第19話 彼女と彼らの勉強会

 今、若手のトップスコアはラディウとステファンだ。経験豊富な中尉や大尉も交えた総合スコアもお互い上位にいる。


 どっちが頭を取れるか熱くなり張り合ってもいて、それはそれでお互いを高め合う感じがして、ラディウはとても楽しかった。


 小隊長のエルヴィラは、若いルゥリシアやラディウに、小隊内での模擬戦や分隊の組み替え、役割を変えて様々な経験をさせた。それらの日常訓練も全て評価点として加算される。


 それにこれらの評価点は、艦隊でフルスペックのコッペリアとそれを扱うリープカインドが、どこまで使えるかの評価試験の指標の一つでもあり、ラディウ個人にとってはスコットがアドバイスしたように、今後のキャリアの方向性を示す可能性を秘めている。


 だから手は抜けないし、いつも以上に気合も熱も入った。






 重力区画にある小会議室Fのドア横に、手書きで「飛行戦隊少尉 勉強会Meeting ―― Squadron Ensign Only ――」と紙が貼り付けてあった。


 今回のロージレイザァに少尉階級のパイロットは、ラディウ含めて16人参加している。彼らはこうして自主的に集まって、マニュアルやFAの模型片手に、ほぼ毎日のように戦術勉強会を行なっていた。


 その日のシフトによって参加人数は変わるが、今日は部屋の中で6人程の若手パイロットが、FAの模型を片手に真剣に語り合っている。


 今日はラベル・ティーズをいかにして倒すかがテーマだった。


「リプレー、なんか攻略法ないの?」


 メテルキシィの模型をもて遊びながら、赤い癖っ毛のパイロット、アラン・ジーが尋ねる。


「あの人、背中に目がついてるって思う時あるもん。隙を見つける前に、毎回こちらの隙を突かれてばかり」


 ラディウは直近のティーズ機の戦闘機動の映像を観ながら答えた。


「ラディウが敵わないんじゃ、俺ら無理じゃね?」

「まぁ、そうぼやくな。絶対効果的な手があるはずだ」


 そう言って、スクリーンをじっと見つめる者もいる。


「難しい相手だが、ラディウもティーズも、このメンツの中でこの”ラスカル”様が1番最初に墜とすがな!」


 そう言って、口で射撃音を真似ブンドドしながら、模型をラディウにむける。


「小学生か!」と横からツッコミが入り、ラディウは冷めた目でいつも通り「”ラスカル”なんかに絶対負けない……」と呟きながら、彼女もまた手にしている模型で回避行動を取らせて、反撃をしているから、お互い似たようなレベルだ。


 机を挟んで模型を片手にバチバチと火花を散らす2人に、ジェニファーが呆れたようにため息をつく。


「仲良くたわむれるのは後にして。時間ないからディスカッション続けましょう」


 その時、ピリリと室内のインターカムが鳴った。


 近くに居たパイロットが対応し、すぐにラディウに向けてハンドセットを差し出した。


「リプレー、ティーズ大尉から」


 なんだろうと思い、それを受け取る。


『悪いが情報分析室に来てくれるか? 見せたいものがある』


「了解。直ぐに行きます」


 ハンドセットを戻して、自分の居た席に戻ると荷物をまとめた。


「ごめん、呼び出された。またね」

「あぁ、次回の決まったらスケジュールを共有する」

「ありがとうパウエル、じゃあ」






 指定された部屋に行くと、ティーズが一人で待っていた。


「先日のシャトル襲撃事件の中間報告書だ。今ここで見なさい」


 ティーズはそう言ってタブレットを手渡す。


 ラディウは手にしていた自分のタブレットとノートを小脇に抱えたまま、それを受け取った。


 画面に目を走らせ、文面を追う。


 何ヶ所かマスクされているのは、彼女にはその項目について知る権限が無いという事だが、読み進めるうちにラディウは表情を強張らせた。


「これ……2年前の事件が、ユモミリーによる計画的な犯行だったという事……ですよね? それもラボ内部の……造反?」


 ティーズは黙って頷く。


「でも情報漏洩を防ぐなら、シャトルを捕捉した段階で撃墜していれば、私に発見されることも無く、全てを葬ることができたのでは?」

「中間報告でマスクされている箇所も多いからあくまでも憶測だが、連中が取り戻したい何かを載せていた可能性がある」


 ラディウは自分が撃墜されるきっかけとなった、敵FAの行動を思い出して怪訝そうに眉をしかめる。


「最後、シャトルを墜としにいってましたよ?」

「我々の手に渡るなら、消すように命令されていたのかもしれないな」


 ラディウは再び報告書の内容に目を落とす。


「……Aグループ、生きているんですね」


 この中間報告書の内容だけで全ての状況はわからないが、失踪者の中に何人か知り合いがいる。


 そのうちの一人は、友人として付き合っていた。この2年間ずっと気掛かりだった。


 彼女の事は今後の調査で、その消息がわかるかもしれないと、わずかな不安を抱きながらも期待する。


「アーストルダムに戻ったら、もう一度話しを聞きたいと1課から打診がきている」

「それでこれを私に?」


 困惑した表情でティーズを見る。


「打診といっても、会うことは既に確定ですよね? 情報部とラボでスケジュール調整をしていただければ、私はそれに従うだけです」


 拒否なんてできないのは最初からわかっている。いっそ命令してくれる方が、考える必要がなくて楽だ。


「話すことなんて……報告書に書いた内容以外、特に何も無いのだけど」

「向こうはそう思っていないんだろう。君はどちらの事件も第一発見者だ」

「シャトルの件はともかく、失踪事件の方は少し違うと思います」


 そういって、タブレットをティーズに返す。彼はそれを受け取ると、データを消去して、タブレットを片付けた。


「今になって、2年前の事が出てくるなんて……」

「見せておいてなんだが、まだざっくりとした内容だ。あまり気にしなくていい」

「大丈夫です。ただアーストルダムに戻るのが嫌になりました」


 ラディウは憂鬱そうに目線を泳がせ、退出のタイミングを測りだしたとき、ティーズは自身の左手首の端末で時刻を確認した。


「ちょうど良い時間だな。久しぶりに一緒に夕食にするか? 最近の君の様子も聞きたい」


 ティーズは仕事ではない時に見せる穏やかな表情でラディウを誘い、ラディウも素直に応じた。

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