 そう思うだけで、自然と口元が綻んだ。

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